表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3話

にこやかな国王と王妃の横に座るものがもう1人。こちらもアンナベッラに負けず劣らず、ただ静かにその場に在る様は石像のようだった。


「ルフィーノ、アンナベッラに庭園を案内してあげてはいかがかしら」


気を利かせたらしい王妃が石像に話しかける。


石像もとい王子はにこりともせず、首だけを声のする方へ向け口を開いた。


「シモンに」


シモンとはルフィーノの従者だ。

その短い言葉の中には、王族である俺が何故臣下の令嬢ごときを案内してやらなくてはならないのだ、という憤りのようなものが感じられた。無論本心は本人にしかわからない。しかしアンナベッラの目にはそう映ったのだ。



「レティーツィアはお前に命じたのだルフィーノ」


穏やかだが反論を許さない王のその言葉に、王子は渋々頷く。


「かしこまりました」


言うと同時に立ち上がり、すたすたとアンナベッラに向かい進んできた。

が、一瞥すら投げることなく、彼女の横を素通りして去っていく。


これにはルナトゥリーナ侯爵も面食らったようだ。どうしたものかと去っていく王子の背中と娘の横顔を交互に見る。娘の方はというと、こちらはこちらで王子など初めから存在していなかったとでも言うかの如く、変わらぬ笑みを湛えたまま正面を見据えていた。



「ルフィーノ」


決して怒鳴りつけてはいないのに、ピリリと空気が震えた気がした。その声がアンナベッラの頭上を飛び越えていく。



「お前はこの父に恥をかかせたいようだな」


ピタリと立ち止まった王子は、よく見ると握った拳を小さく震わせている。それからのろのろと振り返り、アンナベッラの元まで近寄ると不躾に手を差し出した。


「――来い」



アンナベッラはアンナベッラで、心の中では大層憤慨していた。


(何て失礼な男なの?王子ってだけで、誰もがあなたに夢中になると思ったら大間違いよ。そんなに私のことが気に入らないのなら、この場で今すぐに言ってちょうだいな。あなたのお父上様に向かってはっきりと!)


しかしこの場では彼女の方が大人だった。4つも歳下なのに、である。

目も合わせずぶっきらぼうに突き出された手に、恭しく自分の手を重ねた。


「光栄でございます王子殿下。ご一緒させていただきますわ」



「アンナベッラ、ルフィーノは少し前から変声期なの。あまり話したがらないけれど決して悪気があるわけではないのよ」


王妃がすまなそうに眉尻を下げる。この日初めて感情が見えた瞬間だった。



(王妃様はああ仰るけれど、充分悪意があると思うわ。王子殿下は私など気に掛ける価値もないとお思いなのよ。そしてそれは大変ありがたいことだわ。後は一言「この者は気に入りません」そう言って下さればいいのよ。傷ついてなどいなくてよ。当然じゃない、私は殿下の婚約者になどなりたくないのですもの。)



11歳と言えど、マナーの勉強はとうに終えているアンナベッラである。荒れ狂う胸の内など微塵も感じさせず、笑みを湛えたままルフィーノに付き従って歩く姿に、左右に並ぶ騎士たちは一様に安堵のため息を漏らした。



「殿下、どちらへおいででしょう」


謁見の間を出て少し歩いた先で、若い男が待っていた。


「庭園だ」


「ルナトゥリーナ様をご案内するのでございますね」


自分の名前が出たので、アンナベッラは微笑みを浮かべて会釈をした。相手も朗らかな笑みを返す。


「ようこそルナトゥリーナ様、ご到着を心よりお待ちしておりました。

第一王子殿下の従者を務めております、シモン=カレスティアでございます」


「初めまして。アンナベッラ=ルナトゥリーナと申します」


(シモン=カレスティア様、シモン様と言うとカレスティア辺境伯家の次男ね。お父様は既にお亡くなりでお兄様が爵位をお継ぎになったのだったわ。そう――カレスティア家の方が殿下の従者なのね。少しだけ意外に感じたけれど、シモン様は次男ですもの。王都で従者をなさっているのも納得だわ。)


繰り返しになるが、ルナトゥリーナ家の教育は大変厳しい。ルナトゥリーナ家の料理人がアンナベッラのために特別に焼く分厚いパンケーキよりも、さらに厚いシエルラッド王国の貴族名簿を、彼女がすっかり暗記し終えたのは9歳の時のことだった。


第一王子殿下の従者の件はさほど有益な情報ではなかったが、アンナベッラはそれを正しく記憶した。敵の情報はひとつでも多く手に入れた方がよい。いつどんな場面で役に立つかわからないのだから。



「おっと、足を止めてしまいましたね。失礼致しました」


やや大げさに頭を下げたシモンの横を2人は無言で通り過ぎた。1人は笑顔で。もう1人は石像のように表情を変えることなく。



「庭園の東屋にお茶の用意をお願い致しますね」


近くにいた侍女に伝えると、シモンはゆっくりと主の後を追った。



シモンが庭園の入り口に到着した時、既に主と令嬢の姿はなかった。王宮内であることに加え、周辺には1小隊の護衛が潜んでいる。これ以上シモンが追う必要はない。そのまま東屋へ向かい、侍女らと共に茶の準備を進めながら主の帰りを待った。




半時間ほど過ぎただろうか。

主と令嬢が再びシモンの前に姿を現した。


短い時間ではあるが、婚約者候補の令嬢と2人きりの時間を過ごしたというのに、2人の間を漂うあの重たい空気はなんだ?


今まさに休戦協定を破棄せんとする敵国同士のような雰囲気に、シモンは頭を抱えることとなった。


(ルナトゥリーナのご令嬢でもダメでしたか。)




◇◇◇


これが4年前、第一王子殿下と私の出会いの一部始終です。

この日、東屋でのお茶会は人生で一番最悪なお茶会だったわ。


お茶会で最も大切なものが何かご存知かしら。香りのよいお茶?美しく彩られたスイーツ?いいえ、それらは最低限用意されるべきもの、用意するのが大前提なものなの。「読書には本が必要だ」なんて言ってのけるようなものよ。


最も大切で欠かせないもの、それは会話。

社交界のゴシップであれ、社会情勢であれ、ウイットに富んだ会話を提供できる方は大変に貴重な存在で、どなたが開くお茶会でも歓迎されるものだわ。それがあの日のお茶会には全くなかった。全くよ。


事前にビクトル兄様から第一王子殿下についてお聞きしていなかったら、困ったことになっていたでしょうけれど、しっかりと聞いておいてよかったわ。殿下が無口なことはお会いする前からわかっていたの。だからしっかりと対策も立てていったのよ。相手は王族、無礼にならないようにだけは気を付けなくてはならないもの。


どんな対策だったかって?それはとても簡単なこと。殿下がお話しにならないから、私もひと言だって話してはやらなかったの。だって高貴な方がお話しにならないのですもの。臣下である私が勝手に話すわけには参りませんわよね。



カレスティア卿がその場をなんとか取り持とうと、ご苦労なさっていたのは気がついていたけれど、殿下ご自身にその意思がないのですもの。そして私も、ね。気の毒だけれど、その努力が実ることはないとわかっていたわ。


でも私は悪女だから、間が持たなくてお茶を何杯も飲んだりなんてことはしなかったわ。悪女は気まずいなんて態度は決して見せないものなの。



3.悪女は孤独を味方につける


これは孤立するという意味ではないのよ。なんと説明すればよいかしら。1人の時こそ優雅に、その時間を楽しむのが美しい悪女の姿よ。


えっ?1人ではなかっただろうですって?嫌ね、あなたは石像を人の数に数えることがあって?動かず話さない方などいないのと同じではないかしら。だから私は1人の時間を楽しむ悪女を演じていたのよ。


そう、このころの私は悪女としてまだまだ未熟だったから、石像の向かいで飲むお茶は楽しくなかったし、早く帰りたいとも思ってしまったの。けれどそれを悟らせないようには努力したつもりよ。




その殿下が一体何故あれほど激変したのか。その答えを見つけるためにも4年前に遡って、順にお話しした方がよいかしら。そうね、では私がルナトゥリーナ領を発った頃の話から始めるわね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ