第18話
第二王子殿下がお戻りになりほどなくして、第一王子殿下が王太子に叙任されました。
その話はさして重要でもないから詳しい話は不要でしょう。
「さあ義姉上、こっちだよ」
屈託のない笑顔を浮かべた第二王子殿下が、モニカ様の隣で大きく手を振っておられます。
「お招きいただきありがとうございますモニカ様、王子殿下」
授業の後のひと時、お2人のお茶の時間にお誘い頂いたのです。でも待って。最初に言っておかねばならないことが。
「第二王子殿下、何度も申し上げて恐縮ではございますが、義姉はご容赦くださいませ」
そうなの。殿下は初対面だった式典以降私のことを義姉と呼ぶのよ。はっきり言って不快だわ。
だって私は第二王子殿下の義姉ではないのですもの。現在も、もちろん将来もね。
「だってさ、義姉上だって何度言っても呼んでくれないじゃないのさ」
ニヤリと勝ち誇ったように笑う殿下に、不思議と腹は立たなかったの。どうしてかしらね。
第二王子殿下からはお名前を呼ぶ許可を頂いています。2度目に会った時にはダミアンと呼ぶように仰って下さったのよ。けれど、私はお呼びすることができなくて。
うっかり気を抜いてしまって「ルド」と話しかけてしまわないか怖いのよ。本当に似ているのですもの。
2度目にお会いした時、私は聞いてしまったわ。「ルナトゥリーナ領にお見えになったことはございますか?」と。
「ないよ、僕が王都を離れたのは此度の使節訪問が初めてだったからね」
そうよね。王族の訪問があれば、知らされないはずがないもの。いくら私が幼かったとはいえね。
「いつか行けたらと思ってる。その時は義姉上の生まれ育った地を案内してよ」
形式上は王太子の婚約者である私と、第二王子殿下が連れ立ってルナトゥリーナへ行くことなどあるはずがない。だからこの願いに真面目に答える必要がないことは百も承知のこと。でも、その万にひとつもないことがもしも起こったら、なんて私はまた意味のない妄想を繰り広げてしまう。
「そうですね、いつかご一緒する日がありましたら隅々までご案内して差し上げたいと思いますわ」
それを聞くと、横でモニカ様がプイとへそを曲げてしまって。
「ふん、あんたたちはいいわね。これからどこへだって行けるでしょうよ」
ふふ、でもね、私にはもうわかるの。今のモニカ様はちっとも怒ってはいない。むしろ上機嫌だわ。
モニカ様はお輿入れの日をそれは楽しみにしておられるのですもの。
けれど、その後に放った言葉は捨て置くわけにはいかないわね。
「まあ私は近い将来シエルラッドへ戻るけどね」
まあ!ご婚礼もこれからだというのに、もうお戻りになることを考えておられるの?
何故?と首を傾げる私のことを、モニカ様もダミアン様もがニヤニヤとした笑みを浮かべて見ていらっしゃる。これは嫌な予感しかしないわね。
「ええ、その通りよアンナベッラ。私を国賓としてお呼びなさいな。あなたの結婚式にね」
お2人を前にして、私は強く出ることができないから、ここは大人しくやり過ごすしかない。肯定も否定もしてはならないわ。こうして仲良くして下さっているとはいえ、お2人ともあの石像の実のご妹弟なのですもの。
「いつかその日が来ることがありましたら、招待状を書かせていただきます」
けれど私はその日のうちに決意したわ。
そろそろ終わりにしましょう、こんな不毛な婚約など。
邸に戻ると私はすぐに手紙を1通認めてお父様のお戻りを待った。それは王太子殿下へ向けた婚約破棄の申し出。私の訴えにお父様は、肯定も否定もなさらなかったわ。それならばお渡ししましょう、反対されなかったのですもの。破棄しても構わないと言うことよね。
翌朝登城した時、出迎えの従僕に言付けたわ。王太子殿下に直接お渡しください、とね。
お返事は来なかったわ。
期待はしていなかったから、がっかりもしていないわ。面と向かっている時すら言葉を交わさないのですもの。私宛の手紙に割く時間など瞬きの瞬間ほどもあるわけがないものね。
次にお会いする時にただ一言「わかった」とだけ言って下されば、私はようやくルナトゥリーナに戻れる、そう思っていたの。
でもね、その週の金曜日、殿下は私の手紙など見てもいないようだっの。いつもと少しも違わない石像ぶりに心底がっかりしてしまったわ。
その日はビクトル兄様が休暇でタウンハウスにいらしたから、ここぞとばかりに話してしまったの。
兄様は笑ったり、驚いたりしながら聞いて下さったのだけれど、最後には笑いながらまた髪をくしゃっと撫でられたわ。ええ、もうカツラは外していますから、撫でられても平気よ。
「アンナベッラ、それはお前らしくない軽率な行動だったな。見てみぬふりをして下さった殿下に感謝した方がいいぞ」
酷いわ兄様、私の味方だと信じていたのに。
とうとう兄様も王太子殿下の肩を持つようになってしまったのね、失望したわ。
私はわかりやすく顔に出してやったの。
「残念です。兄様は私のことを応援して下さると思っておりましたのに」
「仮にだアンナベッラ、仮に婚約が破棄できたとしてお前はどうしたいんだ?」
ビクトル兄様は、それは楽しそうに私を見ていらっしゃるけれど、ちっとも楽しくなんてないわ。'もし'や'仮'の話しをしたところで意味がないもの。それでも兄様の笑顔が腹立たしくて。
「帰りたいの。ルナトゥリーナで会いたい人がいるのよ。どうしてももう一度会いたいの」




