第20話 崩壊の閾
【シーン①:臨界】
茂みの中に満ちていた熱が、まだ抜けきっていない。
焦げた臭いが鼻腔に張りつき、焼けた土と血の匂いが混ざり合う。
息を吸うたびに喉の奥をざらつかせる。
足元には崩れた死体と、抉れた地面。
戦闘の余韻はそこかしこに残っている。
にもかかわらず、対峙している一体の存在だけが、それらすべてを押し潰すように空間を支配していた。
ジェネラル。
それは動いていない。
ただ、無造作に立っているだけだ。
だがその静止が、周囲の空気を歪める。
呼吸をするたびに、胸の奥で何かが引っかかる。
レオンは喉の奥に溜まった熱を押し込むように息を吐いた。
魔力の流れが、妙に鈍い。
回路のどこかで詰まっているような違和感がある。
流そうとしても流れない。
組み上げたはずの構成が、微妙に噛み合わない。
理由は分からない。
だが、確実に何かがずれている。
それでも止まるわけにはいかなかった。
隣で、ルーカスが低く息を吐く。
肩が上下しているが、その視線は一切逸れていない。
恐怖はあるはずだ。
それでも前に出ることを選んでいる。
その背中に迷いはない。
ここで止まれば、終わる。
レオンは歯を食いしばり、意識を一点に集中させた。
「フラムボルト・マルペーレ」
言葉が紡がれると同時に、空気が焼けた。
巨大な炎の塊が、拡散せずジェネラルの顔面へとまとわりつくように絡みついた。
ジェネラルの巨体が、わずかに仰け反った。
体勢が崩れる。
焼けた皮膚の臭いが強くなる。
効いている。
その手応えが、確かにあった。
勝てるかもしれない、という感覚が、ほんのわずかだけ浮かび上がる。
その隙を、ルーカスが逃すはずがなかった。
ルーカスの目が、ギラリと光った。
地を蹴る音が鋭く響く。
低い姿勢から一気に踏み込み、間合いを詰める。
狙いは首元。
全体重を乗せたひと突きで決めにいく動きだ。
迷いがない。
信頼しているからこそ、全力で踏み込める。
だが、その瞬間だった。
ジェネラルの腕が動いた。
まとわりついていた炎を、力任せに振り払う。
焼け焦げた皮膚を剥ぎ取るような動き。
痛覚など無視した、ただの力による突破。
炎が弾け飛び、空中で霧散する。
そのまま、棍棒が振り下ろされる。
速度が、異常だった。
ルーカスは咄嗟に剣を構え、受け流そうとする。
真正面で受ければ砕かれる。
軌道を逸らし、力を逃がす選択。
だが、間に合わない。
衝撃が伝わった瞬間、乾いた音が響いた。
剣が、折れる。
刃が耐えきれず、根元から砕け散る。
「――っ!」
ルーカスの身体が弾かれるように後退する。
直撃は避けた。
それでも衝撃の余波だけで腕が跳ね、体勢が崩れる。
レオンはすぐに次の詠唱へ移ろうとした。
急激な脱力感が襲う。
喉が引きつる。
音が途切れる。組み上げたはずの詠唱が、途中で崩れる。
頭ではわかっているのに、発音が追いつかない。
一気に引き抜かれるような感覚。
底が抜けたように、内部が空になる。
あわせて体全体の感覚が鈍ってゆく。
力が……、魔力が入らない。
おかしい。
さっきまで、計算は合っていたはずだ。
負荷も見積もっていた。
ループの回数も、条件設定も、破綻しない範囲で組んでいたはずなのに。
何かが、足りない。
何かが、多い。
ただ、この空になる感覚には覚えがある。
まさか――魔力が足らない?
そんなはずは――。
思考が追いつかない。
ルーカスが折れた剣を捨て、距離を取りながら回避に専念する。
武器を失っても、動きは止まらない。
低く、速く、致命を避けるための動きに切り替えている。
だが、その足運びにわずかな乱れがあった。
踏み込みのリズムが、ほんの一拍だけずれる。
疲労。
積み重なった消耗。
それが、ここで顔を出す。
足が、滑る。
ほんのわずかなズレ。
それだけで十分だった。
ジェネラルの棍棒が、横薙ぎに振られる。
直撃。
鈍い音が空気を叩く。
ルーカスの身体が宙を舞い、後方の木へと叩きつけられる。
幹が軋み、葉が揺れる。
落下した身体は動かない。
「ルーカス!」
レオンは叫び、魔法を発動しようとする。
だが、詠唱が成立しない。
舌がもつれる。音が崩れる。構成が途中で解ける。
視界が狭まる。
呼吸が浅くなる。
身体が、言うことを聞かない。
ジェネラルがゆっくりと歩き出す。
狙いは、レオン。
巨大な影が近づいてくる。
足音が重い。
地面が沈む。
動け。
動け。
命令しても、身体が応じない。
視線だけが、必死にルーカスを探す。
木の根元。
倒れている。
わずかに、動いた。
咳き込む音。
次の瞬間、血が吐き出される。
赤い。
鮮やかな赤が、地面に広がる。
「……ルーカス……」
声にならない。
ルーカスの口が、何かを言おうとして動く。
だが言葉にはならない。
空気だけが漏れる。
焦点の合わない目が、わずかにこちらを向く。
まだ、生きている。
それが、どうしようもなく重かった。
助けなければならない。
今すぐ。
だが、身体が動かない。
魔力が、ない。
詠唱が、できない。
何も、できない。
ジェネラルが棍棒を振り上げる。
ゆっくりと。
確実に。
終わりを叩きつけるための動き。
その瞬間、横から衝撃が突き抜けた。
重い音が、遅れて響く。
ジェネラルの巨体が、横へ弾き飛ばされた。
貫かれている。
大剣。
そのまま押し切るように、巨体を地面へ叩きつける。
見知らぬ男だった。
間に合ったのかどうかも分からないまま、その姿だけが視界に焼き付く。
誰かが何かを叫んでいる。
駆け寄ってくる人がいる。
音が一気に戻ってくる。
だが、レオンの意識はそこまでだった。
視界の端で、ルーカスがわずかに動いた気がした。
それが、本当に動いたのか、それとも願望だったのか。
判別する前に、意識が落ちる。
暗転。
すべてが、途切れた。
[Error: RuntimeException]
Cause: Unexpected resource exhaustion in execution thread.
[Warning: ResourceDepletion]
Source: InternalStorage(100%)
Status: Total Drain.
[Notice: UnexpectedVarianceDetected]
Status: Unresolved Process.
Initiating Emergency Shutdown of User Interface...
[System: Rebooting...]
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