第23話
「エリシヴィンが宣戦布告した。我々の国は今戦争状態にある」
先程の倍ほどの騒ぎが巻き起こった。中には悲鳴を上げる子もいたわ。
「落ち着くんだ!」
ダミアン様の声に人々は懸命に声を殺す。
「王太子殿下が軍を率いてカレスティアへ進軍中だ。そろそろ到着する頃だろう。この戦争は早く終わる。シエルラッドが必ず勝つ!」
穏やかなダミアン様の姿しか知らなかった私は、その頼もしいお姿に驚きと共に畏怖すら憶えたわ。これこそが王族の圧倒的な力。
ダミアン様は全てご存知だったのですって。王太子殿下がモニカ様の挙式に参列出来なくなった理由を。
モニカ様と私にだけは気とられぬようお命じになっていたそうよ。お見事でしたわ、全く想像すらしてませんでしたもの。
エリシヴィン王国はルナトゥリーナ領の東に位置するカレスティア辺境伯領と国境を接する国。辺境伯領は、王太子殿下の従者であるカレスティア卿の出身地でもあるわ。カレスティアが落ちれば次の標的になるのはこのルナトゥリーナ。山脈のおかげで王都へ直接進軍をすることは出来ないですもの。反対側から回り込むことも不可能よ。だってそちら側には友好国のボハーペルツ公国が、そしてその国境を越えた先には我が国の公爵領があるから。エリシヴィンがいくら好戦的な国だとは言っても、2国を相手に戦争を起こすのは現実的ではないでしょう?
きっとかの国の狙いはカレスティアを落とすこと。そこを手にいれたら次は。お父様がお戻りになったのもそのためね。
今朝出発したビクトル兄様たちの部隊は、後発隊に合流して参戦なさるのですって。
そんな――
直に王都で再会するのだと思っていたのに。知っていたらもっとちゃんとお話しもして、お守りだって――
ひとしきり騒いでいた来客たちだったけれど、今度は打って変わって静まり返っている。皆不安よね。もちろん私だって不安よ、不安でたまらないわ。
午後、私は邸でじっとしているのが辛くて1人で湖を見に行ったの。ああイルマは一緒よ。彼女は私の大切な侍女ですもの。いつだって側にいてくれるのよ。
1人で湖を眺めていると、ダミアン様が近づいて来られたの。誰かに私の行き先を聞いたのね。
「お邪魔してもいいかな」
よく知る穏やかな顔と声。
「ええもちろん」
ダミアン様は私の隣に腰を下ろすと、湖を遠くまで見渡す。
「いいところだね。聞いていた通りだ」
それを聞いたのが昨日だったら、私はそれは自慢げに頷いていたでしょう。ルナトゥリーナはとても素敵ですもの。けれどその時はなんと答えたらいいのかわからなくて。
しばらくはただ湖を眺めていたの。こうして並んでね。
私からは何を話せばいいのかもわからなくて、ただ黙って時が流れるままに過ごしていると、ダミアン様が先にお話し下さった。
「明日発つよ。ルナトゥリーナ嬢はどうする?」
もうお発ちに?
でもそうよね。ここには観光で立ち寄ったのではないし、カシークから真っ直ぐ王都を目指していたなら到着している頃なのですもの。
私?自分で決めろという意味?
本当にこの時は私らしくなくて、なかなか言葉が思い浮かばなかった。何と返せばと悩んでしまって。
「王都にいればきっと安全だとは思うよ」
代わりにダミアン様が話を続けてくださる。
「はい」
そうね。だからシエルラッドの王都はあの場所にあるのですもの。山脈そのものが天然の要塞のようなものだから。
「兄上はここで待っていてほしいんだってさ」
えっ?
やや遅れた驚きがやってきてダミアン様の顔を見ると、やっぱり穏やかな目をしてニコッと笑ってくださった。
「兄上はここに君がいれば、より強く戦えるんだと思う」
続きは必要なかった。だって私にその意味はわかるのですもの。
「はい、私はルナトゥリーナで勝利の知らせを待つことにします」
うんうん、と笑顔で頷かれると頭をぽんぽんと撫でられた。もぅー。ダミアン様は私と同じ歳なのよ、こんな子供扱いなさらないで。とは思わなかったの。なんだかルドがそうしてくれたみたいで。
ダミアン様をはじめ一行が王都への帰路に着いた数日後、カレスティナ方面から疾走してくる馬が1頭いると、物見台から報告が入った。シエルラッドの旗を背負っていると見える距離まで来て、私たちはほっと胸を撫で下ろした。
のだけれど、それは凶報で。
「王太子殿下の従者が戦死いたしました」




