第12話
王都へ来て1ヵ月が過ぎました。
季節も秋から少しずつ冬へと近づいています。12月になると王都には雪が降るのですって。温暖なルナトゥリーナ領には雪が降ることはほとんどありませんから、少し楽しみではあるの。少しよ。
バカ!何故雪を楽しみになんてしているのよ。私は雪が降るまで王都にいたいの?
昨日から混乱しています。てっきり7人いると思っていたルフィーノ殿下の婚約者候補が、私1人だったなんて。どうして今まで誰も言って下さらなかったの?
お父様もさぞ驚かれるでしょうと、夕食の場で真っ先にお伝えしたの。
なのに酷いわ!お父様はとっくにご存知だったのですって。
「どうして話して下さらなかったの?」
「まさかお前が知らないとは思っていなかったのだ」
お父様は私たちが王都へ来て数日のうちには知らされていたのだそうです。
「アンナベッラが呼ばれる前に、何人か引き合わせた令嬢はいたようだ。だが皆1度きりで次に呼ばれることはなかったらしい」
どうしてなの?私とその方々と何が違うと言うのでしょう。今までに5回殿下とはお会いしたけれど、挨拶以上の会話をしたことはないわ。いえ挨拶をしたのは私だけよ。殿下はちらともこちらを見ないで「ああ」と言ったか言わないか、つまり私のことなど全く関心がないのよ。
なのにどうして私だけ――
他の候補令嬢を後押しする作戦はなくなってしまったわ。
こうなったら、新たな候補を私自身が見つけるしかないわね。とは言っても候補者を探すどころか、私にはお友達の1人すらいないじゃない。悪女だからお友達が欲しいわけではないけれど、同年代の方々と知り合う機会は必要だわ。
◇◇◇
バルラガン先生の授業が終わったタイミングで、侍女が伝言を運んできました。初めて見る顔だわ。
「ルナトゥリーナ様、本日王妃殿下よりお茶をご一緒するようにとのことでございます」
王妃様には謁見の時にお会いして以来になります。何のお話しかしら。
「光栄でございます。有難くご一緒させていただきますとお伝え下さるかしら」
「かしこまりました。後程お迎えに参ります」
今のは王妃様の侍女ね。彼女の表情からでは用件はまるでわからないわ。
第一王子殿下もおいでになるのかしら。そうね、来ていただいた方が都合がいいわ。私たちがいかに気が合わないか、王妃様に知っていただけるもの。
その後の予定されていた授業も恙なく終わり、いよいよ王妃様とのお茶会の時間です。
どうしてかしら、後になってこの日のことを思い出しても不思議に思いますが、この時の私は全く緊張と言うものをしていませんでした。王妃殿下のお茶会に招かれたのよ?他にどのような方が招かれているのかもわからず、助けて下さるお母様もいらっしゃらない、他に頼る方もいないという状況で、よく平気でいられたものだと、少し呆れてしまいます。もしかしてこれが悪女というものなのかしら。
どのような方が相手であれ決して動じることなく、常に自分のままでいること。これは決して簡単なことではないはずです。全てに於いてこれが許されているのはシエルラッドでたったひとつの家だけですから。
さて、今からその方々とお会いするわけです。
案内されたのは、サロンではなく温室でした。秋も深まった今の季節には不釣り合いな、優しい春色の花々が咲き誇っています。なんていい香りがするのかしら。素晴らしい温室だわ。
王妃様の隣に若い令嬢が座っていらっしゃいます。
いいえ違うわ、令嬢などではなくて。
あの方はきっと、モニカ王女殿下ね。
初めてお会いすると言うのに、肌がピリピリとしてくるのがわかります。本能が告げている、とでもいうのかしら。
(王女殿下は悪女だわ。)
「お待たせして大変申し訳ございません。ご招待に感謝致します」
スカートを両手で持ち、1番丁寧なお辞儀をしました。
王妃様は今日もにこやかに出迎えて下さったわ。
「いいのよ、お勉強だったのですもの。どう?少しはここでの生活にも慣れたかしら?」
「はい、素晴らしい先生をつけて下さったことに感謝しております」
これは事実。
「ふん、いつまでも立っていないで座ったらどうなの?」
ああ、やはり王女殿下は悪女なのね。初めてなのにわかるわ。これが本物の悪女と言うことなのね。
「モニカ、そのような言葉遣いはよしなさいと言っているでしょう。
アンナベッラ座ってちょうだいね。今日は娘に会わせようと思ってあなたを呼んだのよ」
やはり王女殿下で間違いなかったわね。まずはご挨拶を。
「初めてお目にかかります。ルナトゥリーナ家のアンナベッラでございます」
「知ってるわ。だから早く座りなさいよ、いつまで見上げさせるつもりなの?首が痛くて仕方ないわ」
私はまだ背が低いから、椅子に座っていらっしゃる王女殿下とはほとんど目線は変わらないわ。見下ろしているつもりなどまるでなかったし、殿下も目線をちろとしか上げていないように見えるけれど、そう!これが悪女の受け答え方なのね!
「大変失礼いたしました、ご一緒させていただきます」
側にいた侍女の1人が椅子をひいたタイミングで、お2人の向かいの席につきました。
「本当はね、ダミアンも呼びたかったの。でもあの子ったら熱を出してしまって」
お気の毒に。第二王子殿下はお身体が弱い方なのかしら。
「どうだか。来たくなくて嘘をついたのではなくって?」
ふんと鼻で笑った王女殿下はクッキーをつまむと、ぱくりと口に入れました。まあ!ひと口で召し上がったわよ。
「なんてことを言うのモニカ。ダミアンが赤い顔をして辛そうにしていたというのに」
「あら、本当でしたの?あの子でも熱を出すことなんてあるのねえ」
そう言ってケラケラ笑っているところを見るに、病弱な方というわけではないみたいね。
「ねえあなた、そのドレス似合っていないわよ」
えっ?
王女殿下から突然思いもよらぬ言葉をかけられて、返答に詰まってしまいました。悔しいわ、今までこんなこと1度だってなかったのに。
「残念でございます、私は気に入っておりますのに」
今日のドレスは暗緑の天鵞絨に黒いレースを乗せた、大層美しいノラの作品です。マダムエランのドレスを否定されることは、ルナトゥリーナを否定されるようで悔しさが込み上げてきました。
「モニカ、その言い方はよくないわ。でもねアンナベッラはもう少し明るい色の方が似合うと私も思うわよ」
王女殿下の直接的な視線とは違い、優しい笑顔の奥に潜む得体のしれない恐ろしさを含んだ王妃様の瞳には、少し恐怖を憶えてしまいました。ここで反発し続けるのは賢い悪女のやり方ではなさそうね。
「そうでしょうか、アドバイスをありがとうございます」
「ええ、参考にしてちょうだい」
はっ!
王女殿下はごく淡いペールピンクのドレスを着ていらっしゃるじゃない。私の大好きな色よ。それなのにひと目で悪女だと気がついたのはどうしてかしら。それどころか今の今までドレスの色など気がついてもいなかったわ。
悪女を悪女たらしめんとするのは、見た目ではないのね。ああ大変勉強になったわ。今日学んだ全てのことよりもためになったわ。
6.悪女に重要なものは外見よりも、本人の醸し出す空気である
王女殿下を手本にすれば、私はより一層完璧な悪女になれるのではないかしら。私にもひと目で悪女だと思わせる力がついたら、その時にはお気に入りだったドレスをまた着てもいいのね。
「王女殿下、目から鱗が落ちたようでございます。殿下にいただきました助言を有難く実行させていただこうと思いますわ」
上位の悪女には敬意を持って接しなければね。私はまだまだ未熟な悪女なのですもの。
けれど王女殿下ったら、どうしちゃったのかしら?先程までの2倍は目が見開いているわ。それどころかぽかんとお口を開けたまま私を見ている。何か変なことでも言ったかしら?言ってないわよね。
ぷっ!
「あなた面白いわね。あなたがお兄様の婚約者になるのも悪くないわ」
ど、どういう意味かしら?面白いと言われたのは初めてだわ。これは褒めて下さっているの?それとも侮辱なの?でも「悪くない」って仰っていると言うことは――
「ふふふ、モニカはアンナベッラのことが気に入ったようね」
私の思考を遮った王妃様のお言葉で、どうやら侮辱ではなかったことがわかって安心したわ。婚約者云々の部分はさておき、王女殿下に認めていただけたことは光栄なことね。
「あなた、名前で呼んでいいわよ」
まあ!お会いした初日でお名前を呼ぶお許しまでいただいたわ。今の会話のどこで私のことをお気に召すポイントがあったのか、まるでわからないけれど、悪女を学ぶとてもいい機会ね。
「光栄でございますモニカ様、私のこともどうぞアンナベッラと」
「ええアンナベッラ。私のことを友達と呼んで構わないわ」
すると王妃様が突然拍手をなさって。
「あらあら、今日はモニカに初めてお友達が出来た記念日ね」
なんですって?ますますモニカ様は私の理想とする悪女そのものだったってことね。
悪女は美しく孤高で気高い存在なのですもの。てっきりモニカ様はお取り巻きを何十人も引き連れていらっしゃるものとばかり思っていたら、私が初めての友達ですって?
こうして王都で初めてのお友達ができました。
うーん、でもモニカ様を第一王子殿下の婚約者にお薦めすることはできないし、これからも他の方を探す必要はあるわね。




