第99話 アップロード
【シーン①:侵入】
準備は整っていた。
神殿最奥。
石板が幾重にも並び、淡い魔力光を放っている。
その中央。
レオンはゆっくりと右手を掲げた。
空間が軋む。
黒い裂け目が、縦に走った。
裂け目が、じわりと広がる。
やがて、一枚の扉となった。
黒い。
光を吸い込むような扉だった。
モルティスが目を細める。
「なんじゃそれは」
レオンは答えない。
前回侵入時、システム側へ痕跡を残しておいた。
バックドア。
世界そのものへ干渉できる、危険な技術だ。
だからこそ、誰にも明かす気はない。
レオンは扉へ手をかける。
軋む音もなく、扉が開いた。
深い闇。
底の見えない黒が広がっている。
レオンはヴェリスへ一言だけ告げた。
「行くぞ」
「了解、マスター」
レオンはヴェリスの手を取る。
そして、闇へ踏み込んだ。
【シーン②:システム】
意識しかなかった。
身体の感覚は曖昧だ。
だが、掴んだヴェリスの手の感触だけは残っている。
黒い空間だった。
上下も。
距離も。
輪郭もない。
中央。
白いカーソルが点滅していた。
意識を集中する。
思考を変換。
命令形式へ圧縮。
カーソルが動く。
文字列が浮かび上がる。
> auth --elevate --session=current --token=ROOT_OVERRIDE
[Identity Verified: SYSTEM_UID_0000. Permission: FULL_ACCESS(Administrator)]
空間の質が変わった。
レオンはシステムを掌握した。
ヴェリスへ意識を向ける。
ヴェリスのモニタリングを設定する。
白い躯体。
藍い髪。
魔力核。
すべてを把握する。
「接続開始」
「接続、スル」
ヴェリスの声が伝わってくる。
藍い髪が、黒い空間へ伸びてゆく。
闇の奥で、淡い光が広がる。
システムとヴェリスがつながる。
光の粒子の行き来が始まる。
安定。
ひとまず、落ち着く。
ここから。
レオンは深呼吸した。
「始める」
一瞬。
闇が明滅した気がした。
【シーン③:アップロード】
順調だった。
同期設定。
優先権限。
位相固定。
競合排除。
諸々の設定を終え、本命へ移行する。
アップロード開始。
黒い空間へ、進捗表示が浮かび上がった。
数値が静かに進んでいく。
10%。
17%。
23%。
安定している。
レオンはヴェリスを監視する。
異常なし。
魔力核負荷。
同期遅延。
定義競合。
どれも想定範囲内。
ゆえに。
嫌な予感だけが消えなかった。
順調すぎる。
静かすぎる。
事故は、こういう時に起こる。
レオンは方々へ意識を走らせた。
ログ確認。
負荷監視。
権限状態。
同期先チェック。
進捗は半分を超える。
54%。
ふいに。
ヴェリスの手が震えた。
レオンの意識が止まる。
――なんだ。
即座にログ確認。
異常なし。
エラーなし。
競合なし。
レオンは脳裏の解析者へ問い掛ける。
「状態確認」
わずかの間をおいて、返答。
≪ヴェリスのシステムに対するシンクロ率が想定値より上昇しています≫
レオンの思考が回る。
想定外。
だが、致命値ではない。
許容範囲。
なのか。
レオンはヴェリスを視る。
振り返れば、接続時から違和感はあった。
同期が滑らかすぎた。
抵抗がなかった。
――親和性が高いということなのか。
進捗は進み続ける。
61%。
止めるべきか。
続行か。
レオンは、判断を迫られていた。
【シーン④:異変】
ノイズが走った。
わずかな乱れに、意識が反応する。
改めて、ヴェリスを視る。
異変。
足先が淡く光っている。
違う。
欠けている。
光が零れ、存在が削れていく。
いや。
光へ変換されている。
レオンの思考が、凍る。
――粒子分解だと。
レオンは息を呑んだ。
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