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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
16/18

インターミッション 凶星

【シーン①:執政官室】

 城塞都市アイゼンヴァルト中枢、執政官室。

 外界の気配を断ち切る厚い扉の内側に、三人分の気配だけがあった。

 卓上には、開かれた親書が置かれている。

 

 それを持ち込んだのは、この場で唯一の外来者――グスタフ・ブラントだった。

 王都の冒険者ギルドに籍を置く男。

 各地を渡り歩く生業柄、ひとり息子を連れて長期滞在することも珍しくない。

 だが、その立ち居振る舞いは、ただの冒険者とは異なる。

 書簡の扱いも、この場での物言いも、政の空気を知っている者のそれだった。

 

 

「――辺境公からの依頼書は以上です」

 執政官フリードリヒ・ベルナーが静かに読み上げる。

 読み終わってからも、眼鏡の奥の目が書面から離れない。

 

「"アイゼンヴァルト上空に凶星が居付く"。

 星読みの観測は三系統で一致、位置は固定」

「動かない星、か」

 

 カール・ライナーが低く呟く。

 城塞都市の守備責任者。

 無骨な体躯に刻まれた傷跡が、その立場を言葉より雄弁に語っている。

 家では見せない、指揮官の顔だった。

 

「三系統で一致なら無視はできん」

 グスタフが続ける。

「問題は場所だ」

 カールが口を開く。

 短い一言で、空気が締まる。

 

「影響はこの都市の上に固定されている。脅威となるなら――」

「大森林だな」

 グスタフが即座に引き取る。

 フリードリヒが資料を指で押さえる。

「外縁の巡回報告は平常です。

 魔物の発生密度、群れの規模、いずれも変化はありません」

 

「なら深部だ」

「踏破記録はなかったよな」

 カールとグスタフの顔が、フリードリヒを向く。

「ありません。

 外縁以降は地形が安定せず、継続的な記録は残っていない。

 帰還例も限定的です」

「つまり、"中で何が起きても分からない"」

「――起きているかどうかも、な」

 

 

 誰も否定しない。

 

 フリードリヒがつぶやくように発言する。

「結界があります。

 本都市の防衛は盤石です。過去に破られた例は――」

「危機管理に前例を持ち出すな」

 カールが遮る。

 フリードリヒが息をつくのを待って、カールが続ける。

「"破られていない"ことと、"破られない"ことは別だ」


 フリードリヒは下を向き、メガネを小さく押し上げた。

 反論の言葉を探しているようだったが、出てこなかった。

 

「今回の依頼は討伐じゃない」

 グスタフが挟む。

「調査だ。"何が起きているか"の特定を最優先にする」

「王国軍は動かさないのか?」

 カールが問う。

「まだ時期ではない、というのが辺境公の見込みだ」

 カールはグスタフを伺うような目で見た。

「……潜る気か」

「そうだ」

 即答だった。

 

 

 フリードリヒが顔を上げる。

「でしたら、情報面はこちらで対応します。王都との繋ぎも含めて」

 カールが頷く。

「頼む。

 守備隊は、外縁の巡回を増やす。

 異常が出た瞬間に叩ける配置にする」

「あまり過剰にするのはどうかと」

 フリードリヒが釘を刺す。

「市民の動揺へ配慮が必要です。

 現段階では情報は秘匿です。

 それに、現時点では"何も起きていない"のも事実です」

「だからこそだ」

 カールの声が落ちる。

「"起きてからでは遅い"」

 

 フリードリヒが言葉を飲み込む。

 否定はできない。

 だが、どこか腑に落ちていない顔だった。

「……情報は私が管理します。

 極秘扱い、通達は最小限に」

「長期になる」

「……承知しています」

 声がわずかに沈む。

 覚悟というより、諦めに近い響きだった。

 

 それ以上は言わない。

 それで足りた。

 

 

 やがて三人は立ち上がる。

 情報を担うフリードリヒ。

 守備を固めるカール。

 そして、見えない場所へ踏み込むグスタフ。

 

 

――何が起きているのかは、まだ分からない。

 

 ただ一つ。

 それが"何もない"という可能性だけは、すでに消えていた。

 

 

【シーン②:大森林】

 彼は思考していた。

 あの忌々しい結界を抜ける方法を。

 本能を揺さぶる何かが、あの結界の向こうにある。

 強欲の二つ名で呼ばれる自身を、焦燥が焼く。

 

 偵察が戻った。

 ひどく慌てた様子で報告に来る。

 彼の目が大きく開く。

 信じる神はない。

 故に、彼は自らの強運に歓喜した。

 

 咆哮を上げる。

 一族郎党すべてに伝わる、轟叫。

 出陣が決まった。

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