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第28話

モニカらの出立の朝、まだ城の中も静まり返っていたその時間に、カシークへの同行騎士の1人が俺を訪ねてきた。ビクトルだ。

部屋の中へ招き入れると、懐から小さな箱を取り出した。アンナベッラから預かってきたものだと言う。

さてはビクトルが余計なことをしたな?と苦笑を堪えてそれを受け取った。


中には美しい組紐が入っていた。聞けば彼女の手作りと言う。

驚いたよ、まさか俺に用意してくれるとは思ってすらいなかったからな。しかもアンナベッラは俺が戦地へ赴くことを知らない。何故贈り物にこれを選んだのか――やはりビクトルが1枚噛んでることは間違いないだろう。


カードも添えられていた。そこには短く「無事名代を務めて参ります」とだけ書かれていた。嬉しかった。そこに感情がなくとも俺に宛てられた文字だったからな。


その後ビクトルと2言3言交わした。聞けてよかった。アンナベッラがこれを直接渡しに来ず、兄に託したことも有難かった。これで何ひとつ憂うことなく向かうことができる。



妹の門出を見届けた俺は、最終的な準備に取り掛かった。

幾度も重ねた偽の軍議で偽の情報も掴ませ済みだ。


既に第一陣の大半は王都を出てルナトゥリーナ近くで陣を張っている。

今回の戦いで、俺は総司令官に任ぜられた。あとは俺がエリシヴィンの駒らを連れて王都を発つのみ。


ルナトゥリーナ侯爵夫妻も俺たちが発つ翌日には王都を離れる。

今回の戦いでルナトゥリーナ領は要となる位置付けだ。物資補給の中継ぎ、王都と前線の俺たちとを繋ぐ中継ぎ。それがアンナベッラの父に託された。


約10日の野営を経て、ようやく第一陣のやつらと合流を果たした。

今頃カシークではさぞかし煌びやかな祝宴が繰り広げられていることだろう。妹の幸せを願い、そして愛しいアンナベッラのために、俺たちはカレスティアへ向けて出発した。


カレスティア領に入っても景色は変わらない。この辺りはまだ平和そのものだ。


俺たちの最初の目的はカレスティア辺境伯邸の奪還だった。

そう、既に辺境伯邸はエリシヴィンの手に墜ちたものと想定して策を講じた。


だが、偽シモンは俺たちが何の疑いもなく辺境伯邸へ向かうと思っているだろう。そう信じるよう仕向けたからな。



側近らと幾度となく打ち合わせをした場所が近づいてくる。辺境伯邸まで間近に迫ったその場所こそが俺たちが最初に陣を敷くことになる地だ。


「確認してこい」


左右にいた側近の護衛2人が強く頷くと速度を上げた。俺の前を行く専任護衛と称したエリシヴィンの手先もそれに連なる。


あいつの始末は2人に任せてある。2人の腕ならば問題なくやり遂げるだろう。


合図を送り、俺たちは一旦その場で立ち止まった。

束の間馬を休ませ、兵士らにも足を休ませるよう指示を飛ばす。幾人かの騎士が静かに列を離れていった。


偽シモンが水筒を片手に近寄ってきた。あいつには馬を与えていない。他の従者共と荷馬車で移動している。今はそれぞれが自分の主の元へと忙しくしているだろう。いい頃合いだ。


「殿下、水をお持ち致しました」


今日も変わらず不愉快な笑みを浮かべて俺の元へ近づいてくる。ああ実際お前は今、腹の中では笑いが止まらないんだろうな。間もなく俺たちは敵の待ち構えるど真ん中に進軍していくのだろうからさ。


差し出された水筒を受け取らず、俺の視線は前方へと固定されていた。そう待つことはない。あと数分のうちに――



「おや?」


俺に倣って前方を見ていたのであろう偽シモンが先に声を上げた。あれはお前の仲間が死んだ合図だ。

任務が完了した狼煙が上がった。その煙はカレスティナの邸からも見えていることだろう。この策は全てアンナベッラの兄・ビクトルが練り、必要各所に共有した。やつはただ一度の訪問でそこまでやってのけたのだ。今、ビクトルはこちらへ合流するべく進軍の最中だろう。ここは任せろ、全てお前の策通りに完遂してみせるさ。


背後でいくつかの鋭い剣戟が聞こえる。次に俺がするのはこいつの始末だ。


武装していない男を斬り捨てはしない。いくら敵国のスパイとてそれは騎士道に反する。全ての従者に帯剣の許可は出してある。戦地へ赴くのだからな。従者と言うだけで安全な場所でのんびり立ってさえいればよい、などと考えているやつはいないだろう。どの従者の腰にも剣がぶら下がっている。


[抜けよ、エリシヴィンの鼠]


偽シモンは瞬時に顔色を変えた。水筒を落とし、右手が柄にかかる。

俺は剣を抜き、躊躇うことなく己の従者の胸を貫いた。

最後にかけてやった言葉はエリシヴィン語だ。何故この場で俺に命を刈り取られたのか理解の上で死ぬべきだろうからな。


従者としては悪くなかった。及第点は与えてやる。お前が名も知らぬエリシヴィンの人間ではなく、シエルラッドの人間だったならばの話だが。



背後から見事任務を遂行した騎士らの咆哮が聞こえる。兵の中に紛れ込んでいたエリシヴィンどもを一掃したのだ。



「膿は出し切った。この先シエルラッドは一丸となりエリシヴィンを討つ」


個々の雄叫びがうねるように広がっていく。士気は最高潮に達していた。



ルナトゥリーナへ向かって伝令が走っていく。前線に本隊合流、並びに初手の成功報告だ。

この報告が王都に届き次第、王宮に留まる残党は処されることだろう。女ひとりとて例外はない。


俺の従者の死――伝わるべき人間にのみ正しく伝わるその内容。


その報告を聞いたアンナベッラはどう思うのか。

少しは俺の身を案じてくれるだろうか、などと柄にもないことを考えてみたりする。彼女にはまだ伝えていないからな、常に俺たちの背後にいたやつの正体を。



すぐに戻る。

そうしたら聞いてほしい。何もかも隠さず全て話すよ。そしてまた見せてくれないか、遠い昔に見せてくれた笑顔を。

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