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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
最適化編
104/111

第94話 誤差

【シーン①:ラインバッハ】

 ラインバッハへ戻った。

 

 雪は止んでいた。

 それでも、空は重い灰色に覆われている。

 

 商都の大通りは、人で溢れていた。

 荷馬車。

 商人。

 怒鳴り声。

 冬前とは違うが、それでも活気はある。

 

 ただ。

 どこか、空気が落ち着かない。

 

 

 レオンは通りを歩きながら、周囲を観察していた。

「……増えてるな」

 小さく呟く。

「何が?」

 ヘレナが聞き返す。

「違和感だ」

 短い返答。

 

 広場では、露店商が客と揉めていた。

 品質の差がひどいとか。

 あっという間に腐ったとか。

 似たような話が方々から聞こえる。

 鐘楼。

 鐘の揺れと音が、わずかに噛み合っていない。

 

 ヘレナが眉を寄せた。

「……なんか、変よね」

 ガウィンが肩を竦める。

「寒くて、ピリついてんだろ」


 言いながら、ガウィン自身も落ち着かない様子だった。

 違和感は、誰でも感じ取れる程度まで広がっていた。

 

 

【シーン②:噂】

 冒険者ギルドは混雑していた。

 

 暖炉の熱気に酒気が混じる。

 ざわめきが絶えない。

 

 

 三人は空いた席へ腰を下ろした。

「とりあえず報告終わり、と」

 ヘレナが息を吐く。

 

 コルデリアでの一件は、すでに王都へ共有済みだった。

 ジュードが先行していたため、ギルドでの処理は早い。

 レオンは黙ったまま、酒場の声へ耳を向けていた。

 

 

「だから見たんだって!」

 不意に、大声が響く。

 

 酔った男だった。

 赤ら顔。

 片目に黒い眼帯。

 髭は乱れ、酒瓶を片手に叫んでいる。

 

「死んだはずなんだ!

 首が折れてた!」

 周囲が笑う。

 

「また始まったぞ、片目のゲッツェ」

「飲みすぎだ馬鹿」


「違ぇんだよ!」

 男が机を叩く。

「死体置き場で喋ったんだ!

 助けてくれって!」

 空気が少しだけ冷えた。

 

 誰かが鼻で笑う。

「死体が喋るかよ」


「本当だ!

 目ぇ開けて――」

 

 話を遮って、ゲッツェの後ろにいた男が立ち上がった。

「うるせぇんだよ!」

 拳が飛ぶ。

 

 ゲッツェの顔へ直撃した。

 椅子ごと倒れる。

 酒瓶が割れた。

 

「……あーあ」

 ガウィンが呟く。

 周囲が慌てて止めに入る。

 

 殴られたゲッツェが、仰向けに倒れたまま動かない。

 鼻が曲がっている。

 口の端も切れていた。

 

 ヘレナが立ち上がる。

「ちょっと、動かないで」

「へ、平気だ……」

「平気じゃない」

 呆れたように言いながら、ヘレナは手をかざした。



【シーン③:回復】

「レジェネア」

 淡い光。

 回復魔法が、ゲッツェを包み込む。

 

 腫れが引く。

 裂けた皮膚が閉じる。

 そこまでは、通常どおりだった。

 だが。

 

 ヘレナの表情が止まった。

「……え?」

 光が消えない。

 

 本来なら、傷の修復完了と同時に、収束するはずだった。

 しかし、魔力が流れ続けている。

 

 ゲッツェが目を見開いた。

「な、なんだ?」


 ずれた眼帯の下。

 潰れていたはずの片目が、再生し始めていた。

 

 肉が盛り上がる。

 血管が走る。

 ゆっくりと形を取り戻していく。

 

 

 ギルド内が静まり返った。

 

 ヘレナの顔色が変わる。

「……回復が、止まらない?」

 慌てて魔力供給を切る。

 

 光が消える。

 再生も止まった。

 

 にもかかわらず。

 

 

 ゲッツェの左目は、半分ほど戻っていた。

 本人が震えながら眼帯へ触れる。

「み、見える……」


 誰も喋らない。

 

 レオンだけが、黙って観察していた。

 

 

 魔力反応。

 回復速度。

 停止条件。

 噛み合っていない。

 

 ヘレナが小さく言う。

「こんなの……初めて……」


 レオンは答えなかった。

 嫌な予感だけが残る。

 

 

【シーン④:境界】

 ギルドを出る。

 外は薄暗かった。

 雪が降り始めている。

 

 

 ガウィンが低く呟いた。

「……気味悪ぃな」

 珍しく、本気の声だった。

 

「あのオッサンの話も」

 ガウィンが続ける。

「死体が喋るなんてな。

 文字通り、死に切れねぇ、ってことなんかね」



 レオンは歩きながら考える。

 

 レジェネア――回復魔法。

 本来は、生体の回復能力を活性化する魔法。

 

 だからこそ。

 新しい傷は治る。

 古い傷には効果がない。

 回復処理そのものが終了しているからだ。

 

 しかし、今日の現象は違った。

 新旧を越えて、回復が継続した。

 

――曖昧になっている。

 生体の活性判定そのものが。



 思考が止まる。

 脳裏に、あの文字列が浮かんだ。

 

rm -rf /root/core/variable/GOD

 

 レオンの足が、一瞬止まる。

 AIへ、問いかける。

 

――現在発生している異常と、GOD削除との関連性は。

 短い沈黙。


≪解析条件が不足しています≫



 雪が降る。

 人々が行き交う。

 いつも通りの街並み。

 なのに。

 

 世界は変わり始めていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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