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第5話

「イルマ、お願いがあるの」


朝食が済むと、私は急いでお部屋に戻りました。


私以外の皆は、昨夜のうちに知らされていたそうです。ビクトル兄様は休暇ではなく勅使としてルナトゥリーナ領へお戻りになっていたということも聞かされました。



「何なりとお申し付けくださいませ、お嬢様」


イルマは私専属の侍女。「お嬢様がどちらへ行かれましても、お供させて頂きます」と言い切ってくれた頼もしい存在です。


「黒髪のカツラを用意してもらえないかしら」


「はい?カツラ、でございますか?お嬢様がお使いに?」


さすがのイルマも驚いたかしら。ちゃんとした説明が必要ね。



「ええ、私が使うものをお願いね。私ね、魔女になろうと思うのよ」


大真面目に打ち明けたというのに、2、3度瞬きを繰り返したかと思うとイルマはプッと笑い出してしまいました。まあ!失礼ね。イルマのことは大好きだけれど、ちょっと傷ついたわ。


「申し訳ございませんお嬢様。残念ながらお嬢様は魔女にはなれないと思いますが、何故魔女になろうとお思いになったか伺っても?」


なんてこと?魔女になれないですって?そんなことはなくってよ。王都に着くまでには2週間もあるのですもの。その間にみっちりと勉強して、立派な魔女になってみせるわ。



「内緒よイルマ。私ね、王子殿下の婚約者にはなりたくないの。だから魔女になって殿下に嫌われようと思うのよ」


そう、これが私の立てた秘密の作戦。

忌み嫌われる魔女になって、殿下の方から私を退けるよう仕向けるのです。そうすればすぐにでもここに帰ってこられるはずだわ。



イルマは目を細めてニッコリと笑っています。


「お嬢様、それは魔女ではなくて悪女でございますね」


「――そうね!それよ!悪女に私はなろうと思うの。どうかしらイルマ、私は立派な悪女になれるかしら?」


滑らかに口をついて答えはしたものの、悪女と言う言葉はこの時初めて耳にしました。けれど悪くない響きだわ。魔女の上位版みたいなものかしら。だって魔女よりも強そうなのですもの。



ますます目を細めたイルマでしたが、酷くまじめな顔をして勇気づけてくれました。


「そうでございますね。お嬢様は努力家でいらっしゃいますから、きっと素敵な悪女様になることでしょう」


嬉しいわ。イルマが認めてくれたのなら、立派な悪女になれると決まったようなものです。


「ありがとうイルマ、私頑張るわ。あなたも協力してちょうだいね」


「承知致しました、お任せくださいませ」



幼い頃繰り返し読んだ絵本の中の魔女は、黒くて長い髪をしていました。

うーん、魔女ではなくて悪女になるのだったわね。


残念なことに私には悪女がどんな姿をしているのかわかりませんでした。だって見たことも読んだこともないのですもの。でもきっと魔女のような姿をすればいいに違いないわ。


「それでね、悪女らしく見えるようにこれからは黒い髪で過ごすことにしたの」


「外見は非常に大切ですものね。お嬢様の月の光を集めたような美しい髪を隠してしまうのはとても残念でございますが、悪女に変身するのだと思うとなんだか楽しく思えて参りました」


悪女に変身ですって?イルマったらワクワクするようなことを言うのね。


「お願いできるかしら?急いで用意しなければならないから、素敵なものが見つかるか不安だわ。でも素敵じゃなくても構わないわ。黒髪であることが重要なのであって、素敵であるかどうかは後回しでいいことなのですもの」


そんな私の心配をよそにイルマは自信たっぷりに言い切りました。


「お嬢様、ここはルナトゥリーナ領でございますよ。ルナトゥリーナで見つからないものは、シエルラッド王国を隅々まで探したところで見つかりっこありません。必ず上等で素敵なカツラをご用意致します」


「ありがとうイルマ、期待しているわ」


黒髪のカツラさえ身に付ければ、私も悪女に見えるでしょう。



いえダメだわ。黒髪だけでは不十分よ。


「イルマ、ちょっと来てちょうだいな」


イルマの手を引き急いでクローゼットへ向かいます。中に入り皺ひとつなく整えられているドレスを眺めてため息がこぼれました。


「ないわ。悪女のドレスが1枚もないわ」


魔女もとい悪女は艶めかしいドレスを着なければなりません。なのにここにあるのは白やピンク、空色の可愛らしいドレスばかり。

どれも全てお気に入りのドレスなのに、急に色褪せて見えてきました。



「マダムエランに仕立てて頂きましょう、お嬢様」


「でも間に合わないわ、明日には出発しなくてはならないのですもの」


ぺしゃんこになりかけている私とは裏腹に、今度もイルマは自信ありげです。


「ご安心くださいませ。必要なドレス全てを仕立てて頂くのは難しいですが、1着ならば必ず間に合います。閣下よりお嬢様のお支度は充分に整えるよう言い使っております。今からマダムのブティックへ参りましょう」


まあ!お父様が!後でお礼をお伝えに行かなければ。けれど準備を済ませるのが先ね。

イルマが言い切るのだから、きっとドレスは間に合うのだわ。それならば少しでも早く行くのが正解ね。


「わかったわ。行きましょうイルマ」



私たちが外出することが最初からわかっていたかのように、既に馬車の準備は整っていました。

イルマが行き先を御者に告げています。すると邸の中からこちらへ向かってくる影が。


「護衛させて頂きましょう、アンナベッラお嬢様」


胸に手を当てて大袈裟に腰を折ってみせたのは、ビクトル兄様。目が合うと片目を瞑って照れ笑いを浮かべておられます。


「話し相手になってやれって、父上がさ」


「まあ!王都でご活躍の騎士様に護衛いただけるとは光栄でございますわ。ふふ、ありがとうございますビクトル兄様。よろしくお願いしますね」


そうして兄様、イルマと馬車に乗り込みブティックへと向かいました。



◇◇◇


「まあまあ!お嬢様!わざわざお越しいただかなくても、お呼び下されば飛んで参りましたのに」


ブティックに着くと、驚いたマダムエランが奥から転げるように飛び出してきました。


「とても急いでいたものだから来てしまったの。ドレスをお願いできるかしら」


「もちろんでございます。今回はどのようなドレスをお仕立て致しましょう?」


ここではイルマがテキパキと説明してくれたので助かりました。イルマがマダムと話している間に私は、頭の先からつま先まで寸法を測られていきます。


全ての寸法が測り終わった頃、マダムが1冊のスケッチブックと1本の布を抱えてきました。


「お話しは伺いました。お嬢様、このようなドレスはいかがでしょうか」


覗き込んだスケッチブックの中には、今まで私が着ていたドレスとは全く違う、大人びたドレスのデザインが描かれていました。胸元を飾るリボンやフリルはなく、代わりに美しいドレープが寄せられていて、お母様がお召しになっているドレスのよう。気品に溢れていて素敵だわ。


「とても素敵、私に似合うかしら」


「大変お似合いになるでしょう。この生地でお仕立てしてはいかがですか?」


目の前に広げられたのはしっかりとした厚みのある、光沢の美しいタフタ。夜を切り取ったかのような紫が私のイメージしていた悪女そのものです。


「何もかもが素晴らしいわ」


「では早速こちらでお仕立てを――」



「なんだなんだ、アンナベッラらしくないな。もっと可愛らしい色にしてはどうだ?」


せっかくスムーズに話が進んでいたと言いますのに、兄様ったら。

ちょっとムッとしてしまったけれど、兄様にはまだ悪女になる話をしていないのだったわ。


「ビクトル兄様、私もう11歳になったのです。このドレスを着て王都へ行きたいわ」


私の頭をくしゃっと撫で、しばらくじっと見降ろしていた兄様でしたが、ようやく頷いてくれました。


「王都だからと背伸びすることはないんだぞ。でもお前が気に入ったならそれでいいや」



「では早速お仕立てに取り掛かります。明朝1番でお届けに参りますね」


「ええ、お待ちしているわ」



残念ながら揃いの靴の仕立ては間に合いませんので、サイズの合う靴をいくつか見せてもらうことにしました。「既製の品をお嬢様にお見せするのは心苦しいのでございますが」とマダムは何度も恐縮するけれど、これだって全部手作業で作られている素敵なお品なのですもの、充分美しいわ。


けれど、私が履けるようなサイズのものはやはりどれもが可愛らしいのです。悪女は足元も完璧でなくてはいけませんのに。困ったわ。



その時ふと端に置いてある靴に目が留まりました。


「これよ!これこそが相応しいわ」


それは飾り気のない黒い靴でしたが、魔女も黒いブーツを履いていたわ。ええ、これにしましょう。

けれどマダムだけではなく、イルマも兄様も困惑の表情を浮かべています。


いち早く笑顔を取り戻したのはマダムでした。


「お嬢様、こちらの靴をお気に召して頂きありがとうございます。ドレスに合うよう少し装飾を加えたいと思いますが、よろしいでしょうか」


「まあ!嬉しいわ。それも明日までに間に合うかしら」


「ええ、とびきり華やかに仕上げてお届けいたします。楽しみにお待ちくださいませ」


これでドレスと靴が揃いました。あとは私が素敵な悪女になるだけね。ますますやる気が満ちてきたわ。


「無理を言ってごめんなさいね。王都で珍しいものを見つけたらマダムにもお土産を持ってくるわ」


「とんでもございません。私どものドレスを王都でお召し頂けることこそが過分の褒美でございます」



その後何軒かのお店に寄り、私たちは邸へと戻ってきました。



「ビクトル兄様、ブローチをありがとうございました。あのドレスにピッタリね」


「どういたしまして。ところで邸に帰ったら話してくれる約束だろう?昼飯でも食べながら聞かせてくれないか?」


「ええ、是非聞いてくださいな。私も兄様に教えていただきたいことがあるのです」


兄様は王宮にお務めですから、きっと第一王子殿下にお目にかかったこともあるでしょう。どんな方なのかおしえていただこうと思うわ。

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