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第13話

クリスマスが過ぎ新しい1年が始まり、そして季節は春から夏へ変わろうとしています。


王都に来て9ヵ月が経ちました。この間私の生活はほぼ同じ。毎日が同じことの繰り返しです。

タウンハウスで朝食をいただいてから登城して、夕方にはまたタウンハウスに帰って来る、その往復だけです。お休みをいただくのはひと月に1日、多くて2日かしら。


ビクトル兄様もお忙しくお過ごしで、たまのお休みにはタウンハウスに帰ってこられますが、まだ一度も私と兄様のお休みが合ったことがありません。約束していた王都巡りにも行けていないの。



「おかえりアンナベッラ、うん、その色の方が似合うよ。可愛い」


王宮から戻った私を出迎えてくれたのはビクトル兄様でした。


「兄様、お戻りだったのですね」


「うん、明日の午後までの休暇だ」


兄様は、普段王宮内にある騎士専用の宿舎で生活していらっしゃいます。王族警護の任務に就いておられるので、王宮内にいらっしゃることが多いそうなのだけれど、お見かけしたことは全くないの。

週に一度とは言え、私は定期的に第一王子殿下にお会いしているし、モニカ様とも何度もお会いしているのに、兄様はどこで警護をなさっているのかしらね。



などという疑問はさておき、まずは着替えを済まそうと自室へ向かおうとしたところで、兄様ったら酷いことを仰ったの。


「どうしたんだ?悪女ごっこはもう終わったのか?」


まあ失礼ね!悪女ごっこだなんて!これは遊びなんかではなくってよ。


「ビクトル兄様、悪女に向かって'ごっこ'とは随分ですわよ」


「おおアンナベッラが怒った」


逃げるそぶりをしながら笑っているのが腹立たしいわ。


「ただ気がついただけですの。悪女に重要なのは外見よりも内面だと言うことに」


ああ、と言いながら兄様は納得したようでした。


「王女殿下だろう?仲がいいものなお前たち」


「ご存知でしたの?」


仲がいいと言われて、私としたことが嬉しくなってしまったみたいです。つい意味のない質問をしてしまったわ。王族警護を担っているのですから、知らないはずがないじゃない。


「まあね。――配置、換え、があったからさ。今俺は王女殿下の警護についているからな」


「そうでしたの。騎士の方は頻繁に配置換えがあるのね」


だって兄様はようやく3年目を迎える騎士なのよ。王族警護に配属が決まってからだともっと短いわ。ですのにもう配置換えがあったのですもの。


「そういうわけではないんだけどさ。まあ、色々とな。詳しく説明はしてやれないけど、ともかく俺は今王女殿下付ってことだ」


「わかったわ、兄様」


守秘義務というもののようです。兄様は私の大切な家族であると同時に、シエルラッド王家に忠誠を誓った騎士でもあるのですもの。全てを語れないことくらい理解できるわ。



「それにさ、任務中に可愛い妹を見られるのも悪くない」


「まあ!いつ見ていらしたの?」


私は一度だって兄様を見かけたことがないのよ?実のところモニカ様とは、第一王子殿下よりも余程頻繁にお会いしているのだけれど、兄様どころか騎士の方が側にいたことは一度もないのに。


「昨日のアンナベッラは黄色のドレスを着ていた。首元には小さな赤いバラの飾りがついていてよく似合っていたよ。いちごのたっぷりと乗ったケーキを2人で旨そうに食べていたな。その前は先週の土曜日か。あの日王女殿下はやけに機嫌がよさそうだったじゃないか。殿下があのように饒舌になるのは珍しいぞ。余程アンナベッラのことが気に――」


「ににににに兄様!まさかとは思いますが、私たちの会話を全て聞いていらっしゃったの?」


王宮内ということもありますし、兄様に聞かれて困るような話をしていたはずはありませんが、それでもモニカ様と2人きりと思っていた場に兄様がいらしたなんて、恥ずかしいわ。どうして全然気がつかなかったのかしら。



「なんだそんなに慌てて。俺に聞かれたくない話でもしていたのか?」


意地悪ね。壁に寄りかかって、腕を組んだままニヤニヤと笑ってらっしゃるわ。


「そ、そうではないけれど」


目じりを下げて私の髪をくしゃっと撫でると、カラッと笑いながらおでこをコツンと指ではじかれました。


「まー心配するな。声が聞こえる距離ではないよ。俺たちがどこにいるか気がつかなかっただろう?」


「ええ全く」


「これからも気にするなよ。殿下たちのお気を煩わせないよう警護に当たるのが俺たちの役目だ。王宮内ではな」


ちっとも知らなかったわ。と言うことは当然、第一王子殿下にも常時騎士の方が付き従っているということよね。殿下とは話らしい話もしていないし、目の前で護衛いただいてもちっとも構わないのだけれど、これは良い情報かもしれないわね。殿下と私が全く気の合わない様子を知らしめるチャンスじゃないかしら。



「それにしても、王女殿下とお前が親しくなるとは予想してなかったな」


「そうでしたの?モニカ様はとても愉快な方だわ」


ルナトゥリーナ領を発つときに、ビクトル兄様が仰っていたのがモニカ様のことだったと気がついたのは、モニカ様と親しくさせていただくようになってからでした。

あの紫のドレスを誂えた時、兄様は「それが私の思う悪女のスタイル」と仰ったでしょう。あの時はどういう意味なのかわからなかったけれど、今はそれがはっきりとわかるわ。


兄様はあの時モニカ様のことを頭に浮かべていらしたのよね。だってモニカ様は完璧な悪女なのですもの。そしてそのモニカ様と親しくさせていただいている私も、かなり悪女として成長したのではないかしら。


なので最近は少しずつ、ルナトゥリーナ領で着ていたドレスも着ているのです。金曜日だけはしっかりと悪女のドレスを身につけると決めているのですけれど。




「それはそうと、お前も聞いているだろう?」


(なんのことかしら?最近王宮内で噂になっていること?私に噂話を教えて下さるのはモニカ様お1人だけよ。兄様が気になさるような話は何かあったかしら。)


「ごめんなさい兄様、それだけではわからないわ」


「ああ悪い。着替えに行く途中だったよな。ゆっくり話そうか、サロンで待ってるよ」


ひらひらと手を振ってそれ以上今は話すつもりがないようでしたので、お言葉に甘えて着替えに向かうことにしました。


「すぐに着替えて参ります」


「うん、慌てなくていいからな」




「お待たせしました、ビクトル兄様」


手早く着替えを済ませてサロンへ向かうと、兄様は本を片手に寛いでおられました。


「こっちへおいで」


兄様の手招きで向かいのソファーに腰を下ろすと、すかさず侍女が紅茶を注ぎ小さな茶菓子の並んだプレートを運んできました。タウンハウスの料理人が作る焼き菓子はとっても美味しいんです。王宮でいただくものにも見劣りしないどころか、それ以上だと私は思っているの。いつかモニカ様にも召し上がっていただけると嬉しいわ。


本を横に置いて紅茶を一口含んだ兄様が、頭をポリポリと掻きながら少し笑っています。


「全くたいした話ではなくてさ、期待していたら済まないな」


「いいえ兄様。兄様とお話しできるだけで嬉しいわ」


なかなかお会いする時間のない兄様と、こうして2人の時間を持つのは王都に来て初めてのことですもの。



「第二王子殿下のご帰国が延期になった」


「まあ!なにかありましたの?」


第二王子殿下は、昨秋カシーク王国へ使節団を率いて向かわれました。そういえば、春頃にはお戻りになるだろうと聞いて以来、殿下のお話しは全く耳にしていなかったわ。


「外交的な問題が生じたわけではないようだ。いやむしろ反対だな」


「反対?と言いますと?」


「カシークの王太子殿下にいたく気に入られたようでな、なかなか離してもらえないとかなんとか」


兄様ったら真面目な顔を装ってはいるけれど、最後の方は少し吹いたわね。でも私も笑ってしまいそうになったわ。


「カシークの王太子殿下というと、モニカ様の婚約者でいらっしゃいますよね」


「ああ、大方王女殿下の話をしろとせがんでいるのだろうな」


ふふ、それで離していただけないと言うわけなのね。


お2人はモニカ様がお生まれになった時からの婚約関係ですのに、まだ一度もお会いになったことがないそうなのです。カシークの王太子殿下のお気持ちもわかるわ。どんな些細な話でもお聞きになりたいのでしょうね。

それ以外の理由がないのであれば、微笑ましいことだわ。捉まっている第二王子殿下にとっては災難かもしれないけれど。



「それでいつ頃第二王子殿下はお戻りになられるのかしら」


「うーん、1年が過ぎる前には戻りたいと仰ってるそうだが」



私はまだ一度も第二王子殿下にお会いしたことがありません。

お会いする予定だったお茶会当日に体調を崩されたのよね。


殿下はその数日後にはカシーク王国への使節として出発してしまったの。

出発式には参加させてもらえなかったわ。


「必要ない」


誰の言葉かは言わなくてもわかるわよね。ええそうよ、第一王子殿下よ。

王都に暮らしている、そして滞在している全ての貴族が参加したでしょうに、私はそれに参加することも許されなかったのよ。


その頃私は、自分が唯一の婚約者候補だとは知らなかったから、ルナトゥリーナ家の一員としてお見送りさせていただくつもりだったけれど、後になってわかったわ。

殿下はご自分の隣に私が立つことが許せなかったのよ。婚約者候補が1人しかいなければ、自動的に私が隣に並ぶとお思いだったのでしょうね。


それこそ「離れろ」と一言仰って下されば、喜んでお父様と一緒にお見送りの列に並びましたのに。いいえそれ以前に、隣に並ぶつもりなどハナからなくってよ。



あの日のことを思い出してしまって、ついイライラとしてしまったわ。




「どうした?顔が険しいな」


腕を組んで背もたれに寄りかかった兄様が、楽しいものでも見つけた時のような顔で私を見ています。


「出発式のことを思い出しただけです」


「ああ、参列出来なかったことをまだ恨んでいるのか?」


「当然よ。私はルナトゥリーナ家の長女なのですもの。臣下としてお見送りさせていただきたかったわ」


果たすべき務めは正しく遂行するのが悪女と言うものなのよ。


「ご帰国の時は何があっても参列するつもりよ」

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