第16話 街のざわめき
【シーン①:学校の朝】
登校中の、街の通りはいつもよりざわついていた。
街往く人は、ときに立ち止まって空を見上げ、怪訝に立ち話をし、眉をひそめている。
何かが、違う。
そう感じている人がいるようだった。
レオンには感じられない、変化を。
普段ならのどかな朝が、色を変えていた。
教室に入ったレオンは席に座りながら、室内を観察する。
落ち着かない様子の子供たち。
一割ほどが発信源となり、波が伝わるように、ざわめきが広がっている。
クララが目を輝かせ、迫ってくるのが見えた。
「ねぇレオン、あなたはどう思う?何が起こっていると思う?」
問いかける声は明るくも、どこかはしゃいだような興奮を帯びていた。
普段のおっとりしたクララからは想像できない。
「やっぱり何かが起こるのよ!
たぶん、きっと、絶対に何か!
今のうちに避難したほうがいいかしら?
でもどこに避難するの?
家に閉じこもるのが正解かしら?
学校に来ていない子も、きっと閉じこもっているはず。
閉じこもるなら、食料を買い占めたほうがいいかしら!」
好奇心で言葉が溢れ、留められない。
その様子に、クララに好意のあるルーカスですら、完全に持て余している。
ネロは机の下から棒切れを掘り出し、握りしめて胸を張った。
「お姉ちゃんは僕が守る!」
小さな体で勇ましく棒を振りまわす。
隣でルーカスが笑いながら、手を振って諌める。
レオンはその様子を横目で見て、複雑な表情を浮かべた。
クララの熱狂ぶりに目を細めると同時に、心の奥に微かなざわめきがあった。
窓の外では、守備隊員が足早に城門方向へ向かっている。
いつもより人数が多い。
公式な発表は何もない。
それでも、あの慌ただしさを見れば、何かがあったと気づかない者はいないだろう。
――単なる再起動だし、問題ないはずだ。
想定外の影響力に、引っかかりを感じていた。
【シーン②:街の混乱と大人達】
日が中天に上るころ、街の通りは人のざわめきと足音であふれていた。
商店の前には列ができ、慌てて買い物に駆け込む人の姿もある。
大人たちは何が起こっているのか分からず、立ち止まり、顔を合わせてはうわさを語り合い、右往左往するばかり。
人口二千に満たない街が、普段の静けさを失い、ざわざわとした波に包まれていた。
聖堂の門前には年配の市民が集まり、最奥にあるという白神へすがるような祈りを向けていた。
守備隊が慌ただしく動いているのは誰の目にも明らかで、何かあったのだという空気だけが一人歩きしている。
だが守備隊から正式な説明は何もない。
それが余計に、不安を育てていた。
正門では、カールが副官のオットーに指示を飛ばしていた。
内容は短く、無駄がない。
混乱した市民が詰め寄っても、動じた様子はない。
答えられることと答えられないことを即座に仕分け、必要な言葉だけを返す。
その落ち着きが、周囲の隊員たちをかろうじて踏みとどまらせていた。
そこへ、大森林の奥深くを調査していたグスタフ・ブラントが、馬を駆って戻ってきた。
騒ぎに驚きつつ周りを見渡し、指揮を取るカールを見つけると騎馬のまま近づいた。
「この騒ぎは一体……何が起こっている?」
カールは短く答える。
「結界が落ちた。昨夜だ」
グスタフの表情が変わる。
「……落ちた?切れたのか、それとも」
「原因は不明だ。危険な兆候は今のところない。だが市民が感づいている」
グスタフは馬上で一度目を閉じ、それから静かに言った。
「大森林の奥で、とんでもないものを見つけた。ここでは話せない」
カールの目が細くなる。
「……詰所へ来てくれ」
二人は街のざわめきを背にして歩いた。
詰所に入ると、グスタフは地図を広げた。
森の奥、いくつかの地点に印がついている。
「ゴブリンだ。単独や小集団ではない。動きに統率がある。軍団を組もうとしている」
カールはすぐには答えなかった。
結界が落ちた。
森でゴブリンが動いている。
二つが重なる意味を、頭の中で静かに整理する。
「迫っているというほど近くではない」
グスタフが補足する。気休めではなく、事実として。
「だからこそ、今のうちに内部を固める」
カールは地図に視線を落としたまま言った。
声は平静だった。
それが努力によるものだと、グスタフには分かった。
窓の外では、街のざわめきがまだ続いていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる」と思ってくださったら、
★や感想で応援していただけると、執筆の励みになります!




