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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
最適化編
108/111

第98話 神の器

【シーン①:冒険者ギルド】

 冒険者ギルドは騒がしかった。


 酒場側ではなく、依頼掲示板の周辺だ。

 妙なざわめきが広がっている。


 レオンは足を止めず、横目だけで掲示板を眺めた。


 貼られている依頼は異様だった。


 墓荒らし。

 夜道へ現れる影。

 死体の消失。

 幽体目撃。

 鐘の音だけが響く廃村。


 どれも、死にまつわるものばかりだ。


「死人の相手なんざ、気味が悪い」

 泣き言のような声が飛ぶ。


 レオンはそのざわめきを背中に、受付へ向かう。



 受付嬢が気付いた。


「あ、レオンさん」

「どこか長期不在されますか」


「ああ」


 ダイヤランク以上の冒険者は、長期離脱時に届け出義務がある。

 ギルドとしては、常に戦力を把握する必要があるとのことだ。


 受付嬢は書類を渡しながら、小さく眉を下げた。

「街道はだいぶ雪深いらしいですよ」


「急ぎだからな」

 短く返しながら、レオンは背後のざわめきを確認した。


 不安。

 困惑。

 理解不能への苛立ち。


 すでに混乱は広がっている。



「それで、どちらまで」

「城塞都市アイゼンヴァルトだ」



【シーン②:神殿】

 神殿の奥は静寂が満ちていた。


 冷えた空気。

 薄暗い石壁。

 魔導灯の淡い光だけが揺れている。


 その中央で、ヴェリスは変わらず佇んでいた。

 藍髪を通る光が漏れ零れる。



 レオンはヴェリスの状態を確認する。

 期待した修復は進んでいる。

 良好と言える。


 レオンは正面へ立った。


「これから、新しい定義を作る」

 ヴェリスは静かに聞いている。


「そのために、お前を使う」


 沈黙。


 ヴェリスはすぐに微笑んだ。

「了解、マスター」


 いつも通りの声音。


 作られた反応。

 設計された笑顔。


 それでも。


 レオンは知っている。

 そこに、確かに意思があることを。



 ヴェリスはゆっくりと目を閉じた。


「準備を開始します」


 魔力光が、足元から淡く広がっていく。



【シーン③:設計】

 神殿奥の至る所で、大量の魔法装置が明滅を繰り返していた。


 青白い文字列。

 精密、緻密に刻まれた詠唱文字。

 狭い空間に、ぎっしりと詰め込まれている。


 その傍らで、モルティスが感心したように眺めまわす。

「それで、わしは何をすればよいのじゃ」


 レオンは魔法装置から目を離さずに答えた。

「まずは、神の設計から入る」


 指先が石板状の魔法装置をなぞる。

 盤面に文字が浮かび上がる。


「以前の“神”は、”生”しか見ていなかった」


 指を動かすと、新たな図式が現れる。


「”生”を細分化する。

 細分化対象のピックアップが必要だ」


 モルティスの目が細くなる。


 レオンはモルティスに向き直った。

「じいさんには、死の側から見た破綻ケースの洗い出しを頼みたい」

「ふむ」


「死によって発生する事象。

 幽界側での存在状態。

 その辺りを形にして欲しい」


 モルティスが肩を竦める。

「難しいことを言いよる」


「簡単なことなら、賢者には頼まない」


 一瞬。

 モルティスが笑った。


「言いよる」

 その顔には、奇妙な高揚が浮かんでいた。


 死を司る賢者。

 だが今は、世界構築へ嬉々として参加している。


 モルティスは床へ座り込み、置かれていた石板の一つを手に取る。

 慣れた手つきで操作を始めた。


 幽体。

 残留思念。

 魂魄分離。

 死後遅延。

 位相残滓。


 見たこともない概念群が、次々と浮かび上がる。

 

 レオンはそれを横目に、頭の内側へ語り掛けた。


「現行が生のみを定義していたと仮定して、定義不足と考えられるパターンを列挙してくれ」

≪膨大な数になります≫


「わかっている」

 レオンは即答した。


「総量を出し、少しずつグルーピングする。

 はみ出たものは例外化させる。

 まずは列挙だ」

≪了解しました≫


 暫く。


 思考の端に、夥しい数の文字列が展開された。


 未定義。

 競合。

 重複。

 判定不能。

 境界曖昧。


 レオンは眉一つ動かさない。

 石板に書き写す。

 ただ、処理していく。


 分類。

 分岐。

 統合。

 例外化。


 終わりの見えない設計作業だった。



【シーン④:神の器】

 作業は数日続いた。


 世界の混乱は広がっている。

 それは、ラインバッハのギルドの様子だけでも分かる。

 同じことは、いくつもの街で起きているはずだ。


 村でも。

 遺跡でも。

 人のいない場所でさえ。


 一刻も早い再定義が必要だった。



 しかし。

 そのために必要な作業量は、あまりにも膨大だった。


 レオンはふと、既視感を覚える。


 この空気。


 切迫。

 疲労。

 終わらない作業。


 記憶の深く深く奥。


 思い出せないほど遠い場所に、似た感覚がある。


 レオンは首を振る。


――思い出す必要はない。


 レオンは意識を切り替えた。

 今は、目の前だ。



 モルティスが低く唸る。


「定義外の受け皿は、このくらいでよかろう」

「そうそう直すことはできないから、慎重にチェックしてくれ」

「人使いの荒い男だ」

 口を尖らせながらも、モルティスは楽しそうだった。



 詠唱を入力した石板がいくつも並ぶ。


 その中央。


 ヴェリスは静かに目を閉じていた。


 石板の情報を読み込んでいる。

 読み込んだ詠唱は、魔力核へ取り込まれる。

 

 幾重にも圧縮された超大型詠唱。

 常人なら、認識した瞬間に脳が焼き切れる。

 何層にも折り畳まれた膨大な詠唱を処理できるのは、ヴェリスしかいない。


 淡い光が、ヴェリスの身体を包む。

 レオンはそれを見守る。



――もう少し。


 ゴールは見えている。

 あと少しで届く。



 うっすらと光るヴェリス。

 レオンは、その場を動かなかった。

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