第14話
12回目の誕生日を王都で迎えることになるだなんて、ルナトゥリーナ領を出る時に想像できたかしら。
「明日はアンナベッラのお誕生日ね。この1年早かったわね。一緒にお祝いができて嬉しいわ」
「ありがとうございますお母様。ええ、あっという間の1年だったわ。でもあの頃はまさか1年も王都で過ごすことになるなんて思ってもいなかったわ」
お母様が王都にいらして2ヵ月が過ぎました。ナディア様のお身体が回復されたので、本邸を任せられるようになったからです。ミゲル君に一度も会えぬまま1年が経とうとしているのね。
ミゲル君はウィルフレド兄様とナディア様の赤ちゃん。私が王都に来たその日に産まれたのですって。会いたいわ。1歳のお誕生日にも会えないなんてね。
「明日の準備は済んでいて?」
「ええ」
明日は王宮で昼餐会が開かれるのです。お父様とお母様も招待されていて、私も第一王子殿下の婚約者候補として、同じく招待を受けています。
結局1年間、私は婚約者候補という曖昧な地位から逃れることはできずにいました。
相変わらず「ああ」しか言わないような方よ。
私思うの。第一王子殿下は、女性に限らず人間に興味がないのではないかしら。だって誰に対してもあんな態度なのですもの。毎日お側にいるカレスティア卿もよく耐えていると思うわ。
まだはっきりと憶えているわ。9回目にお会いした時のことよ。
その日のお茶会も殿下は変わらず石像だったの。もう私はうんざりしてしまって、言ってやったのよ。
「私になんの興味もないことは存じ上げております。そろそろ領地に戻ってよいでしょうか」
ってね。
なのに悔しい。悔しい悔しい。その時に限って「ああ」とは言わなかったのよ。
「駄目だ」
ですって!信じられないわ。なぜいつものように「ああ」と言わないのよ!
「なぜですの?理由をお聞かせ下さいませ」
そう訊ねると殿下はまた元の石像に戻ってしまわれたわ。その日の私はどうかしていたかもしれません。9回しかお会いしていなくて、どのような方なのかもわからない殿下に、そこまで食い下がるだなんて。
「――お前には――興味が、ない」
無視なさっているのだと諦めたところに、理由ともつかないお答えが返ってきました。
えっなんですって?
私の驚きと同時にガタンと大きな音がしました。カレスティア卿が顎が外れたのかしらと心配になるほど驚いた顔をしています。そうよね、驚くのが普通よね。
「興味すらない相手に、側にいろと仰るのですか?」
その後は何を言ってもいつもの「ああ」でした。
「酷いわ、あんまりよ。殿下には私の人生など塵も等しいのかもしれませんが、私には大切な一度きりの人生なのよ」
聞こえていない、何も言わない相手にぶつけても虚しいだけでした。
許せない、許せないわ。第一王子殿下なんて大嫌いよ。
涙など流すものですか。あなたには私の涙を見せる価値もないわ。
7.悪女は涙を見せたりはしない
喜びの涙も、悲しみも怒りも。それは人前で見せるものではないのよ。
それ以来殿下にはますます線を引いて接してきました。王都へは勉強のために来ているのだ、殿下とお会いするのはそのついでの義務にすぎないと、自分に信じ込ませて。
翌日の昼餐会に、お母様とお父様はお揃いの紺の衣装を、私は淡いシルバーのドレスを選びました。
モニカ様が「シルバーのドレスを作りなさい。似合うから」と勧めて下さったの。
今までの私ならきっと選ばなかった色だけれど、今なら着こなせると思ったわ。
昼餐会は予想を遥かに超える大規模なものでした。王都に滞在中の全ての貴族が呼ばれているのではないかしら。シエルラッドを支える三公爵家を筆頭に、下は歴史ある一部の男爵家も招かれたようです。
日々王宮で学んでいるとはいえ、授業を受けるお部屋と限られた場所のみで過ごしている私にとって、他の家門の方々とお会いするのはこれが初めての機会です。
「アンナベッラのお誕生日は、お邸に戻ってからお祝いしましょうね。晩餐にはビクトルにも顔を出すよう伝えてあるわ」
「ありがとうございます、お母様」
今日は私の誕生日でもあるけれど、私は貴族の娘ですもの。王宮行事を優先することは当然だし、よりにもよって何故この日に昼餐会を開くことにしたのか、なんて怒っていたりなんかしないわ。
本当は少しだけ陛下を恨めしく思ったけれど。
何も私の誕生日に開かなくてもいいじゃない。陛下は私の誕生日などご存知ないから仕方のないこととはわかるわ。でも――
案内の従僕が示した場所にはお父様、お母様の席しかありませんでした。
「ご令嬢のお席はあちらでございます。今からご案内申し上げます」
白い手袋の従僕が指し示した先は、一段高く設えた王族のための席。
お父様も少し驚いた様子でしたが、そっと背中を押して下さったの。見上げたお顔は少し複雑に笑っていらっしゃったわ。
席まで案内されたものの、先に座るわけにもいかず、その場で王族の方々の到着をお待ちすることにしました。私の背が低いとはいえ、高い場所にある席よ。嫌でも注目を浴びていることが判るわ。
もうこうなったら開き直るしかありません。好きなだけ観察なさるといいわ。私が第一王子殿下の婚約者候補の悪女よ。眉をひそめ、陰口でも叩きなさい。
ややしばらくして、王族がご到着されました。最初に入場されたのはモニカ様をエスコートされた石像。石像は私の隣に来ると「座れ」とだけ言って、さっさとご自分の席に着いたわ。
私は犬ではないのよ。その前に――いえこの方に何の期待もしていないわ。考えるだけ無駄ね。
モニカ様は私の向かいの席に着かれたわ。
「お座りなさいなアンナベッラ。構わないわ」
「かしこまりました。恐縮でございますが、本日は同席させていただきます」
お2人に許可いただいたので、ひとまずは席に着くことにしました。
その後どのくらい時間が経ったかしら。何度かモニカ様から話しかけられたので、それにお応えしていたわ。その場にいたのは私たち2人だけみたいなものだったのですもの。石像に話を振る必要なんてないわよね、何も話さないのだし。
「国王陛下、王妃殿下ご入場でございます」
その場にいる全ての者が立ち上がり、同じ方角を見つめています。王族のみが使うその扉が再び開かれ、お2人がゆっくりと進んでこられました。
第一王子殿下の向かいに王妃様が、そして中央に陛下が着くとシャンパンが注がれました。モニカ様と私のグラスには白ブドウのジュースかしら。
皆のグラスが満たされると、陛下がシャンパンの注がれたグラスをお持ちになって立ち上がりました。
王妃様、第一王子殿下とモニカ様に倣い、私も右手にグラスを持ちその場に立ちます。
陛下のお言葉を待っていると、陛下と視線が合いました。私が不作法なことをしでかしてはいないか、ご確認なさったのかしら。
ご心配なさらず。小さな規模ではあるけれど、ルナトゥリーナ領でのパーティーには参加したことがあります。乾杯の作法は理解しておりますわ。
が、陛下の口から紡がれた言葉は、全く予想だにしなかったものだったのです。
「皆に紹介しよう。アンナベッラ=ルナトゥリーナ、ルフィーノの婚約者だ。ここに2人の正式な婚約を発表する。そして今日は我々の新しい娘アンナベッラの誕生日でもある。盛大に祝ってやってくれ」




