第21話
モニカ様のお誕生日まで残すところあと数日という日、ビクトル兄様がタウンハウスに顔を見せた。
いつものように飄々として、変わった様子は見られなかったわ。兄様はモニカ様の輿入れの護衛団の一員でもあるため、しばらくは毎日兄様と一緒にいられると思うと、私にとって王都に来て以来初めてと言っていい楽しみな日々が待っているかのようだったの。
「支度は済んだか?アンナベッラ」
相変わらず兄様は私の髪をくしゃりと撫でる。でも兄様にされるとちっとも嫌ではないから安心して下さっていいわ。
「ええ、もうすっかり整ったわ」
今回私は、モニカ様のブライズメイドというお役目の他、王妃殿下の名代と言う大役も仰せつかっているため、ドレスはそれなりの量を用意しなくてはならなかったの。けれど、ご一緒されるのが王太子殿下ではなくなったから、衣装を合わせる必要もなくて、全て自分の趣味で用意できたことは救いだったわ。
そうか、とニコリと笑ってカップに口をつける兄様を見ていると、自分の兄ながら美しいなと思った。兄様の所作は洗練されていて、言われなければ騎士だとは気がつかないのではないかしら。ああ、騎士が無骨だと言うのではないのよ。なんていうのかしら、兄様は一見すると優男のようなのですもの。
その兄様がやおら仰った言葉には、ちょっと困惑してしまったわ。
「なあアンナベッラ。王太子殿下のお側を離れるのは婚約後初めてだろう。何か贈ってはどうだ?」
きっとそれを聞いた瞬間、私は眉間にシワでも寄せたのでしょうね。まるで予想もしてなかったことなのですもの。
「ああ誤解するなよ?殿下から口利きを頼まれたわけではないからな」
そうなのね。ええ、私もあの殿下が兄様にそんなお願いをするとは考えもしなかったわ。
「そう、するべきかしら」
困惑し続ける私のことを兄様はいつもと変わらず優しく見守って下さる。
「無理にとは言わないけどな。そうだなー、組紐なんてどうだ?」
なんですって?贈り物って手作りしろという意味だったの?
今度の私はきっとわかりやすく嫌な顔をしたのでしょう。兄様は声を出して笑ったもの。
「そんな顔見るのも久しぶりだな。どうだ?やってみる気にはなったか?」
兄様にそんなつもりは全くないのでしょうけれど、なぜかその時の私には「どうせ作らないんだろう?」と煽られているように聞こえたの。兄様はそんな人ではないというのに。
「そうね、今からだと立派なものは間に合わないけれど、小さなものなら作れると思うわ。殿下がお受け取りになるかどうかはわからないけれど」
そうよ、受け取ることすらせずに捨ててしまうかもしれないじゃない。けれどいいわ。ここは受け取る受け取らないよりも、贈り物をしたという事実が大切なのだわ。作りましょう、今から組紐を。
ルナトゥリーナではなんでも揃う。それは王都のタウンハウスも例外ではないの。
邸には組紐を編むのに必要なものはひと通り揃っていた。さて、次に決めるのは色よね。何色にしようかしら。殿下の燃えるような赤い髪と獅子のような黄金の瞳の色?
いいえ、とても作る気にならないわ。
色とりどりの糸が並ぶ箱を前に、私は1人で百面相をしていた。
私をイメージするような色も避けた方がいいわね。無意識のうちに銀色とすみれ色は除外していた。殿下の前では黒髪しか見せたことがないというのに。
そうして長いこと箱の前で悩んでいた私が手に取ったのは、緑と青と金色の3色の糸だった。
これは大好きなルナトゥリーナの色。青は美しく煌めく湖水を、緑はそれを縁取る木々を、そして金色は眩い太陽を。大好きな故郷を思い浮かべながら編めば、少しは心が晴れると思って。
でもね、旅の支度はすっかり整ってはいたけれど、やっぱり毎日はあっという間に過ぎていくの。なかなか編み進めることは出来なくて、とても中途半端な長さまでしか編むことができなかった。贈りたくなかったからではないと思うの。編み始めると存外楽しかったのですもの。ただ足りなかったのよ時間が。
私はそれ以上編むことを諦めると、組紐をくるりと輪にまとめた。それから大きなタッセルを作って輪の先に繋げたの。使い物にならない短い組紐を贈るよりはマシでしょう?それに割と上手くできたと思うのよ。ほら、剣の飾りなんかにちょうど良いのではなくて?この時になると、私はこれを殿下が受け取ろうがどうでもよくなっていたの。自己満足というものかしら。
適当な箱をイルマが見つけてきてくれたから、私はそれを箱に収めてリボンを掛け、ようとして止めた。なんだか似合わない気がして。シンプルな淡い水色のマーブル柄の紙で包んでおしまい。
さて、これをいつどうやって渡そうかしらと思案していたところへ、今度も都合よく兄様がいらしたの。都合よくなんて言ったら失礼だったわね。明日はいよいよ出立の日だから、お父様とお母様にご挨拶にいらしたのでしょう。しばらくは戻ってこられないですもの。私は殿下への贈り物を兄様に託すことにして。
「おう完成したんだな。偉い偉い」
いつものように頭を撫でられたわ。少し気分がよかったの。誉めてもらえたのが嬉しくて。完成した品はもう包んでしまって見せてはいないのだけれど、きっといい出来ですもの。
「兄様、私の代わりに渡して下さるかしら」
兄様は直接渡すのがいいだろうと仰るけれど、明日王太子殿下が私にお会い下さるかはわからないし、それにね、もし私に会う時間があるのならば、それをモニカ様とのお別れに使っていただきたいのよ。これは殿下の為ではないわ。モニカ様のためにそう思うの。
そう説明すると、兄様は快く受け取ってくれたわ。
「ちゃんと手渡す。安心しろ」って仰って。
あくる日は天気にも恵まれたわ。シエルラッド中がモニカ様のご婚礼をお祝いしているかのようだったの。
「それでは行って参ります。お父様、お母様」
私が両親と離れてこうして出掛けるのは初めてのこと。王都に来るときはお父様が一緒だったもの。
でも平気よ、今回はビクトル兄様もいらっしゃるし。それにすぐに戻って来るわ――戻りたくはないけれど。
お父様とお母様は何度も手を握って下さったわ。なんだか大げさで恥ずかしくなるほどだったの。
だって私が輿入れするのではないのですもの。それでも大事にされているのだと思うとそれも嬉しかった。
カシーク王国へは問題なく到着したわ。愉快で忘れられない旅だったの。ずっとこうして旅していたいと思える瞬間すらあったわ。




