第15話
私のために開かれた王宮の昼餐会以降、少し生活に変化がありました。
登城して王宮講師から学ぶ日は週5回に減らされ、残りの2日は社交などに充てるようにとの命が下りたためです。命じられた通り、様々な家門から毎日のように届くお茶会の招待にお母様と応じたり、社会活動や慈善事業などに参加しています。
結局のところ王家を前に、私たちの意思など存在しないということだけがわかりました。
第一王子の婚約と言う、国にとっても重大発表であったにもかかわらず、当事者である私にも、そしてお父様さえも事前には何ひとつ聞かされていませんでした。結果が変わらずとも、せめて先に伺うことはできなかったのでしょうか。
いえわかっているわ。こんなことを考えることすら無駄だって。
今の私は第一王子殿下の正式な婚約者。
王家と言えど、成年前に婚姻を結ぶことはありませんから、きっかりあと4年は時間があるわ。まだ結婚したわけではないのですもの。諦めたりなどしないわ。きっと破棄してみせましょう。
だって殿下は私に興味がないと、はっきり仰ったもの。
いつか殿下が夢中になれる令嬢が現れた時には、喜んで身を引きましょう。
第一王子殿下が何かに夢中になる姿は、相手が人間ではなかったとしてもちょっと想像できないけれど。
けれど、石像のような殿下だって一応は人間なのですもの。いつどんなことが起こるかわからないわよね。これからも殿下にふさわしい令嬢探しは続けるわ。そのための社交でもあるのよ。
そうして月日は流れ王都で2度目の春を迎えた頃、王宮に遠方より早馬が到着しました。
「ようやく使節団がお戻りになる」
「5日後には到着なさるとのことだ」
普段は静寂に包まれている王宮も、俄かに騒がしく動き始めました。
「第二王子殿下がお戻りになるのですね」
モニカ様と庭園を散歩しながら、早速その話を切り出しました。今回は何があっても参列しなければならないもの、根回しはあらゆる方面にしておかなければね。
「ああ、そんな子もいたわね」
ふふ、相変わらず辛辣なお言葉ですこと。けれどモニカ様、お喜びが顔じゅうに溢れておりますわ。モニカ様も第二王子殿下のご帰国を心待ちになされていたことは間違いありませんから。
「お目にかかれる日を心待ちにしておりましたの。まだ一度もお会いしたことがないのですもの」
その途端モニカ様はギョッとしたように目を剥いたのです。口を半開きにしたまま私のことを凝視なさっているわ。な、何も変なことは言ってないわよね。
「そうだったの?アンナベッラ。ダミアンに会ったことがないですって?あなたここへ来て1年半は過ぎたじゃない」
ええモニカ様。
確かに私が王都に来て1年半は過ぎたわ。けれど殿下が使節団を率いて出発なさってからも、ほぼ同じだけの時間が流れているのですよ。
「モニカ様に初めてお会いした日、第二王子殿下にもお会いする予定だったと聞いております」
ようやく思い出していただけたみたい。モニカ様はタン、タン、タンと手を叩きながら小刻みに何度も頷かれたわ。
「思い出したわ!そうだった、あの子が珍しく熱を出した日だったわね。全く健康だけが取り柄みたいな子が、よりにもよってあの日だけ熱を出したのだったわ。けれどあなた、出発式には参列しなかったの?」
ああ、そうですわよね。王都に在住の全ての貴族が参列したであろう出発式でしたもの。お話しする機会がなくとも、お顔を拝見するくらいは出来ただろうとお思いになりますわよね。
またあのことを話さなければならないのかと、陰鬱になってしまうけれど、不参加だったことが知られていないというのは、案外と良い事かもしれないわ。
「それが――止められてしまい参列することができませんでしたの」
これくらい言ってもいいわよね。だって私の意思で不参加だったのではないですもの。そのことだけは誤解されぬよう広めておきたいわ。
ほんの少し第一王子殿下への愚痴も込めましたから、モニカ様はすぐに気がついて下さったわ。
「止められって誰――お兄様ね!いくらアンナベッラのことが大切だからって、そんな子供じみたことを」
いえモニカ様?何を仰って?前半部分はその通りですけれど、その後は、ちょっと意味がわからないわ。
「モニカ様、第一王子殿下は私にはなんの興味も持たれておりませんよ」
私にとっては当然のことを申し上げただけです。そうね、「今、雨は降っておりませんわ」ってのと同じくらい当たり前の話だわよね。ですのにモニカ様ったら目を細め、片方だけ口角を上げたゾクゾクするお顔で、ニタ~ッと微笑まれたのです。なんて悪い顔なのかしら。私もこの微笑みのコツを早く掴みたいと思っているのに。いや今はその話ではなかったわね。
「私はそうは思っていないわアンナベッラ」
「ですが殿下に直接そう言われましたの。私はっきりと聞きましたわ」
今度はぽかんと表情が抜け落ちてしまったわ。モニカ様はいつもこうしてくるくると表情が変わるの。石像と血が繋がってるとは思えないほど、表情が豊かな方なのよ。
「お兄様はバカなのかしら。いいこと?アンナベッラ。あなたが来るまでに何人の令嬢がお兄様の前に並べられたか知っていて?どれもつまらない子ばかりだったけれどね。あなたのことが気に入ったから婚約者にしたに決まっているじゃないの」
モニカ様にはそうお見えになっていたのね。今日は何度も楯突くようで心苦しいけれど、私はそうは思っていないのよ。
「モニカ様、残念ですが私はそうは思っておりません。きっと殿下は面倒だとお思いなだけですわ」
本当は私のこともさっさと領地へ帰ってくれとお思いのはずなのよ。けれど、そうなるとまた次の令嬢を探さなくてはならなくなります。何度もそれを繰り返すのが煩わしく思えてきた時、タイミング悪く私の番が回ってきた――だけのことだと思うの。
本当に不運で忌々しいわ。あと1人早くそのことに気がついて下さっていれば、私が王都に来ることもなかったでしょうに。
「うーん、まあいいわ。お兄様は何を考えているのかわからないところもあるから。そのうち私から聞いてみるわ。それよりも今はルドの話だったわね」
「ルド?」
ルドとは?その方は?モニカ様の口から初めて聞く名前に私は、ほんの僅か動揺してしまいました。
「ああっ!ついうっかり。ダミアンのことなのよ。あの子がうんと小さい頃はそう呼んていてね」
モニカ様が懐かしむように微笑んでおられます。ルドとお呼びになっていた頃の殿下のことを思い出しておられるのでしょう。
「まあ!第二王子殿下のお名前でございましたか」
ルドはダミアンの愛称ではありませんから、ミドルネームなのかしらね。
「名前じゃないのよ、あだ名?気がついたらそう呼んでいたのよ。あれは誰がつけたんだったかしらね」
しばらくの間、幼い頃の記憶の中へ旅立っておしまいになったモニカ様の隣で私も、自分の心の中に残る淡い記憶を懐かしく思い返していました。




