第12話 白の街
【シーン①:買取屋】
裏口を叩くと、じきに扉が開いた。
「……また来たのか」
扉を開けた男が、ため息まじりに言う。
レオンは店内に入ると、何も言わずに背負っていた袋を下ろした。
ずしりと重い音がする。
ルーカスも同じように袋を置く。
男は無言で袋の口を開き、中身を覗き込んだ。
「……ニブルラビット。これ、全部か?」
答えない。
さらに奥へ手を入れる。
「ハウルパピーも混じってるな……おい」
手を止めて、二人を見る。
「この量を一日で採ったのか?」
「そうだ」
男は小さく息を吐いた。
「その辺の冒険者顔負けだな」
呆れた視線を送り、聞こえぬようつぶやく。
「なんてガキどもだ」
「ありがたいが……最近ちょっと多すぎるぞ」
言いながらも、手は止まらない。
慣れた動きで状態を確認していく。
「損傷が少ないな。どれもほぼ一撃か」
傷口を確かめ、低く唸る。
「無駄がねえ……いや、無さすぎるな」
それ以上は踏み込まない。
線を引くように、視線を落とした。
「いつも通りでいいんだな」
「ああ」
値段は聞かない。
処理されるならそれでいい。
それが基準だった。
男は帳面に記入しながら、ふと口を開く。
「そういや、これだけ稼いで子供が何に使っているんだ」
「まだ足りない」
「ほう。何に使う」
「魔導書」
一瞬、空気が止まる。
「……おい」
男は声を落とした。
「子供が軽々しく買うもんじゃねえぞ」
「知ってる」
「なにせ高い。数も少ねえ。そもそも読めたもんじゃねえ」
断言だった。
それが普通だ。
レオンは何も反論しない。
――読めなくても、AIで解析はできる。
それだけで十分だった。
男はしばらくレオンを見てから、肩をすくめる。
「まあいい。金を貯めるのは悪くねえ」
帳面を閉じ、袋を差し出す。
「ほら、こんなもんだ」
受け取る。
中身は確認しない。
「また来い。
ただし……ほどほどにな」
言葉とは裏腹に、男の目は少しだけ疲れていた。
外に出ると、ルーカスが隣に並ぶ。
「魔導書って、高いのか」
「ああ」
「どのくらい」
「今持ってる全部でも足りない」
ルーカスは少し黙ってから、
「そりゃ大変だな」
あっさり言った。
深く追わない。
それがルーカスだった。
【シーン②:白の街】
街の空気が変わっていた。
通りのあちこちに白い布が張られている。
家と家の間に渡され、風に揺れていた。
簡素なものだが、数が多い。
視界が白く染まる。
人も増えている。
普段よりも明らかに賑やかだ。
「なんだこれ、白ばっかだな」
ルーカスが言う。
「明日から白神祭だからよ」
クララが答えた。
三人で並んで歩いている。
「白女神様を祀る年に一度のお祭りよ」
「へえ。街の守り神、ってやつか」
「そう。結界を張ってくれてるって言われてるの。
この街、百年間一度も破られたことがないって」
さらりと言う。
レオンは白い布の向こう側を見た。
――百年、揺らぎなし。
単純な話だ。
だが、その意味は重い。
百年維持される設置型の魔法。
それがどういう構造で動いているのか、まだ何も知らない。
――とんでもない魔法だ。
「お祭りの日はね、聖堂で歌があるの」
クララが続ける。
「教会学校の生徒が歌うの。私も歌うんだよ」
「オレはいいや」
ルーカスが即答する。
「歌とか興味ねえ」
レオンはそれを聞いて、少し考えた。
正直、歌には興味がない。
だが聖堂には入りたい。
結界がどこかに刻まれているとすれば、おそらくあの中だ。
「ルーカス、見に行こうぜ」
「は? なんで」
「クララが歌うんだぞ」
ルーカスの動きが止まった。
クララがわずかに驚いた顔をしてから、ルーカスに向けて穏やかに微笑む。
「よかったら、見に来て」
ルーカスは一瞬だけ固まった。
「……お、おう」
さっきまでの勢いが、どこかへ消えた。
クララはそれには触れず、自然に話を続ける。
「祭りの間は屋台も出るし、夜は灯篭も流れるよ。賑やかで楽しいと思う」
「灯篭か。見たことねえな」
ルーカスが少し素直な声で言う。
「きれいだよ」
クララが答える。
短いやり取りだった。
だがルーカスは、それ以上何も言わずにただ頷いていた。
レオンはそれを横目で見ながら、特に何も言わなかった。
「祭り、来るだろ」
レオンがルーカスに確認する。
「行くに決まってる」
即答だった。そのままクララを見る。
「一緒に回ろうぜ」
勢いのまま言い切る。
クララは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
「……レオンも?」
「行く」
迷いはない。
クララは小さく息を吐いて、微笑んだ。
「じゃあ、三人でだね」
「おう!」
ルーカスが満足そうに頷く。
話はまとまった。
白い布が風に揺れる。
街はゆっくりと祭りに染まっていく。
――聖堂の中に、何かある。
百年維持される結界。
その構造が、どこかに刻まれているはずだ。
レオンの意識は聖堂の奥を見ていた。
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