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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
15/18

第15話 最適化

【シーン①:最適化実験】

 白神祭から数日。

 森は、静かだった。

 足元の落ち葉を踏む音だけが、やけに響く。

 

 魔物の気配はある。

 だが、薄い。

 散っているというより、引いているような感覚だった。

 

 

――まあいい。

 

 レオンは意識を切り替える。

 狩りは問題なく成立している。

 むしろ、余裕がある。

「……ヴェントダート・ループ3」

 風の刃が三本、疾走し、ニブルラビットに突き刺さる。

 一瞬で終わる。

 

「さっきの詠唱、速くなってねえか?」

 驚いた顔でルーカスが歩み寄ってくる。

 小柄な体を枝の間から滑り込ませ、レオンの隣に並ぶ。

 頭一つ分も差がないが、肩幅だけはレオンよりわずかに広い。

 

「ルーカスに分かるレベルで速くなってたなら、満点だな」

 レオンは満足げに笑った。

 

 きっかけは単純だった。

 同時実行は、複数の魔法を途中で止めて、揃えて、発動させる。

 その"待ち"が無駄だった。

 ヴェントダートのような発動の速い魔法は、ループで回した方がいい。

 止める必要がない。流れが途切れない。

 

――美しい。

 

 

 そもそも詠唱とは何か。

 レオンの理解では、詠唱は「設定の記述」だ。

 何をどう動かすかを、言葉で指定している。

 ならば、無駄な記述は削れる。

 矛盾した指定は整理できる。

 重複した処理は一本化できる。

 

 教えられた詠唱そのものは完成されている。

 長年使われてきた分、無駄が削ぎ落とされている。

 問題は、自分で手を入れた部分だった。

 

 出力調整。

 範囲変更。

 複合化。

 

 これらを付け足すとき、レオンは最初、ただ末尾に並べていた。

 機能はした。

 だが、よく見ると同じ指定が二か所に散っていたり、打ち消し合っている記述があったりした。

 削って、組み直して、また削る。

 そのたびに、軽くなった。速くなった。

 

 今のヴェントダートも同じだ。

 ループ構文を外付けで追加するのではなく、発動の流れそのものに組み込んだ。

 結果、詠唱が短くなり、発動が速くなり、消費も減った。

 

――同じ構造だ。

 

 

 発動の後、わずかなノイズを感じた。

 

――少し……重い?

 

 何かを見落としているのだろうか――。

 

≪誤差範囲内です≫

 

 この疑問は一旦保留にする。

 

 視線が、森の奥ではなく別の場所を向く。

 結界魔法装置。

 あれだけの規模だ。

 安全のために冗長な処理を重ねているのは間違いない。

 だが、それは同時に――削れる余地があるということでもある。

 

「……何か、始めるのか?」

 ルーカスが言う。

 言葉は短いが、目が笑っている。

 普段は感情を面に出さない分、こういうときの反応は分かりやすい。

 

「……やってみるか」

 興味が、勝った。

 

 

【シーン②:聖堂・再侵入】

 聖堂の裏手は、相変わらず人の気配が薄い。

「……本当に誰もいないな」

 低く呟くルーカスの声に、レオンは短く答える。

「外に出てるみたいだ。最近はずっとだ」

 

 裏手の狭い隙間へ身を滑り込ませる。

 大人なら立ち止まって考えるような幅だが、二人の小柄な体は難なく通り抜ける。

 レオンはほとんど考えずに動いた。一度侵入して構造は把握している。

 AIの補助もある。

 迷う要素がない。

 

 結界装置にたどり着いたところで、レオンは声を低くした。

「見張り、頼む」

 ルーカスはすぐに入口側に位置を取る。

 短い足で器用に足場を確保し、巡回の様子を見張る。

 子供の体格が、こういうときは利く。

 

 

 レオンは目的の位置に進み、視界に広がる術式の流れを確認する。

 重なり合い、分岐し、何重にも保護された構造。

 

――多い。

 

 一目で分かる。

 必要以上に、処理が積まれている。

 

 流れを追う。

 

 まず目に入ったのは、二重化された監視処理だった。

 同じ対象を、わずかにタイミングをずらして二度確認している。

 安全のためだろう。

 だが、両方が同じ結果を返すなら、片方は不要だ。

 

 次に、再帰ループ。

 異常を検知したとき、念のためにもう一度確認を走らせる処理が三段重なっている。

 一段で足りる。

 そして余剰バッファ。

 処理の合間に設けられた待機時間が、実際の負荷に対して大きすぎる。

 半分でも動く。

 

「……ここだな」

 指先で流れをなぞる。

 削れる。

 整理できる。

 組み直せる。

 

 森の魔法でやってきたことと、構造は同じだ。

 

 

「……それ、本当に大丈夫なのか?」

 背後からルーカスの声。

 不安が滲む。

 見張りをしながらも、気になって仕方ないらしい。

 

「問題ない」

 レオンは即答した。

 

「無駄を削るだけだ。むしろ効率は上がる」

 

 理屈は通っている。

 最適化自体は何度も試している。結果も出ている。

 なら、同じことをやるだけだ。

 

 

 レオンは処理に手を入れる。

 一つ、削る。

 流れを整理する。

 ほんのわずかに淀んでいた流れが、軽くなる。

「……やっぱりな」

 確信が強まる。

 

 

 その時だった。

 脳内に直接声が響く。

 

   ―― 処理の改変を検知しました ――

   ―― 再起動を実行します ――

 

「……は?」

 

 理解が追いつかない。

 

 その瞬間、聖堂の光が――落ちた。

 

 

 一瞬。

 本当に一瞬だけ、すべてが途切れる。

 音も、空気も、流れも。――消えた。

 

「……今の、何だ?」

 ルーカスの声が、遅れて届く。

 

 次の瞬間には、光は戻っていた。

 何事もなかったかのように。

 術式も、流れも、元通りに見える。

 

 レオンは周囲を見回す。

 異常はない。

 少なくとも、見える範囲では。

 

「……更新に伴う再起動か?」

 思考が無理やり結論を出す。

 規模が大きい分、処理も大きく見えただけだ。

 

 変化は、ない。

 

「問題は、なさそうだな」

 確認するように呟く。

 応答は正常。流れも安定している。

 

――なら、大丈夫だ。

 

 

 聖堂の外に出ると、空気は変わらない。

 森も、街も、何もかも変わっていないように見える。

 

「……本当に大丈夫なんだろうな」

 ルーカスが言う。

「ああ」

 迷いなく答える。

「無駄を削っただけだ」

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう思っていた。

 それが何を意味するのか、レオンも誰も、理解していなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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