第17話 先触れの影
【シーン①:城門付近】
西門付近から騒ぎが聞こえてきた。
民衆のざわめき。
兵士の怒号。
馬蹄の響き。
それらが混ざり合い、通りに向かって流れてくる。
「ライダーだ、ライダーの群れが来る!」
誰かの叫びが、空気を裂いた。
城壁の上から怒号が飛ぶ。
弓を構える音。
矢が放たれる音。
それでも蹄の音は止まらない。
城壁の向こうで何かが起きている。
野次馬たちは城壁を見上げながら動けずにいた。
「城内に二体、侵入だ!」
その声が落ちた瞬間、レオンとルーカスが駆けつけた。
すでに野次馬が壁をつくっている。
かき分けようとするが、人混みが厚い。
子供の身長では人垣を越えられない。
隙間から覗いた先に――。
ハウルパピーに騎乗したゴブリンがいた。
鋭い牙。濁った目。獣臭が漂う。
群衆が悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
子供を抱えて路地へ飛び込む親。
転んで起き上がれない老人。
普段は魔物など見たこともない市民にとって、目の前の光景はそのまま恐怖だった。
悲鳴に近い声が響いた瞬間、ライダーの一体が群衆へ向けて突撃した。
その瞬間、影が疾走した。
低い詠唱音。
光が身体を包む。
筋肉が膨れ上がる。
「父上!」
レオンは叫んでいた。
剣が走る。
空気が断ち切られる。
一体目のライダーは乗騎ごと四散し、石畳を赤く染めた。
間を置かず、二体目へ。
攻撃を流す。
返す。
重撃。
ハウルパピーの肢体が千切れ、鞍が飛ぶ。
ゴブリンが城壁に叩きつけられる。
立ち上がりかけたところへ、衝撃波。
両断。
二騎の侵入者は、跡形もなく片づけられていた。
レオンは息を呑む。
剣と魔法が一体になった動き。
力任せではない。
無駄がない。
身体そのものが武器になっている。
「……あれが、身体強化魔法か」
思わず声が出た。
これまで触れたことのない領域。
見たことのない次元の戦い。
残身を取る父の姿から視線が離せなかった。
城壁の外では、まだ戦闘が続いている。
守備隊が押さえ込んでいるが、ライダーたちは退く気配がない。
「隊長!本隊が出てきました!」
叫び声が響く。
レオンとルーカスは目を見合わせる。
事態は、想像をはるかに超えていた。
【シーン②:屋根上からの状況確認】
二人は城壁沿いの高い建物へ駆け上がった。
眼下に広がる光景に、レオンは息を止めた。
城壁の内側では守備隊が展開している。
約二百。
槍と弓を構え、城壁に沿って隙なく陣取る。
怒号はない。
号令だけが短く飛ぶ。
混乱の中でも統制が取れているのは、カールの指揮によるものだろう。
城壁の外側には、その数倍の影が広がっていた。
ゴブリン本隊、数百。
ライダーが先頭に並び、その後ろに歩兵が続く。
隊列は乱れていない。
雑魚の群れではない。誰かが束ねている。
戦場が発する低い唸りが、城壁を越えてこちらまで届く。
「……戦力比は?」
レオンは小さく呟いた。
≪守備隊:推定二百。装備・練度・地形優位あり。
ゴブリン本隊:推定四百から五百。統率あり。数的優位は敵。
総合戦力は拮抗、ただし長期戦では守備側が不利≫
拮抗。
その一言が、じわりと重く響く。
装備では守備隊が上だ。
地形的な優位もある。
だが数は圧倒的に不利。
守備隊に悲壮感はない。
それが総合戦力への自信の表れだとしても、時間が経てば状況は変わる。
ルーカスがレオンの袖を引いた。
「裏手に別動隊がいる」
指差した先。
城壁の死角、茂みの陰に、息をひそめる影がある。
ゴブリンが十ほど。
その中に、一回り大きい個体が二体。
ボスゴブリンか。
さらにひと際大きい一体。
静かに立ち、周囲を見渡している。
「……あれを解析してくれ」
≪個体サイズ、位置取り、周囲への指示行動から判断。ゴブリンジェネラルと推定≫
――やはり。
守備隊は気づいていない。
視線はすべて正面の本隊に向いている。
別動隊が動けば、城壁の死角から内部へ侵入できる。
正面で本隊が守備隊を引きつけている間に、背後を突く。
単純だが、有効だ。
レオンとルーカスは言葉を交わさなかった。
互いに頷く。
それだけで十分だった。
背筋に、冷たいものが走る。
恐怖か。
緊張か。
それとも――。
足に力を込める。
屋根を蹴る。
風が耳を打つ。
心臓が跳ねる。
――おれたちならできる。
慣れているはずの森が、今日は違う密度を持って迫ってくる。
姿勢を低くして茂みへ入る。
足音を殺す。
呼吸を整える。
戦いの気配が、すぐそこまで来ていた。
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