第24話 魔術理論基礎
【シーン①:授業】
大講堂は、思っていたよりも広い。
全体としては扇状、立体的にはすり鉢状の空間。
講壇を中心に階段状に座席が並び、およそ百人分の座席が配置されている。
側面の上部に小さな窓が規則正しく並び、外光がわずかに差し込んでいる。
室内を照らす主な光源は壁面の魔導灯だった。
均一な明るさが保たれており、時間帯の感覚が薄い。
最上段に、十人の生徒がまとまって座っていた。
姿勢は崩れず、私語もない。
視線は自然に下へ向けられているが、その在り方は観察というよりも俯瞰に近い。
周囲に対して無理に関わる必要がない――そうした余裕が、そのまま空気として滲んでいる。
王族や貴族で構成される上級科だ。
下段に三十名ほどが散らばって座っている。
席の間隔がやや空き、まとまりきらない印象がある。
小声の会話、姿勢のばらつき、落ち着かない視線。
階級を持たない者から選抜された一般科。
同じ学生という枠で並べるには、差がはっきりしていた。
学院において、上級科は支配層と戦力候補の育成を目的としている。
一般科は魔法を社会基盤として運用する、実務層の育成が目的。
表向きは同じ教育機関だが、目的が違う。
その説明を聞いたとき、並べて座らせる理由を考えたが、レオンは答えが出てこなかった。
レオンは端の席を選び、腰を下ろした。
講壇と全体の配置が見渡せる位置だった。
視線を巡らせると、最前列の端に見覚えのある姿があった。
マルセルだ。
長い手足を無理に折り畳むようにして座っている。
縮こまった姿勢がかえって不自然で、端に寄ることで周囲との均衡を取っている。
やがて、講壇の奥から男が現れた。
測定の際に見た講師だった。
足音はほとんど聞こえない。
気づけばそこにいる、という距離感で歩む。
講壇に立つと、場の空気が変わった。
男の視線が、座席一帯をなぞる。
ざわめきが削ぎ落とされ、静けさだけが残る。
「ハインリヒ・ヴォルフだ」
重く響く声。
「魔法は言葉ではない」
前置きはない。すでに講義は始まっている。
「詠唱は命令だ。構造として定義されている」
黒板に、簡素な文字列が記される。
レイディア・ライト・ヨワ。
「最も基本的な光源魔法だ」
「レイディアが属性。光を指定する。ライトが魔法の定義。ヨワが出力設定、最小値だ」
「詠唱が完了した時点で魔力が消費される。量は基本的に詠唱によって決定される」
「一部の魔法は術者の任意で出力を調整できる。もっとも、それも構造の範囲内だ」
そこで言葉が切れる。
レオンはその内容を、そのまま受け取った。
既に理解している領域だった。
幼年期の試行で得た知識から逸脱するものではない。
それでも、新しい感覚があった。
レイディア、ライト、ヨワ。
単語ではなく、それぞれが明確な役割として提示されている。
属性指定、機能定義、出力設定。
分解できる。再構築もできる。
関数に近い。入力が定まれば、出力も定まる。
魔法がその枠組みの中に収まっている。
講師の視線が動く。
最前列で止まった。
「では、属性は他に何がある」
指されたのはマルセルだった。
身体が跳ねる。肩が上がり、視線が泳ぐ。
「……あ、あの……」
言葉が出ない。口を開いては閉じる。その繰り返しで、音にならない。
わずかな沈黙。
後方から小さな笑いが漏れ、広がりかける。
講師は動かない。ただ視線を向ける。
それだけで、笑いは止まった。
「初回の授業だ。分からないのは当然だ」
場が整う。
マルセルは小さく頭を下げ、さらに身体を縮めて座り直した。
レオンはその様子を見ていた。
魔力量、八十。
自分の倍。
にもかかわらず、今の状態。
基礎的な問いにすら答えられない。
宝の持ち腐れ。
もったいない、とも思う。
これからの学生生活でどうなるか。
気にはなるが、他人事でしかない。
「属性は六つ。
火、水、土、風、生命、光」
順に提示される。
それぞれの特性についても触れられるが、深くは踏み込まない。
基礎の確認に留まる。
レオンにとっては既知の内容だった。
しかし、ここでは体系として扱われている。
個別の現象ではなく、共通のルールとして整理され、共有可能な形で提示されている。
理解していたはずのものに、輪郭が与えられる。
曖昧さが削ぎ落とされ、扱える対象へと変わっていく。
講義が終わる。
特に締めの言葉はない。
講師が去り、生徒が動き出すことで終了の合図となる。
ざわめきが戻る。
受け取った情報を整理するための音へと変わっている。
レオンは立ち上がらず、そのまま座り続けた。
――魔法は構造として存在している。
分解できる。再構築できる。再現できる。
解析可能だ。
扱える領域にある。
――面白い。
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