幼年編 エピローグ 未完の答え
【シーン①:想い】
五年が経った。
街はとっくに安寧を取り戻していたが、失われたものを埋めることはなかった。
石畳は相変わらず乾いた音を返し、風は同じように通りを抜けていく。
それでも、かつて戦いの気配に満ちていたあの日々は、今では遠い出来事のように見える。
墓地は街の外れにある。
人の往来は少なく、背の低い草が揺れるばかりで、訪れる者の足音だけがわずかに土を踏みしめる音として残る。
整然と並んだ墓石の中で、一つだけ小さな石がある。
飾り気のないそれは、丁寧に掃かれており、最近も誰かが訪れていることが分かる。
レオンはその前で足を止めた。
十二歳になった身体は、かつての面影は残しつつも、少年らしい凛々しさに満ちていた。
動きには無駄がなく、視線は落ち着いている。
だが、その立ち姿には、何かを置き去りにしたまま進んできた者特有の、微かな歪みが残っていた。
墓石に刻まれた名前を見下ろす。
ルーカス。
その文字を目でなぞった瞬間、意識の奥底で何かが軋む。
音が先に蘇る。
――剣が砕けたときの、あの鈍い反発音。
――崩れた詠唱の、途切れた音。
――血。
――あまりにも鮮やかな赤。
消えない記憶が怒涛のように押し寄せてくる。
記憶は途切れ途切れで、連続していない。
それでも、断片だけで十分だった。
あの瞬間に何が起きていたのか、身体が覚えている。
レオンはゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に沈んでいた思考が、浮かび上がる。
計算は合っていたはずだった。
魔力の消費量も、詠唱の構成も、重ねた条件も、すべて破綻しない範囲で組み上げたはずだった。
実際に、それまでは機能していた。
連携も取れていた。
崩れる要素はなかった。
それなのに、最後だけが噛み合わなかった。
「……計算は合っていたはずなんだ」
言葉にしても、答えは返ってこない。
正しかったと認めたい気持ちと、間違っていたと認めざるを得ない現実が、胸の中で噛み合わないまま残り続けている。
あの時の自分を否定しきれない。
だが、肯定すれば、失ったものが説明できなくなる。
その中途半端なままの思考が、五年経っても消えていない。
視線を墓石から外すことができず、しばらくの間、ただ立ち尽くす。
あの時、自分には足りなかったものがある。
それは、計算では届かない何かであり、同時に力の問題でもあった。
だが、どちらか一方で解決できるものではないことだけは、はっきりしている。
考えればどうにかなると思っていた。
強くなれば守れるとも思っていた。
その両方が、半分だけ正しくて、半分だけ足りなかった。
そしてもう一つ、あの時の自分は――何かを見落としていた。
それが何なのか、今でも分からない。
少なくとも、計算の中には存在していなかった。
計算の外にあったのか、そもそも計算に乗せることができないものだったのか、それすら判別がつかない。
ただ、あの瞬間に限って、何かが確実に欠けていたという感覚だけが残っている。
その正体に、まだ手が届いていない。
レオンは小さく息を吐き、ようやく視線を外した。
「おれはいくよ」
声は静かで、揺れはない。
王都の魔術学院への進学はすでに決まっている。
街を離れ、より高度な魔法に触れる環境へ向かう。
それは周囲から見れば順当な選択であり、優れた才能を持つ者としての当然の道筋だった。
だが、レオンにとってはそれだけではない。
あの時、届かなかった場所がある。
崩れた構成。
失われた制御。
途切れた詠唱。
そのすべてが、未完のまま残っている。
だから、もう一度あの極限の場所まで行く必要がある。
同じ場所に立ち、同じ状況を再現し、その上で崩れない形を作る。
それができなければ、あの時の答えは出ないままだ。
レオンはもう一度だけ墓石に目を向けた。
何も変わらない。
返事もない。
風が草を揺らし、かすかな音を立てるだけで、それ以外には何も起こらない。
「……今度は、壊さない」
その言葉が、誓いなのか、執着なのか、自分でも分からないまま口をついた。
しばらくその場に立っていたが、やがて踵を返す。
歩き出した足は止まらない。
振り返ることもない。
背後には、何も返さない墓だけが残る。
それでも、進むしかなかった。
これにて「幼年編」は終了となります。
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次回から、「魔術学院編」へ入ります。
また、魔術学院編の予告動画も作成しましたので、
よろしければあわせてご覧ください。
https://youtube.com/shorts/S4xk1oD_Z8g
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◆幼年編 設定資料◆
【主要キャラクター】
・レオン・ライナー
年齢/外見:幼年期の少年
性格・特徴:理知的で好奇心旺盛。魔法理解に積極的。危機状況でも冷静に思考し行動。
役割・関係性:主人公。ライナー家長男。両親・乳母・メイド・幼馴染との家庭環境で成長。
・カール・ライナー
年齢/外見:30代。黒髪総髪。顎髭
性格・特徴:厳格かつ戦闘能力高。状況判断能力に長ける。身体強化魔法の使い手
役割・関係性:レオンの父。辺境守備隊隊長。
・クララ
年齢/外見:レオンより一つ上の少女
性格・特徴:優しく行動的。おせっかい。普段はおっとりだが、トラブル好き。二面性。
役割・関係性:レオンの幼馴染。
・ルーカス・ヴォルス
年齢/外見:レオンと同年の少年。赤毛
性格・特徴:大胆、行動に迷いが少ない。戦闘でも合理的判断で動く。
役割・関係性:レオンの友人。戦闘連携のパートナー。
・グスタフ・ヴォルス
年齢/外見:30代男性。無骨
性格・特徴:高い戦闘能力。豪快だが知略家。大剣を正確に扱い、戦場で判断力が高い。
役割・関係性:ルーカスの父。熟練冒険者。
【魔法】
・ライト
光源を生成する魔法。
・フラムボルト
炎を生成する魔法。デフォルトで投射がついている。延焼特性あり。
・ファウンテ
水を噴き上げる魔法。
・ヴォクス
音を生成する魔法。言葉を付与することで声を伝えることが可能。発生個所指定あり。
・ヴェントダート
圧縮風圧を生成する魔法。デフォルトで投射がついている。貫通特性あり。
・ヴェント
風を生成する魔法。
・テラモデファイ
石・土の強度を一時的に変化させる魔法。硬くしたり柔らかくしたりする。
・コレクテンス
水を生成する魔法。出力調整が可能。
・マクシメル
「最大に」の拡張条件。
・リミ
「限られた」の拡張条件。
・ヴィ
「赤い」の拡張条件。
・アズ
「青い」の拡張条件。
・パル
「徐々に」の拡張条件。
・アルス、ツヴィット、デルス
発動待機した魔法を呼び出す際の別称。
・ループ
「繰り返す」の拡張条件。
・パルス
「弾ける」の拡張条件。
・トリガー
発動条件を設定する拡張条件。
・アクセラ
「高速で」の拡張条件。
・ブンクト
「しっかり狙って」の拡張条件。
・マルペーレ
「居続ける」の拡張条件。
【その他】
・魔法
誰にでも使える技術。
基本的には、声に出して詠唱を行い、魔力を供給することで発動する。
詠唱を文字化して定着させることで一定の効果を発揮させる、設置型魔法も存在する。
・城塞都市アイゼンヴァルト
王国の辺境、大森林のすぐ隣に位置する都市。
城塞都市という割には少し低い城塞と、「百年揺らぎなし」と言われる結界によって守られた街。
規模的にはそれほど大きくなく、要衝という訳でもない。
そのため、辺境伯が直轄するのではなく、執政官による統治をしている。
・大森林
王国の辺境にある、広大な森林地帯。
把握できているのは辺縁のみで、深部については未踏。
・大森林にすむ小魔獣
・ニブルラビット:見た目はただのうさぎに近いが、異様に発達した前歯で何でもかじる厄介な魔獣
・バンプ・ボア:肩に結晶装甲を付けたイノシシ
・ハウルパピー:灰色の毛をした野犬型の魔獣。群れで行動する
・ゴブリン
成体でも、ヒト族より一回り小さく、肌が緑色なのが特徴。
集団で生活し、優性の個体になるにつれ、ボスゴブリン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキングと呼称される。
獣に乗ることもあり、その場合にはゴブリンライダーと呼称される。




