第27話
話は前後するが、偽シモンが俺の元へ来たあたりから、何人かの令嬢と顔を合わせる機会が設けられだした。
俺には既に心に決めたひとがいる。だがそれをまだ公にするわけにはいかない。
どの相手が連れてこられようとも、立場を最大限利用して尊大に振舞った。それでアンナベッラを守っているつもりだった。どの令嬢らも例外なく俺から1秒でも早く逃げたかっただろうからな。
そうして王都内では見つからないと焦りだしたもの共が、ルナトゥリーナ家の娘の存在に気がつくまでそう時間はかからなかった。
彼女の兄を俺の護衛に抜擢したのも当然下心があってのことだ。俺はビクトルを早く手駒にしたかった。手駒というと聞こえが悪いだろうか。要は絶対的信頼のおける側近を1人でも多く集める必要があったのだ。
ビクトルに国王の勅命を渡して、俺はアンナベッラが王都へ来るのを待った。
再会の時。
大きく開かれた扉からやや俯いて進んでくる彼女を見た時は、思わず声が出そうになった。
なんなんだ?あの野暮ったい化粧は。加えててんで似合っていないドレス。あの美しい髪をなぜ染めた?
一体ルナトゥリーナは彼女にどんな侍女を付けているんだ。彼女があんなものを好むはずがない。
すぐさま駆け寄って問い詰めたい気持ちを押し込み、俺は今までの令嬢たちにしてきたのと同じ態度を取り続けた。彼女が俺に気がつくことはないだろう。俺の見た目は大きく変わったからな。
皮肉なものだ。彼女の見た目もそこそこ変わってはいたのだから。
俺の側には常に偽シモンがいる。だから俺がアンナベッラを想う気持ちは決して悟られてはいけない。彼女が俺を好ましく思っていないことは初日から気がついていた。いいんだ、計画通りさ。
あれは王都で再会して2ヵ月が過ぎた頃だったな。
「ルナトゥリーナ領へ戻りたい」
常日頃押し殺していた感情が、その言葉によって反射的に飛び出してしまった。
「駄目だ」気がついた時には口をついて出てしまっていた。
ごく一部、片手で足りるほどの人間しかまだ知らされていないが、カレスティア辺境伯領がどうやらきな臭い。アンナベッラの暮らしていたルナトゥリーナは、そのカレスティアのすぐ隣だ。
危険なんだ、心配だ、俺の側にいろ、王都の方がまだ安全だ。
かけてやりたい言葉を全て飲みこみ、俺は沈黙を貫いた。
全ては彼女を守るため。
いつかこの忌々しい偽物を排除するまで、俺は精一杯憎まれ役に徹してやる。
ああ、そうだ。
アンナベッラと入れ違うように、弟がカシークを正式に訪問したことがあったな。
まああれほど長期になるとは俺も予想していなかったが、出発前に2人を会わせたくなかったのは事実だ。あいつと俺はよく似ていたんだ。今でも顔の作りそのものは似てるだろうよ。実の兄弟だしそれは無理もないことだ。
だが問題なのは、俺の見てくれが昔とは大きく変わったということだ。方やダミアンは全く変わっていない。昔の俺に似すぎているのさ。アンナベッラに余計な混乱を与えたくなかった。
しかも昔の俺は、自分のことをルドと名乗った。当時使っていた偽名だ。それを弟のあだ名にしたのも俺。なんてことを言ったんだと後悔した頃には俺の髪は既に赤く燃え上がっていた。
済まなかったなアンナベッラ。初めて彼女が弟を見た瞬間の表情を俺は忘れることはないだろう。
亡霊に会ったような顔をしていたよ。さぞ驚いただろう。ダミアンは当時の俺がそのままデカくなったようなナリをしているものな。
ダミアンの帰国後、俺は王太子になった。この髪を持った日にそれは既に決定していたことだが、その事実を知るものは王家に連なる一部の人間だけだ。
その頃から俺は、意図的に城下へ出るようになった。偽シモンの同行は1度として認めなかった。初回に強く拒絶すれば2度は希望しない。ここでも無口な俺像が助けになった。
尤もやつが簡単に引き下がったのには理由がある。俺の5人の直属護衛のうちの1人が偽シモンの仲間、つまりはエリシヴィンの人間だからだ。
そいつも俺が護衛に抜擢した。信用ならないやつほど側に置いて監視するのに都合がいい。
俺は毎回城下の上っ面だけを軽く見て回ると、4人の護衛のうちの誰かのタウンハウスへと向かった。ああ、5人目がスパイだよ。そいつは自称カレスティア出身で王都にタウンハウスを持たない下位貴族って設定だったからな。
適当な客間に案内させると、すぐさま狸寝入りだ。「夕方までに戻れ」と言い放ち。
最初のうちは誰1人邸を出て行かなかったが、何度か繰り返すと護衛のやつらにも少しずつ隙が出始めた。邸を提供している護衛以外の者らが俺の指示した通り、邸を出て時間を潰すようになった。
そこで1人ずつ着実に味方を作っていった。1人話がつけば次からは簡単だった。そいつがスパイを連れ出すからな。表向きは任務中の時間だから酒場にとはいかなかっただろうが、暇をつぶすための場所なら王都のそこかしこにあるだろう。
そうして4人の護衛全てに俺の意図を伝えた。
もう1人重要な人物がいたな。付け加える。5人の信頼のおける側近ができた。
5人目はアンナベッラの兄ビクトルだ。表向きはモニカ付ということになっているが、ビクトルにはアンナベッラの専任護衛として動いてもらっていた。最初は意味も分からなかっただろうさ。全て説明してやれたのは随分と後のことだったからな。
いよいよエリシヴィンが国境を越えるという気配が濃厚になり、俺はビクトルをカレスティアに送った。所謂ところの密命というやつだ。詳細を語って聞かせることはしなかった。ビクトルはルナトゥリーナの人間。あいつ相手に10を語るのは野暮のすることだ。
エリシヴィンに疑いを持つようになったのは、カレスティアからの報告が全く信用の出来る内容ではなくなったからだ。のらりくらりと躱すような文面ばかりが送られてくる。なものだから、こちらからも核心を突くような内容の書簡は送れずにいた。
「カレスティアを探ってきてくれ」
この言葉だけを携えビクトルは発った。
ビクトルは期待以上のものを持ち帰った。あいつが敵ではなくてホッとする。つくづくルナトゥリーナというやつは恐ろしい。
結論から話そう。
辺境伯は存命だ。しかしシモンの生死は辺境伯も把握できていないとのことだった。やはり行方知らず、か。
カレスティア邸には既に何人ものエリシヴィンが入り込んでいて、恐らくは半数を超えているだろうとも。辺境伯も常に監視下にあるようだとビクトルは語った。
もう猶予はない。
こちらから小石ひとつでも転がせば、エリシヴィンはすぐにでも噛みついてくるだろう。
最悪のタイミングだった。妹の輿入れが目前に迫っているのだ。
父と俺はダミアンにだけは真実を告げることにした。
弟にならばアンナベッラを任せられる。何より彼女も弟のことを信頼している。妹にはいずれ弁解させてもらうさ。全てが解決した後に。
俺は手紙を書いた。
婚約者に宛てた初めての手紙だ。どう切り出そうかと、何から書こうかと何度も悩んで手が止まった。
最後の別れにするつもりはない。
だが、俺のことを正直に告げようと思った。なに、次の誕生日には駆けつけるさ。彼女と交わした唯一の約束だからな。だから何も心配せずルナトゥリーナで待っていてほしいと。
書きながら苦笑が漏れたよ。今のアンナベッラは間違いなく俺のことを憎んでいるからな。
俺のことをおいそれとは信じられないだろう。遠い昔の約束などとうに忘れている可能性すらある。
最後にこう書いた。
あの楢の木の下で待っていてほしい。16歳の誕生日に迎えに行くからと。
手紙を書き終えるのを待っていたかのように、セニムが近づいた。
「エリシヴィンが挙兵したとのこと。開戦です」




