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第8話

イルマ=ベルターニと申します。ルナトゥリーナ侯爵家封臣家門のひとつ、ベルターニ子爵家の次女として生まれ、アンナベッラお嬢様が7歳になる少し前より専属の侍女としてお仕えさせていただいております。


王都まではまだ時間がありますので、僭越ながら本日は私からアンナベッラお嬢様、そしてお嬢様の11歳のお誕生日当日のお話しをさせていただければと思っております。



ルナトゥリーナ侯爵家で、ただお1人のお嬢様でいらっしゃるアンナベッラ様は、侯爵閣下、奥様からそれは大切にされ、健やかにお育ちになられました。

一度として侯爵領の外へお出になったことはありませんでしたが、この広大なルナトゥリーナ侯爵領を生涯出ることのない人間など、さほど珍しくもありませんから、恐らくはお嬢様もそれをご不満に感じられたことはなかったはずでございます。


行儀見習いも兼ねて、私がルナトゥリーナ家にお仕えするようになったのが16歳の時でございました。

当時のアンナベッラ様は、既に淑女としての作法を身に着けておられ、歴史や語学のみならず、経済や領地経営に至る幅広い知識を学んでおられる最中でした。


このような話は他でもお聞きになる機会が多いかと思いますので、今日はそれ以外の話にしましょうか。



アンナベッラお嬢様はお2人のお兄様と年が離れていることも関係しているのでしょうが、幼い頃より大人びたところのある方でいらっしゃいました。私などと比べるものではありませんけれど、6歳と言えば姉とおやつを取り合って泣かされたり、兄や弟とそこらじゅうを走り回って埃まみれになったりしていましたから。


けれど、年相応に可愛らしいところもおありだったのですよ。

日々相当な時間を家庭教師とお過ごしではございましたが、自由時間もそれなりに確保いただいておりました。お嬢様は読書がお好きでしたから、図書室へご一緒する機会は多かったですね。


この度お嬢様が参考になさったと仰っている魔女にも心当たりがございます。シリーズ物の物語で、美しく気高い孤高の魔女が主人公のお話しでした。私もお嬢様より少し上の年の頃、夢中になって読んだものです。



お邸の中でばかりお過ごしだったのかと案ずる方がいらっしゃるかもしれませんね。補足いたしましょう。

アンナベッラ様は、湖でお過ごしになるのが特にお好きでした。気候のよい季節は、毎日のように湖へご一緒させていただき、そこで楽しいひと時を過ごしました。


ここルナトゥリーナ領は、シエルラッドで最も栄える港町を持つ南部最大の領でございます。領主で在られます侯爵家ご一家がお住いの本邸は、ルナトゥリーナ領のほぼ中央、港からは約3日の位置にありまして、シエルラッド一大きな湖のほとりにございます。


お邸の裏庭をしばらく進むと湖に出ることができます。

しかしお嬢様が向かわれるのはいつだって敷地の外でした。お邸の門を出て15分ほどでしょうか。大人の足だと10分かからない距離ですが、湖に向かう時は決まってその場所でした。


大きな楢の木が1本ある以外特徴らしい特徴もありませんし、お邸の外ですのでごく稀に先客がある時もあります。それでもいつだってお嬢様はその場所から湖を眺めておいででした。

いつもお持ちになったハンカチを広げて地面にぺたりとお座りになり、飽くことなく湖を眺めるのです。


一度「こちらにベンチを設けるようお願いしてみましょうか?」とお伺いしたことがあったのですが、お嬢様は首を横に振られました。


「ありがとうイルマ。でもね、この場所はこのままでなければいけないのよ。決して変えてはいけないの」


理由はお聞きしておりません。ルナトゥリーナ家の重要な決まりかもしれませんからね。




アンナベッラ様と出会って4年と少しが過ぎたあの日の朝も、お嬢様のお供をして湖に向かいました。


「イルマ、私11歳になったわ」


「おめでとうございますアンナベッラ様。今日は皆さまお揃いでお祝いでございますね」


「ええ、お手紙は頂いていたけれど、本当にビクトル兄様が戻っていらっしゃるとは思っていなかったわ。だって兄様はもう騎士になったのですもの」


ビクトル様が騎士の叙任を受けたのは1年前のことです。クリスマスにも建国祭の時もルナトゥリーナ領へはお戻りになりませんでしたから、お嬢様の誕生祝に帰るというお言葉にも期待は寄せていなかったようでございます。アンナベッラ様は物分かりがよすぎますから。


「大切な11度目のお誕生日ですから。今日は素晴らしい1日になりますね」


「そうね、パーティーが楽しみだわ。桃のタルトは焼いてくれたかしら。もちろん桃のタルトがなくたって、それよりも素敵なケーキを用意してくれているはずだから、がっかりなんてしないわ」


お嬢様の大好きな桃のタルトは真っ先にメニューに加えられましたよ。桃のゼリーもプディングもご用意しております。たくさん召し上がって下さいね。


メニューは超重要な機密事項ですので、ここで漏らすことはできません。パーティーに並ぶ料理を想像して楽しそうに笑っておられるアンナベッラ様を見守りながら、私もお喜びになる姿を想像してやはり笑っていました。




◇◇◇


「誕生日おめでとうアンナベッラ」

「おめでとう、ルナトゥリーナの小さな白バラ。今日からはアンナベッラと呼ばなくてはな」

「私たちのアンナベッラが、もう11歳になったのですね。おめでとう愛しているわ」

「おめでとうございます、アンナベッラ様」

「おめでとう、アンナベッラの新たな1年が幸せに満ちたものとなることを願って」


「乾杯!」


ルナトゥリーナ侯爵閣下、夫人のエウジェニア様、ご嫡男のアルチェスタ子爵閣下と夫人のナディア様、そして次男で今は王都にお住いのビクトル様。侯爵家の方々がお揃いになるのはお久しぶりのことでございました。そして皆様の中心で満開の白バラのような笑顔を浮かべておられるお方こそがこの日の主役、ルナトゥリーナ家ただ1人のご息女、アンナベッラ様でございます。


アンナベッラ様11度目のお誕生日に向けて邸では、1週間前から準備を進めて参りました。

庭師は邸中を飾る花が最も美しくこの日を迎えるようにと、手入れを怠りませんでしたし、料理人たちはメニューを検討しては試作を繰り返しておりました。


お嬢様が立ち上がり、ふわりと優雅なお辞儀を披露なさいました。


「ありがとうございます。お父様、お母様。お兄様とお義姉様もありがとうございます」


皆様目じりが下がりばなしでございますね。

再びお席に着かれたお嬢様の表情は、大変晴れやかにお見受けいたします。お嬢様もこの日を待ちわびておられましたから、喜びもひとしおでございましょう。



シエルラッド王国の中でも南部の風習と聞いておりますが、貴族家のご子息、ご令嬢は幼いうちは家族から愛称で呼ばれます。それが11歳の誕生日を境に、正式な名前で呼ばれるようになるのです。


他の地域でも愛称で呼ぶことはあるでしょう。そして成人した後も親しき間柄では愛称で呼び合うこともあると聞いております。しかしここ、ルナトゥリーナ領を中心とする南部地域では、明確な線引きが行われるのです。


度々自分のことを引き合いにして恐縮ですが、私も幼い頃は家族からイリーと愛称で呼ばれていました。11歳の誕生日の祝いの席で、一斉に「イルマ」と呼ばれた時の嬉しさは今でもよく憶えています。

年が近く、よくケンカしていた弟すら、その日以降一度もイリーとは呼びませんでした。

16歳の成人と同じくらい、いえそれ以上かもしれない喜びが11歳の誕生日にはあるのです。



幸せに包まれたパーティーは、全て滞りなく終わりました。

ビクトル様の王都でのお暮しに始まり、アルチェスタ閣下とナディア様のご嫡子を心待ちにする皆さまには、私共もつい頬が緩みっぱなしでございました。



そんな素晴らしい1日が終わろうとしていた時、私はアンナベッラ様の寝支度のお手伝いを済ませて、自室へ戻ろうとしていたところだったのですが、家令より至急書斎へ向かうよう言われました。


その場には、お嬢様とナディア様を除く侯爵家の皆様が揃っておいででした。家令と奥様の侍女を始めとする上位使用人も全て集められているようでした。



「揃ったな。では勅使より届いた王命を伝える」


このような夜更けに勅使が?王都で何が起こったのでしょうか。まさか弔事が?

一瞬のうちにいくつもの疑問が浮かびました。

が、告げられた王命は弔事などではなく。


「アンナベッラが第一王子殿下の婚約者候補になった。2日後王都に向けて発つ」


おお、というどよめきと同時に「おめでとうございます」という声と拍手が巻き起こりました。私もその場で深く頭を下げて「おめでとうございます」と申し上げました。

11歳のお誕生日当日に、なんと晴れがましいことでしょう。流石は私のお仕えするお嬢様です。



「ベルターニ嬢、支度を任せる。僅かな時間しかないが、可能な限り充分な準備をしてやってくれ」


閣下直々にお言葉を賜りました。


「承知致しました」


「アンナベッラには明朝伝える。朝食前にここに呼んでくれ」


「かしこまりました」


その後皆様は退出され、書斎には閣下、ビクトル様、そして私が残りました。


「アンナベッラがこの話をどう受け取るか、私にもわからないのだ。明日できる限り時間をかけて話すつもりだが、あの子は聞き分けがよいからな。本心を打ち明けてくれるかもわからぬ。

ベルターニ嬢、どんな些細なことでも構わない。あの子が何か打ち明けてきたら教えてくれ」


「はい、必ずお伝えいたします」


閣下が私を信用して下さっていること、そして何よりお嬢様が私を信頼して下さっていると信じて下さっていることが嬉しかったのです。なので続く言葉は私にとって至極自然で当たり前のことでした。


「閣下、王都へは私もお連れ下さい」


一呼吸分の沈黙の後、穏やかな笑みを浮かべた閣下が右手を差し出されました。


「感謝する。あの子も君がいれば心強いだろう」


「もったいないお言葉をありがとうございます」


恐る恐る出した右手を力強く握って下さいました。


「領地を出たことのない娘だからな。最初は不安もあるだろうが、王家に引けを取らない教育は施してきたつもりだ。どこに出ようとも恥をかくことはないだろう」


「はい。アンナベッラの年代で、あの子ほどしっかりした令嬢は王都にもいませんよ。他の候補者が気の毒ですが、アンナベッラで決まりでしょう」


閣下とビクトル様のお顔には微塵も不安は感じられません。当然です。アンナベッラ様ほど素晴らしいご令嬢がシエルラッド王国にいるはずもないですから。



ですが、そのお嬢様がこのお話しをお喜びではないとわかった以上、私は全力を尽くしてお嬢様に協力させていただきます。悪女になりたいなどと可愛らしいことを仰るお嬢様の願いを叶えるべく、微力ではありますが頑張らなくては。


当然ではありませんか。アンナベッラ様は何事においても完全無比なお方。悪女も例外なく完璧に演じられるに違いありません。

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