第22話
カシーク王国の王太子殿下と、シエルラッド王国の王女殿下の婚礼は全てが滞りなく執り行われた。
晴れてお2人は夫婦となり、私の大切なお友達は自国の王女から隣国の王太子妃殿下になった。
「直に私たちは同じ立場になるわ、アンナベッラ」
モニカ様はカシークに来られてから、表情が柔らかくなったように感じる。モニカ様がお幸せそうでよかったわ。なんとか私も役目を果たすことができたし、後はシエルラッドへ帰るだけ。
「こら聞いているの?アンナベッラ」
おでこをツンと指で弾かれた。口調は変わらないものの、やはりどこかモニカ様は変わった気がする。
「はい、もちろん聞こえておりますわ。けれどなんとお答えしたらよいものかと」
だって、モニカ様は私がシエルラッドの王太子妃になるのだと仰るのでしょう?
「そこはねアンナベッラ、招待状を送るから楽しみに待っておけ。と言うのよ」
私の返事も待たずケラケラと笑っていらっしゃる。まいっか、もうじきお別れなのですもの。
あくる日、ダミアン殿下を筆頭とするシエルラッドの一行はカシークを発った。
名残惜しくなかったと言えば嘘になる。モニカ様との別れは辛かったですもの。私のきっと唯一の友人。でもこの別れは喜ばしい別れ。私たちは笑顔で別れなくちゃいけない。
シエルラッドの王都に帰るまであと8日。来るときに8日かかったの。だから帰りもきっと同じなのだろうと思って。けれどダミアン様は思いもかけないことを仰ったの。
「僕たちはルナトゥリーナ領を経由して帰ろうと思うんだ。どう?ルナトゥリーナ嬢」
驚いたわ。だってルナトゥリーナを周ったら倍は時間がかかるのですもの。けれど私は嬉しくてたまらなくて、それが馬車の中ではなくて、たった1人部屋の中で知ったとしたら飛び上がるほど喜んでしまったでしょうね。
シエルラッド王国の地形は少し変わっていて、南北を分断するように大きな山脈が走っている。地図上で線を結べば案外近いとすら思えるルナトゥリーナの本邸と王都までが実際は2週間もかかるのはそれが理由よ。普通ならば国境になっても不思議はない山脈の南と北が同じ国というのは、大陸を見回してもシエルラッドだけのこと。本邸から王都まで向かうには山脈をぐるりと周って行かなくてはならないの。
けれど、カシーク王国の王都からルナトゥリーナの本邸までの間には平野が広がっている。そうね、きっと王都に直接向かうよりは早く着くのではないかしら。
私の予想通り、カシークを発って5日目の午後には懐かしいルナトゥリーナの邸が遠くに姿を現したわ。兄様が馬車の外から知らせてくれたの。兄様は騎士だから当然馬で移動していらして、「ほら、見てごらん」と指を差した方角にうっすらと邸が見えた時は、ジーンと感動してしまったわ。
ありがとうございます、ダミアン様。まさか今回ルナトゥリーナに立ち寄れるだなんて思ってもいなかったわ。
こんなことならお土産を用意しておくのだった。カシークから持ち帰った品の中にお土産に相応しいものはあったかしら。私は邸に着くのが待ち遠しくて嬉しくてたまらなかった。
驚いたわ。
邸で出迎えてくれたのはウィルフレド兄様とナディア様だけではなかったの。お父様とお母様もお戻りになっていたのよ。私が王都を出発した時にはそんな話は何ひとつなさらなかったのに。
怒っているのではないの。当然でしょう?4年ぶりに家族が集まることができたのですもの。
口々に再会を喜んだわ。それにね、ダミアン殿下をおもてなしする準備もすっかり整っていたの。もしかしなくても、これは最初から決まっていたこと?きっとそうなのね。隠されていたのだとしても嬉しいのだから文句は言わないわ。ええ、とても嬉しいのですもの。
ルナトゥリーナの邸はそれは大賑わいだったわ。私たちはかなりの大所帯だったのですもの。ブライズメイドを務めた15人の令嬢たちをはじめとして、挙式に参列した幾人もの貴族。それぞれの従者や侍女に護衛の騎士。全員が邸の中に入るまでどのくらい時間がかかったかしら。ルナトゥリーナに何泊できるのかはまだお聞きしていないけれど、少しでも長く楽しんでいらしてね。
その日の晩は盛大な晩餐会が開かれたわ。本当は家族と静かに過ごしたかった。話したいことや聞きたいことが山のようにあるのですもの。でもそれはきっと明日には叶うのでしょうし。
華やかな夜が更けていく。私は一足先に部屋へ戻るところだった。その時私のすぐ後をついて出てこられたビクトル兄様から呼び止められたの。
「なあアンナベッラ」
「なあに?」と振り返った時、兄様は懐から1通の手紙を取り出した。
「これを。今夜渡すよう仰せ付かっていた。明日俺たちが出立したら読むんだ。いいな?」
驚いたわ。明日発たなくてはならないの?やっと帰ってきたのに。
まだ湖にだって行けていない。マダムにお礼も言いに行けていない。もちろん王都に戻らなくてはならないことはわかっているわ。けれど、こんなに早いとは思ってもいなくて。
私はきっととても悲しんでいるように見えたのでしょう。兄様は慌てて付け足したの。
「明日発つのは俺たちの部隊だけだ。第二王子殿下はもうしばらくここに滞在するだろう。お相手を任せたぞ」
まあ!明日からは別行動なのね。兄様がどの部隊に所属なさっていて、何人の方が明日ここを出発されるのかはわからなかったけれど、私はまだここにいていいのだとわかって、ほっとした。一晩きりなんてとても悲しいもの。
明朝ビクトル兄様は静かに邸を出て行った。お見送りには間に合ったわよ。すぐにまた王都で会うでしょうけれど、しばらくは離れ離れになるのですもの。
50人ほどだったと思う。それでも同じくらいの数の騎士の方が邸には残っていらっしゃる。随分と護衛が多いのねとは感じていたの。別行動をとる必要があったからなのね。
朝食にはまだ早いようだったから、私は一度部屋に戻って昨日渡された手紙を読むことにしたの。ええ約束だから昨日は読まずに机の上に置いて眠ったわ。
封筒には宛名も差出人すらも書かれていなかった。だからこれが誰からの手紙なのかはてんで予想がついていなかったの。
封筒も上質だけれどシンプルなものだったから。封蝋は家門のものではなかったわ。けれど兄様がわざわざ手渡ししたのだから、これは間違いなく私宛の手紙。
封を切って手紙を取り出す。広げると、そこには整った丁寧な字が並んでいた。
~愛するアンナベッラへ
今君がこの手紙を読んでいると言うことは、ビクトルがルナトゥリーナを発った直後なのだろう。
婚約者、王太子殿下からの手紙。初めて目にした彼の文字は普段の彼の姿とは似つかわしくない、と言っては失礼かしら。とても美しい文字で時間をかけて書いて下さったことが痛いほどに伝わってきた。
振るえる指をなんとか落ち着かせ最後まで読み終えると、それを引き出しの奥にしまい私は部屋を飛び出した。
階下では人々が集まりだしていたようで、賑やかな声が聞こえる。
私が到着すると、既にダミアン様もお見えになっていて、私の家族も揃っていた。ビクトル兄様以外はね。
ダミアン様が「皆、聞いてほしい」そう呼びかけるとざわめきがピタリと止まった。
「エリシヴィンが宣戦布告した。我々の国は今戦争状態にある」




