第96話 端境(はざかい)
【シーン①:墓地】
雪が舞っていた。
白い息だけが、夜へ溶けていく。
モルティスは動かない。
ローブを纏ったまま、墓標の並ぶ闇へ立っている。
ガウィンは剣を下ろしていなかった。
ヘレナも警戒を解かない。
レオンが口を開く。
「……説明しろ」
モルティスの口元が歪む。
「理解を望むか」
「望む」
即答だった。
風が吹く。
雪が流れる。
モルティスは空を見上げた。
「この世界には、元より二つの領域がある」
ゆっくりとした声。
「生者の在る“明界”」
「そして、死者の沈む“幽界”じゃ」
ヘレナが眉を寄せる。
「……死後の世界、ってこと?」
モルティスは小さく笑った。
「人はそう呼ぶのう」
墓地へ目を向ける。
「じゃが、この世界では、明界と幽界は完全に隔てられておった」
レオンの目が細くなる。
「だから、死者は戻らない。
幽体も現れぬ。
死は、逝って終わりじゃった」
ガウィンが低く呟く。
「……そりゃ、死んだら終わりって、当たり前だろ」
モルティスは答えない。
ただ、静かに立っていた。
【シーン②:曖昧】
「だが今は違う」
モルティスが続ける。
「明界と幽界の端境が、曖昧になっておる」
風が止む。
一瞬だけ。
周囲の音が遠のいた。
「死者が言葉を残す。
幽体が現世へ滲む。
回復が、終わりを見失う」
レオンの脳裏に、ゲッツェの左目が浮かぶ。
止まらなかった再生。
モルティスの口角が上がる。
「そして、生とも死ともつかぬ存在の認識が易くなった」
ヘレナが小さく息を呑む。
「……生でも死でもないもの?」
「いままでも存在はしておった」
モルティスが言う。
「ごくわずかだがな」
レオンが問う。
「それが、今は起こっていると?」
「起きやすくなった」
モルティスの声は低く平らだった。
「お主が成したことでな」
【シーン③:流れ】
レオンは黙る。
――生とも死ともつかぬ存在
脳裏に、様々な光景が浮かんでいた。
廃村で見た影。
人間の形。
しかし、実体はない。
ダンジョン。
魔力を集め、魔物を呼び込み、死体すら取り込みながら成長する。
しかし、それ自体に命ある意思は存在しない。
そして、ヴェリス。
千年を経ても停止せず、意思を持って動き続ける。
しかし、呼吸も鼓動も存在しない。
「……死んだものは、終わるわけじゃないのか」
レオンの問いに、モルティスが頷く。
「終わるとも。
じゃが、消えるわけではない」
雪が積もっていく。
墓石の白が増える。
「命は流れる。
魔力も、意識も、同じように。
死とは、その流れが閉じること」
その声は、不思議と冷たくなかった。
「閉じるべきものが閉じる。
それが、死じゃ」
声が落ちる。
レオンの思考が繋がる。
回復魔法。
活性化。
停止条件。
終わらない再生。
「……終わりの判定が、閉じなくなってるのか」
モルティスが笑った。
「近いの」
【シーン④:理解】
沈黙。
雪だけが降っていた。
ガウィンが不機嫌そうに口を開く。
「じゃあ何か?
今までの世界の方がおかしかったってのか」
モルティスは即答しなかった。
しばらくして。
静かに言う。
「安定しておった」
そこで言葉を切る。
「……あまりにも、な」
記憶が、蘇る。
rm -rf /root/core/variable/GOD
神の削除。
形而上のシンボル除去だと思っていた。
だが違う。
それを消した結果、
世界は変わり始めている。
モルティスが、レオンへ向き直った。
「小僧」
低い声。
「お主はまだ、“神”を理解しておらぬ」
レオンは答えなかった。
遠く。
墓地の奥。
一瞬だけ。
青白い火が浮かぶ。
そして、消えた。
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