第13話 白の奥
【シーン①:白神祭】
聖堂の前は、人で埋まっていた。
入口には警備が立ち、内部へ入る人の流れを制御している。
奥へ進むほどに空気は静まり、祭りのざわめきが削られていく。
人の流れに乗って中に入る。
白い石造りの空間が、広がっていた。
壁も、床も、天井も、すべて白い建材で統一されている。
ドーム状の天井は高く、視線が自然と上へ引っ張られる。
窓から差し込む光が白い壁に反射し、空間全体がうっすらと光を帯びているように見えた。
音が違う。
外のざわめきが完全に消え、自分の呼吸と足音だけが聞こえる。
「奥は入れないんだよ」
クララが小さく言った。
「白女神様は、あの奥にいるって言われてるの。
ずっと昔から、この街を守ってくれてるって。百年間、結界が揺らいだことは一度もないんだって」
「へえ……」
ルーカスは奥を見ながら頷く。
レオンは最奥の仕切りを見た。
――百年、揺らぎなし。
単発の魔法とは違う次元の話だ。
外界の干渉を受けながら、維持され続ける魔法。
それがどんな構造で動いているのか、まだ何も知らない。
――とんでもない魔法だ。
歌が始まった。
並んだ生徒たちの声が重なった瞬間、空間が変わった。
ドームの天井が音を受け止め、増幅し、四方へ広げる。
澄んだ声が壁を伝い、床を震わせ、空気全体に溶け込んでいく。
建物の構造そのものが、楽器のように機能していた。
その真ん中にクララがいる。
白い衣装を羽織り、藍色の長布を頭に巻く。揺れる布が光を受けて、淡く浮かび上がる。
派手さはない。
だが崩れない。揺れない。
場に溶けるように、安定している。
ルーカスが横で小さく呟く。
「……すげえな」
レオンは答えなかった。
――今だ。
【シーン②:逸脱】
音が重なり、視線が前に集まる。
その隙を抜ける。
人の流れから外れ、柱の影へ。
さらに奥へ。
警備の位置を確認する。
回廊を一定間隔で巡回している。
――正面は無理だ。
小さく詠唱した。
「……ヴォクス……」
空気が、わずかに震える。
遠く、回廊の反対側で小さな音が鳴った。
警備の一人が反応する。
視線がそちらへ動く。
もう一人も遅れて動いた。
――今。
逆側へ滑り込む。
足音を殺し、影を選ぶ。
呼吸を浅く保つ。
さらに奥。
空気が変わる。
人の気配が消える。
足元にわずかな段差。
下へ続く構造。
祭りの広場の一層下――その空間に、それはあった。
石と金属が組み合わされた台座。
その表面に、びっしりと刻まれた紋様。
規則的でありながら、どこか歪んでいる。
魔力の流れが、かすかに感じ取れる。
近づく。
視線を落とす。
――これが、結界の基盤。
詠唱を固定し、魔力を安定供給する装置。
完全には理解できない。
だが、断片的にはわかる。
これは単なる発動ではない。維持のための仕組みだ。
指でなぞる。
意味は読めない。
文字も、記号も、知らないものばかりだ。
だが。
――解析すればいい。
視界のすべてを焼き付けるように、細部まで目を走らせる。
線の流れ。繋がり。配置。
時間の感覚が薄れる。
【シーン③:接触】
「レオン」
声で、現実に引き戻された。
振り向く。
父だった。
背後には副官のオットーの姿もある。
レオンは息を呑む。
「……何をしている」
低い声だった。
怒鳴ってはいない。
だが、それだけで十分だった。
レオンは答えない。
視線だけが、一瞬装置に戻るが、すぐに父を見る。
「ここは神聖な場所だ。
むやみに立ち入っていい場所ではないことぐらい、わかるだろう」
「……はい」
反論はしない。
だが、視線は戻さなかった。
カールはそれを見て、少しだけ黙った。
結界装置に軽く目をやってから、レオンに向き直る。
「お前が興味を持つのは理解できる」
声のトーンが、わずかに変わる。
「だが、ダメだ」
それだけだった。
説明も、理由もない。
ただ、ダメだ。
オットーが肩をすくめた。
「まあまあ、隊長。ここまで入り込む子供も珍しいですよ。
子供どころか、こんな何にもないところには、泥棒だって入らないですって」
「珍しければ許されるわけではない」
「それはそうですが」
空気が少しだけ緩む。
「一人で戻れるな」
カールの短い指示。
レオンは頷く。
そして、黙ってひとり戻った。
外に出ると、音が戻ってきた。人の声。祭りのざわめき。
「おい!」
ルーカスが手を振っている。クララも隣にいた。
「どこ行ってたんだよ」
「少しな」
「クララの歌、めっちゃよかったぞ!」
クララがレオンを見る。
「……見てた?」
「……途中まで」
クララは少しだけ息を吐いて、視線を祭りの方へ戻した。
「屋台、行こうよ」
ルーカスが割り込む。
二人が歩き出す。
レオンはその後ろを歩きながら、頭の中を整理していた。
――結界装置。
想像以上のものだった。
百年維持される構造物。未知の領域。
――手は届く位置にある。
白い布が風に揺れる。
祭りはまだ続いている。
三人の中で、レオンだけが別のものを見ていた。
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