第26話
今から10~12年前、俺が10歳前後の頃の話だ。
当時の俺は、将来自分と関わるであろう人物の元を片っ端から訪れていた。身分を隠し偶然を装って。
その過程で出会った1人がアンナベッラだった。
最初から生涯の伴侶と思って近づいたわけではない。年齢から判断して、今後何らかの接点はあるだろうと言う程度で選択した1人にすぎなかった。
とても名残惜しかった。忘れがたい1日だった。このまま王都へ連れ帰りたいとすら思ったが、再会を約束し次なる目的地へと向かった。
ルナトゥリーナの港から向かった先はカレスティア辺境伯領だ。
その地で俺は、カレスティア家の嫡男と次男に会った。現在のカレスティア辺境伯とシモンだ。2人はさほど似ている兄弟ではなかったものの、ある共通点があった。
その後巡った各地の話は省略しよう。
それから5年が過ぎ、新しい従者を迎えることになった。何人かの候補が上がり、最終的に2人の中から選ぶことになった。うち1人がシモンだった。
かつて会ったシモンは裏表がなく気さくな男だった。下位貴族を装って近づいた俺をぞんざいに扱うこともなく、また己の暮らす地についての知識も豊富だった。もう1人のやつは――会った気がするが記憶にないな。
というわけで、俺はシモンを迎えることにした。
カレスティアへ連絡を送り、やつが王都に着くまで約ひと月。
「第一王子殿下に初めてお目にかかります。シモン=カレスティアでございます。お取立て感謝申し上げます」
俺の記憶がないのは想定通り。しかし何かが引っかかる。
「シモン、これからよろしく頼む。今日のところは荷物の整理でもするといい」
「ご配慮感謝申し上げます」
やつは丁寧に頭を下げ、専用にあてがわれた部屋へ戻っていった。
「なあ、あいつどう思う?」
俺の問いかけに、陰から1人の男が姿を現す。既に10年近く俺の側にいるセニムだ。例の旅に同行した従者兼護衛で、俺が心を許す数少ない人物だ。
「カレスティアでお見かけした時と幾分雰囲気が変わりましたね」
幾分、か。俺には別人に見えるがな。
「明日あいつと昼飯を食うことにする」
「かしこまりました。滞りなくご準備致しましょう」
~翌日。
「光栄です王子殿下。ご一緒させていただきます」
「ああ、遠慮なく座れ」
運ばれてきたのは鶏肉の料理だ。焼いた肉にソースがかかっているだけのごくありふれたものだ。
俺は無言でそれを切り分け口へ運ぶ。男も旨そうにそれを食った。
間違いない、こいつは偽物だ。
カレスティア兄弟はピーナッツが食えない。2人から直接聞いたのだからそれは間違いのない事実だ。
だが今、俺の目の前でシモンを名乗る男は、ピーナッツソースがたっぷりとかかった肉を旨そうに食っている。
こいつは誰だ?
見た目はなるほどシモンと似ている。俺が会ったのは5年前の一度きりだが、あれから成長すればこんな感じになっただろうという許容範囲だ。
いつ、どこで入れ替わった?何のために?
カレスティア辺境伯がシモンの代理を用意したとは考えにくい。そうする意味がないからな。
となると、こいつの意思で入れ替わったということになるが、問題はどこで入れ替わったかということだ。道中でシモンを手にかけたとも考えられる。少なくともシモン本人は自由を奪われた状況にある可能性が極めて高い。
そして何のために。
有り体に言って間者だろう。エリシヴィンか。
目的は単なるスパイか、それとも俺、若しくは国王の暗殺。
どうする?今ここでこいつを始末するのは簡単だ。しかし、そうなると新たな間者が送り込まれることだろう。既に仲間がこの王宮内にいる可能性もある。
迷う必要はなかった。側にいろ。だが監視されるのはお前の方だ。
カレスティアは遠い。シモンの安否は気にかかるものの、おいそれと人を送るわけにもいかない。俺は自称カレスティア家次男の男がボロを出す機会を待った。
この頃からだろうさ、俺が無口な変人呼ばわりされるようになったのは。自らそう仕向けたのだから当然自覚もあった。
口数の少ない人間の発する言葉は重い。
俺はそれを利用した。
何せ自分から指名した従者だというのに、1日一言も会話を交わすことがない日も珍しくなかったからな。
こいつが俺の元へ来て3月が過ぎた頃だったか。徐に尋ねてみた。
「報告はしているのか」
偽シモンは穏やかな善人の仮面を被ったまま「はて?」とでもいうように首を傾げる。
「お前の兄にだ。ここに無事辿り着いたことすら報告していないとは言わせんぞ」
やつは大袈裟に慌ててみせた。全てが芝居じみた男だ。
「王宮に慣れるのに必死で失念しておりました」
「ふん」それ以上話す必要はなかった。今俺はこいつに、手紙を自由に送る権利を与えたのだ。
「確かに気を揉んでいることでしょう。カレスティア領から王都までは長い道のりですから――」
ここぞとばかりに話し出す。だがそれに相手をしてやる必要はない。俺はそういう変人だからな。
やつの出した手紙は全て調べさせた。しかし怪しげな内容は一切なかった。遠方で暮らす兄へ宛てたごくありふれた近況報告の類だ。王宮内のことを記すわけでもなかった。当然やつの元へ届く手紙も全て事前に目を通した。こちらにも不審な点は見つからなかった。最初のうちはな。
いつ頃からだったか。何通か目を通していてようやく妙だと感じる程度の変化が見え始めた。やつの送る手紙ではない。カレスティアからの返信の方さ。
辺境伯は、王都で暮らす弟の身を案じることをしなくなった。労いの類の言葉も消えていた。手紙には感情のないただの近況報告のみが記されるようになっていた。それもこれも当たり障りのない内容ばかりだ。事務官が事務官宛に送るような文面と言ったらわかるだろうか。
向こうでも何か異変があったに違いない。
温度の感じられない手紙が何通か届き、ようやく偽シモンの手紙にも変化が現れた。
何やら奇妙な紋章のようなものが押された便箋を使用するようになったのだ。どうやらその紋章らしきものに暗号が仕込まれているようなのだが、正直に言おう。解読には至らなかった。
手紙はそのまま届けさせた。下手に細工を施したり押収するよりも、偽シモンが順調に活動していると信じさせる方が有益だと判断したからだ。いずれはその手紙が命取りになるだろうことを見込んで。
さて、早急にカレスティアの状況を正しく知る必要ができた。
俺は考えうる最悪のシナリオをいくつも考えてみた。
シモンの死体が見つかったか?若しくは生存が確認された、か。
いや生死が判明したならば、俺宛に報告が来るだろう。シモンは未だ行方不明の可能性が高い。
となると、カレスティア辺境伯がエリシヴィンの手に墜ちたか。




