第17話
王宮に早馬が到着したのは今日の午前のこと。
もうまもなく使節団が到着するとの知らせが城下を駆け巡りました。
本日のご到着は予め知らさせていたから、私も朝から式典の準備を始めていました。
使節を率いていらっしゃるのが、お若い第二王子殿下と言うこともあり、歓迎の式典はご到着直後の明るい時間に行われるのです。時間がないわ、急がなくては。
こんな日に相応しいドレスは。
多くの貴族が集う場です。私が悪女だと言うことを広める大切な機会でもあるわ。ここで間違うわけにはいきません。
「よいのではないか?王都の仕立屋も悪くないだろう?」
光沢の美しいベージュのシルクシャンブレーに、濃紺のレースを合わせたドレス。これならば悪目立ちもしないはずよ。
「ありがとうお父様」
今日はふんわりとウエーブのかかった黒髪を下ろしてみたわ。髪にはレースに合わせたサファイアの髪飾りをひとつ。悪女は後ろ姿も完璧でなければね。
一際大きな扉の前。左に立つのは第一王子殿下。今は殿下と入場の時間を待っているところです。
今日の殿下は紺色の式服をお召しだったの。まるでドレスを合わせたみたいだわ。こんなはずじゃなかったのに――ついさっきまで、すっかり満足していた今日の自分に失望してしまいそうです。
もちろん第一王子殿下はただの一度だって私のことを見たりなさらないわ。私が何色のドレスを着ていようが、興味がないのですもの。私だって殿下なんか全く興味ないけれど。
不躾に突き出された腕に手を添えると、タイミングよく扉が開かれました。
「ルフィーノ第一王子殿下、アンナベッラ=ルナトゥリーナ侯爵令嬢ご入場でございます」
一瞬でこの大きな広間が静まり返ります。その一拍後には盛大な拍手が巻き起こりました。作り物の笑顔は扉が開く前に完成済みです。今思い描いているのはモニカ様のあの悪い笑顔。私は悪女らしく微笑むことができているかしら。
8.悪女は笑みを絶やさない
怒りや悲しみの感情は悪女らしくないわ。喜びも違うわね。悪女の笑みはあくまで作り物。そこに感情は必要ないのよ。
この大広間を見渡せる高い位置に一列に設けられた6つの席、その左端が私のための場所です。
残念ながらモニカ様とは1番離れているのよ。お隣?わざわざ説明する必要があって?
続いて国王陛下と王妃殿下、そしてモニカ様がご入場されました。
お三方の到着を待って全員が腰を下ろすと、最後にようやく主役の登場です。
「長きに渡り、使節団をお導き下さったダミアン第二王子殿下のご帰還でございます」
私たちの入場とは別のゲスト用の扉が開かれると、扉の向こう中央に立たれる方がお1人。
波が引くように左右に分かれていく人波の間を、悠々と進んでこられます。
軽やかな足取りで微笑みを浮かべながら進んでこられる第二王子殿下のご様子から、この度の使節団の目的は達成されたことが推察できます。
一段ずつゆっくりと段を上り終えると、最初に国王陛下にご挨拶を、続いて王妃殿下にご挨拶とハグを、それから第一王子にご挨拶と握手を、そしてその次に第二王子殿下が足を向けたのは私でした。
「ただ今戻りました。初めまして義姉上」
陽だまりのような温かい笑みを浮かべて右手を差し出した殿下に、私は凍り付いてしまいました。いえ、今ではないわ。あの扉が開いた瞬間から、私は狐につままれたような、今目の前で起きていることが現実なのかすらわからないような混乱に陥ってしまっていたのです。
ダメよ早くご挨拶を、そして右手を前に出すの。早く。
「ゴホッ」
右上から聞こえた咳払いで、はっと我に返りました。この時ばかりは石像に感謝したわ。
「お帰りなさいませ。
アンナベッラ=ルナトゥリーナでございます。お戻りをお待ち申し上げておりました」
うん、と一度頷くと殿下はモニカ様へご挨拶に向かわれました。
壇上の全員と挨拶を交わした第二王子殿下が、中央に立ち帰還のご挨拶をされていますが、私は上の空でした。一字一句聞き逃してはならないのに。殿下のお言葉を後になって憶えていないとは言えないのに。
ルド、殿下がルドなの?
黄金色に輝く麦の穂のような髪、そして真夏の青空みたいな瞳。忘れるはずがないわ。
私を見下ろした時の口元、そして笑顔まで思い出の中のあの子と同じ。
そんなはずないのに。
第二王子殿下と私は年が一緒よ?ルドのはずがないわ。
だって彼はとても大きかったですもの。それに王子殿下がお1人でルナトゥリーナの湖に来たはずがないじゃない。
あの日私は、本邸から湖をぐるりと半周程したところにある別荘に遊びに行っていたの。そこには当時お婆様が住んでいらして、度々伺っていたのよ。お父様やお母様は一緒だったかしら。7年も前、まだ5歳の時のことだからはっきりとは憶えていないの。
暑い夏の日で、その日は朝からとても空が綺麗だった。別荘には家庭教師はついてきていなかったし、私は朝から遊ぶことが許されて、嬉しくてたまらなかったの。早速湖に行って遊んでいたのよ。
本邸のあたりとは違って、別荘の周辺には砂浜があったから、私は侍女と初めて砂遊びをしたわ。
そこにルドは突然現れたのよ。
最初は近くに住む子供だと思ったはずだわ。だって突然現れたのですもの。
けれど、話をしていくうちに、ルドは港へ向かう途中湖に立ち寄ったと聞いたの。何故立ち寄ったのかは知らないわ。聞かなかったのですもの。足が疲れて休みたかったのかもしれないし、綺麗な景色に惹かれてふらふらと寄ってしまったのかもしれないし、喉が渇いていたからかもしれない。
そんな子供が王子殿下であるはずがないじゃない。お供の1人すらいなかったのよ。
ええ違うわ、絶対に違う。
でも――
なぜそんなに似ているの?




