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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
13/18

第13話 白の奥

【シーン①:白神祭】

 聖堂の前は、人で埋まっていた。

 入口には警備が立ち、内部へ入る人の流れを制御している。

 奥へ進むほどに空気は静まり、祭りのざわめきが削られていく。

 

 人の流れに乗って中に入る。

 白い石造りの空間が、広がっていた。

 壁も、床も、天井も、すべて白い建材で統一されている。

 ドーム状の天井は高く、視線が自然と上へ引っ張られる。

 窓から差し込む光が白い壁に反射し、空間全体がうっすらと光を帯びているように見えた。

 

 音が違う。

 外のざわめきが完全に消え、自分の呼吸と足音だけが聞こえる。

「奥は入れないんだよ」

 クララが小さく言った。

「白女神様は、あの奥にいるって言われてるの。

 ずっと昔から、この街を守ってくれてるって。百年間、結界が揺らいだことは一度もないんだって」

「へえ……」

 ルーカスは奥を見ながら頷く。

 レオンは最奥の仕切りを見た。

 

――百年、揺らぎなし。

 

 単発の魔法とは違う次元の話だ。

 外界の干渉を受けながら、維持され続ける魔法。

 それがどんな構造で動いているのか、まだ何も知らない。

 

――とんでもない魔法だ。

 

 

 歌が始まった。

 並んだ生徒たちの声が重なった瞬間、空間が変わった。

 ドームの天井が音を受け止め、増幅し、四方へ広げる。

 澄んだ声が壁を伝い、床を震わせ、空気全体に溶け込んでいく。

 建物の構造そのものが、楽器のように機能していた。

 

 その真ん中にクララがいる。

 白い衣装を羽織り、藍色の長布を頭に巻く。揺れる布が光を受けて、淡く浮かび上がる。

 派手さはない。

 だが崩れない。揺れない。

 場に溶けるように、安定している。

 ルーカスが横で小さく呟く。

「……すげえな」

 レオンは答えなかった。

 

――今だ。

 

 

【シーン②:逸脱】

 音が重なり、視線が前に集まる。

 その隙を抜ける。

 

 人の流れから外れ、柱の影へ。

 

 さらに奥へ。

 

 警備の位置を確認する。

 回廊を一定間隔で巡回している。

 

――正面は無理だ。

 

 小さく詠唱した。

「……ヴォクス……」

 空気が、わずかに震える。

 遠く、回廊の反対側で小さな音が鳴った。

 警備の一人が反応する。

 視線がそちらへ動く。

 もう一人も遅れて動いた。

 

――今。

 

 逆側へ滑り込む。

 

 足音を殺し、影を選ぶ。

 呼吸を浅く保つ。

 

 さらに奥。

 

 空気が変わる。

 人の気配が消える。

 足元にわずかな段差。

 下へ続く構造。

 祭りの広場の一層下――その空間に、それはあった。

 

 

 石と金属が組み合わされた台座。

 その表面に、びっしりと刻まれた紋様。

 規則的でありながら、どこか歪んでいる。

 魔力の流れが、かすかに感じ取れる。

 

 近づく。

 視線を落とす。

 

――これが、結界の基盤。

 

 詠唱を固定し、魔力を安定供給する装置。

 完全には理解できない。

 だが、断片的にはわかる。

 これは単なる発動ではない。維持のための仕組みだ。

 

 指でなぞる。

 意味は読めない。

 文字も、記号も、知らないものばかりだ。

 だが。

 

――解析すればいい。

 

 視界のすべてを焼き付けるように、細部まで目を走らせる。

 線の流れ。繋がり。配置。

 時間の感覚が薄れる。

 

 

【シーン③:接触】

「レオン」

 声で、現実に引き戻された。

 振り向く。

 

 父だった。

 

 背後には副官のオットーの姿もある。

 レオンは息を呑む。

 

「……何をしている」

 低い声だった。

 怒鳴ってはいない。

 だが、それだけで十分だった。

 

 レオンは答えない。

 視線だけが、一瞬装置に戻るが、すぐに父を見る。

「ここは神聖な場所だ。

 むやみに立ち入っていい場所ではないことぐらい、わかるだろう」

「……はい」

 反論はしない。

 だが、視線は戻さなかった。

 

 カールはそれを見て、少しだけ黙った。

 結界装置に軽く目をやってから、レオンに向き直る。

「お前が興味を持つのは理解できる」

 声のトーンが、わずかに変わる。

「だが、ダメだ」

 それだけだった。

 

 説明も、理由もない。

 ただ、ダメだ。

 

 オットーが肩をすくめた。

「まあまあ、隊長。ここまで入り込む子供も珍しいですよ。

 子供どころか、こんな何にもないところには、泥棒だって入らないですって」

「珍しければ許されるわけではない」

「それはそうですが」

 空気が少しだけ緩む。


「一人で戻れるな」

 カールの短い指示。

 レオンは頷く。

 そして、黙ってひとり戻った。

 

 

 外に出ると、音が戻ってきた。人の声。祭りのざわめき。

 

「おい!」

 ルーカスが手を振っている。クララも隣にいた。

「どこ行ってたんだよ」

「少しな」

「クララの歌、めっちゃよかったぞ!」

 クララがレオンを見る。

「……見てた?」

「……途中まで」

 クララは少しだけ息を吐いて、視線を祭りの方へ戻した。

 

「屋台、行こうよ」

 ルーカスが割り込む。

 二人が歩き出す。

 レオンはその後ろを歩きながら、頭の中を整理していた。

 

――結界装置。

 

 想像以上のものだった。

 百年維持される構造物。未知の領域。

 

――手は届く位置にある。

 

 白い布が風に揺れる。

 祭りはまだ続いている。

 三人の中で、レオンだけが別のものを見ていた。

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