第24話
16歳。
成人を迎えたその日を、私は念願だったはずのルナトゥリーナで迎えた。
願いが叶ったというのに、ちっとも嬉しくはなかったわ。もちろんそんな不満を誰かに話したりなんてしていないけれど。だって今はそんなことを言えるようなときではないですもの。
戦時中ということもあって、家族だけでささやかなお祝いをしていただいたの。そのことはとても感謝したし、嬉しかったわ。お父様もお母様も、そしてウィルフレド兄様たちも祝ってくれたから。けれどビクトル兄様もいたらどれだけよかったでしょう。
そしてね、あっという間に17歳の誕生日まで過ぎてしまったの。
遅刻よ。大遅刻。
私はもう17歳になったわよ。迎えに来てくれるのではなかったの?約束から1年も過ぎたのよ。
短期で決着がつくものと思われていたエリシヴィンとの戦争は、気がつけば2年を過ぎようとしていた。
戦争開始早々のカレスティア卿の死には少なからず衝撃を受けたわ。だって王太子殿下の従者なのよ。殿下の目前まで敵兵が現れたということじゃない。総司令官なのよ?そんなに深くまで敵が入り込むのを許してしまったの?
前線で戦っているだろうビクトル兄様のこともとても心配なの。傷を負ってはいないかしら。食事は摂れていて?
ルナトゥリーナは総指揮官からの指示に従って、主に港に兵を集め警戒に当たっている。
幸いにも今まで港にエリシヴィンの船が近づいたことはないらしくて。よかったわ。万にひとつでも上陸を許してしまったら、ビクトル兄様たちが挟み撃ちになってしまいかねないもの。
今回の戦争の本陣となっているカレスティアへは、ルナトゥリーナからも何度か物資を送っているわ。主に食糧ね。皆さんが充分に食べられているといいのだけれど。今カレスティア領はどんな状態なのかしら。領地内に敵兵が攻め込んで来ている?詳しい状況はなかなか入ってこないの。伝令を送る余裕もないのかと思うと不安になるから、便りのないのはいい知らせと日々言い聞かせてはいるわ。
勝利を信じ、王都でその報告を待ち続けているダミアン様、カシークでお過ごしのモニカ様とは時々手紙のやり取りをさせていただいているの。それも段々と書くことがなくなってしまったわ。だって何も変わらない日々なのですもの。以前はこの穏やかさが心地よかったのではなくて?大好きなルナトゥリーナでしょう?ここは以前と何も変わらなくて、ひとつ隣の領地で戦争が繰り広げられているだなんて忘れてしまいそうにすらなるのよ。
けれど何度自問してみても、なぜか今は色あせて見えるの。仕方ないわよね、ルナトゥリーナは変わらないけれど、シエルラッドは今戦争中なのですもの。
ルナトゥリーナへ戻ってからというもの私は、1日の半分以上を湖で過ごしている。それは照り付ける夏の日も、凍てつく冬の日も。
日傘は欠かしていないわ。だって真っ黒に日焼けしてしまったら、私だと気がついてもらえないかもしれないでしょう?
今日も天気がよかったから、私はいつもの場所で湖を眺めていた。あまりにも私が通うからかしら。最近ではここに人が来ることもなくなったわ。ふふ、私専用の場所みたいね。
その時物見台から鐘の音が聞こえたの。カーン、カーンと慣らすのは異変の合図。振り返るとイルマと目が合ったわ。でもまだ慌てる必要はないわ。伝令が向かっているだけかもしれないもの。
その予想は当たったようで、程なくするとカーーーンと長く鐘が1度だけ鳴った。これは近づいてくるものが味方だった時の合図。よかった、久しぶりに伝令が来たみたい。
カレスティアから王都まで直接伝令を送るにはあまりにも時間がかかるから、前線からの知らせはまず最初にルナトゥリーナのお父様の元へ届くことになっているの。ここから先は鳥を飛ばすのよ。鳥が運ぶ手紙は国王陛下とお父様しか解読できない暗号で書かれているの。一度見せていただいたけれど、全く理解できなかったわ。ええ、私などが見破れるはずがないのだけれど。
身の危険はなくなったので、私はそのまま湖を見ていることにした。毎日飽きないのかって思うでしょう?飽きることはないわ。思い返すことがたくさんあって、いつも気がついたら陽が暮れてしまうのですもの。
蹄の音が近づいてくる。変ね。本邸へ向かうのでしたらこちらには来ないはずなのに。
気になって音の方を向くと、甲冑に身を包んだ騎士が速度を落として進んでくる姿が見えた。遠目にもわかる、相当な高位の騎士の鎧。瞬時にわかったわ。彼は伝令などではないと。
馬を降りてこちらへと進んでくる。一足近づくごとにカシャリ、カシャリと音を立てて。
私はその場で立ったまま。進もうにも足が前に出ないの。けれど待っていたわ。お帰りをずっと待っていたわ。おかえりなさい――
「迎えに来たよベル。俺の勝利の女神」
その口から聞くまでは信じられなかった。
だって、あの日のルドは金髪で青い瞳をしていたのですもの。
目の前に立つその人は、熱情のこもった黄金の瞳を私だけに向けている。
「ル ド ?」
そう問いかけると、少年のようにくしゃりと笑った。
バカ!バカバカバカ!どうして騙していたのよ!王都で会った6年前に教えてくれたら。何故髪の色だけじゃなくて瞳の色まで違うの?でもあなたは間違いなくあの日のルドなのね。
私は背筋を伸ばし、左足を後ろへ引き1番丁寧に挨拶をする。
「王太子殿下、勝利のご帰還誠におめでとうございまス――」
最後まで言い終える前に抱き抱えられてしまって。私たちの視線が逆転したわ。今は私が殿下を見下ろしている。その瞳は憶えているわ。あの日ルナトゥリーナのタウンハウスで初めて向けられた感情。ええ、感情がむき出しよ?
「いらないよ、そんな挨拶。俺たち婚約者だろう?お帰りって言ってくれよベル」
「お帰りなさい。ずっと、ずっと待っていたわ」




