第11話
お化粧を済ませ、髪を整えて真新しいドレスに袖を通しました。ノラが仕上げたばかりのワイン色のドレス。これも初めて着る色だけれど、どうかしら?似合っているのではなくて?
「お嬢様はどんな色でも着こなしてしまわれますね」
鏡を一緒に覗き込んでいたイルマと目が合いました。
「ふふ、そうだと嬉しいわ」
「行って参りますお父様」
書斎に寄って、お父様にご挨拶を。
「ああ、気を付けて行きなさい。私も午後から登城する。帰りは一緒に帰ろう」
「はい。お父様もお気をつけて」
イルマと馬車に乗り、王宮へと向かいます。
「何人いるのかしら?」
「何人?と仰いますと?」
口の横に右手を当てて、少し前のめりにイルマへ顔を近づけます。
他に誰がいるわけでもないのに、つい声を潜めてしまっておかしいわね。
「候補の方よ。こ・ん・や・く・しゃ・こ・う・ほ」
これから毎日王宮に呼び立てられて、特別な教師から教わるのです。私は今まで誰かと一緒にお勉強をしたことがなかったから、少しだけ楽しみでもあるわ。悪女の噂を広めるいい機会でもあるし。
「そうですね――申し訳ございません、私には全く見当がつきません」
「いいのよイルマ。私にも全くわからないわ。でも気にすることはないわ、もう間もなくわかるのですもの」
あと1時間もしないうちに候補の方々とお会いするのですもの。こんなことで申し訳なく思う必要はないのよ?イルマ。
「そうでしたね。お嬢様より優れたご令嬢がいるはずもございませんが、どれほどのご令嬢が集められているのかは気になりますね」
「私は悪女だからお仲間を作りたいとは思わないけれど、ただ漠然と候補から外れることを願うよりも、どなたか1人を後押しする方がよいかしら、と考えているのよ」
お1人に絞って、さりげなく協力して差し上げたら早くに結果が出ると思うのです。我ながらいい考えだと思うわ。
「お嬢様は大変お優しい悪女でございますね」
また目を細めて笑っているわ。最近のイルマったらすぐこの顔をするのだから。
「あら優しいのではなくってよ。だって石像の婚約者なんてちっともいいことないじゃない」
「石像?」と不思議そうに首をかしげるイルマが楽しくって、くすくすと笑っている間に馬車は王宮の門を通過していました。
「おはようございます。ルナトゥリーナ侯爵令嬢お待ち申し上げておりました」
馬車を降りると恭しく頭を下げた男性に出迎えられました。身なりからして従僕のようです。
「おはようございます」
「お部屋へご案内致します」
軽い挨拶をお返して先へ進みます。大事なことですのでもう一度言いますが、使用人をぞんざいに扱うことはルナトゥリーナ家の一員として許されないことなのです。悪女は疎まれたり避けられる存在ではいけないわ。
5.悪女は権力を振りかざすことはしない
(4)と重複する内容ではあるけれど。
私は高位貴族の娘。ルナトゥリーナ家より上にあるのは王家と三公爵家のみです。その絶対的身分があるのですもの、自ら振りかざさずとも周囲が私を高位貴族として扱うのは当然でしょう?
悪女は無駄なことはしないのよ。
通されたお部屋はとても広く、重厚ながらも季節の花がいくつもの場所に飾られていて、若い令嬢の教育のために設けられた場所だということが感じられました。
まだどなたもいらしていないのね。よく考えたら王宮に入ってからすれ違う馬車はなかったし、降りる時にも近くに他の馬車は停まっていなかったわね。けれど、そろそろお約束の時間のはず。案外と皆さん時間にルーズなのかしら。
中央に置かれた大きな丸いテーブルに近づくと、従僕が椅子を引きました。続いてイルマが持参したペンやインクを並べていきます。
「侍女の方はどうぞこちらをお使い下さい」
従僕が指し示した先は、柔らかな陽射しが差し込む窓の近く。向かい合わせでソファーが置いてあって、お茶の道具も並べてあります。まあ!なかなかの高待遇ね。
「お嬢様、私はあちらを使わせていただきます。御用がありましたらいつでもお申し付けくださいませ」
「ええ、わかったわ」
てっきり別室を用意されていると思っていたけれど、侍女も同室が許されるのね。大きなソファーが置かれているところを見ると、少なくても5~6人は候補者がいるようだわ。
◇◇◇
「おはようございますルナトゥリーナ様。では前回の続きから始めましょう」
「おはようございますスペリティ先生。よろしくお願いします」
王宮で学び始めて5日が経ったわ。今日もこのお部屋には私1人。どういうことかしら?
てっきり候補者全員で学ぶものだと思い込んでいたけれど、お1人ずつ別室で学んでいらっしゃるのかしら。それとも私が遅れて参加したから、他の方に追いつくまで個別授業なのかもしれないわね。
それにしても昼食の時にも一度も顔を合わせないなんてことがあって?表面的にはライバルと言うことなのでしょうけれど、なんだか不自然な気がするわ。
~~~~~
「今日はここまでに致しましょう。ルナトゥリーナ様はエリシヴィン語の基礎は身についていらっしゃいますね。次回より難度を上げて参りましょう」
「わかりました」
エリシヴィン王国はシエルラッド王国の東部・カレスティア辺境伯領と国境を接する国です。国の規模で言うと小国と言っていい国ではありますが、豊かな地下資源を有しており好戦的な面も持ち合わせています。歴史を振り返ってみても、シエルラッドと友好的とは言い難い国のひとつではあるかしら。
そのエリシヴィン王国を含めてシエルラッド王国と国境を接する国は5つ。そのうちのカシーク王国とクロシーク王国はカシーク語を話しますから、私が習うことになった言葉は周辺国の言語4つになります。
カシーク王国はシエルラッドと最も友好な国で、貴族子女が1番先に習う外国語でもあります。私もカシーク語は何年も勉強してきたわ。
でもそれ以外の言葉は挨拶と簡単な単語までしかわかりません。陸の国境がないルナトゥリーナ領ではさほど必要ではないのですもの。
そんな言い訳は不要ね。せっかくの機会です。しっかりと身につけてみせるわ。語学堪能な悪女なんて素敵じゃない。
授業が終わって、イルマがテキパキと片づけを済ませてしまったのに、こうしてのろのろと考え事をしているのは何故か。
昨日までは5つあった授業が、今日は4つで終わってしまったの。もっと続けていたいのに。今日に限ってはあと2つは受けたい気分よ。
「ルナトゥリーナ様お迎えに上がりました」
ドアの前でにこやかな笑顔を浮かべているのは、第一王子殿下の従者であるカレスティア卿。
今からの時間は殿下とのお茶会なんだそうです。週に一度設けられた避けられない場。
「わかりました、参りますわ」
気が乗らないまま、カレスティア卿の案内でサロンへ向かいます。
そうね、せっかくですし彼に聞くのがちょうどよさそうだわ。
「カレスティア卿、ひとつお聞きしてよいかしら」
大袈裟に体をよじって、パンと手を叩いたわ。初めてお会いした時にも思ったけれど、なんだか動作が大きな方みたいね。
「なんなりとお聞きくださいませ。ひとつと言わずいくつでも構いませんよ」
そんなに質問されることが嬉しいなんて変わった方ね。
「ひとつでいいの。他の方も同席されるのかしら?」
あら、なんだか酷く落胆されているようだけれど、何か期待していた質問でもあったのかしら。
「いいえ、お2人だけの席を用意しております」
まあ!何人の候補者がいるのかわからないけれど、第一王子殿下はお1人ずつとの時間を設けていると言うわけなのね。うーん、殿下のことはまだほとんどわからないけれど、殿下の希望とは思えないわ。とすると陛下か王妃様のご指示なのかしら。お忙しい身でしょうに大変ね。せめて私とのお茶会はできるだけ短く切り上げて差し上げましょう。
ああ!私気がついてしまったようだわ。
今日は金曜日です。殿下とのお茶会は週に一度同じ曜日に決められていますから、候補者は7人いるのではなくて?私は金曜日担当、というわけね。
◇◇◇
「ねえカレスティア卿、他の候補者の方はどちらにいらっしゃるの?」
しびれを切らしてしまって、第一王子殿下とのお茶会へ向かう途中でとうとう聞いてしまったの。この際だから、どこの家門の令嬢なのかもとことん聞いてしまおうと思って。
なのに、とんでもない答えが返ってきたのよ。その時私がどれほど驚いたのか、そうね例えば目の前でかぼちゃが馬車になったとしても、あの時ほどは驚かないと思うわ。卿がなんと言ったと思って?
「はい?候補者?でございますか?」
「ええ、私がこちらへ来てもうひと月になるわ。なのにまだ婚約者候補のどなたともお会いしたことがないのよ。そろそろご紹介下さってもよいのではなくて?」
「ルナトゥリーナ様、第一王子殿下の婚約者候補はルナトゥリーナ様お1人でございますよ」




