一騎打ち
(何だこの展開…)
再交渉から数日後。
連合の軍勢から離れて歩を進めながら,シャルルは不快感に耐えていた。
かなりの距離を置いて正面には帰還者の軍勢。そしてそのかなり手前には,ミリアが立っている。
帰還者との交渉を終えて一同が連合へ戻ってから二日後。返答の手紙は帰還者の進軍開始の報とほぼ同時にもたらされた。
それは果たし状だった。龍戦士どうしの一騎打ちで雌雄を決しよう,そちらが勝てばそれに従うがこちらが勝てばこの話は無しだ,とそれには書いてあった。
本気でやりあえば少なくともどちらかが死ぬ。悪くすれば両方とも死ぬ。最悪両軍全てが消滅してしまうかも知れない。全滅も辞さない強硬派の主張に結論が流れてしまった事は,少なくともエリィにとっては苦痛となっているはずだ。
だがシャルルは別の次元でも不快を感じていた。シャルルとミーネの対決は,彼が駄作として忌み嫌う新訳の展開なのだ。
もっともそちらのミーネはまったくの民間人で,当然ながら素のままではシャルルに敵わない。しかし敵軍に連れ去られた彼女は,人質の役割込みの生体中枢ユニットとして決戦兵器に搭載され,戦場で絶望的な再会を果たしたのだ。
(く…っ)
もしかしたら彼女は,新訳まで見ているのかも知れない。そして自分と同じくそれを駄作と斬り捨て,原典のミーネとして生きようとしていたのかも知れない。
だがだとすれば,この展開こそ最も避けるべきだったのではないか。
「これはどういう事だ,ミーネ…」
歩みを止め,ミリアと対峙してシャルルは言う。
「もはや後戻りはできぬ,という事さ」
「言うな!」
ミリアの台詞に新訳の言い回しを感じてしまい,シャルルはそれを台本に無い言葉で制する。
「龍戦士どうしの戦いが何をもたらすか,お前も知っているはずだ!こんな馬鹿げた事は…」
「言うな」
同じ言葉を返すミリア。
「既に我らの手は血で汚れているという事さ。ここで矛を収める事は,すなわち生きるための抵抗をやめるという事…帰還者はそう結論した」
「馬鹿な!部外者の俺たちにはできない事でも,お前ならその結論を変える事ができたはずだ!決してそれは総意ではないだろう!?」
「それが,より追い詰められた者たちの側に立った決定というだけの話だ」
「…!」
確かにそれはそうだ。もし帰還者の中で投降後の処遇に差が出るとすれば,厳罰となるのは間違いなく強硬派なのだ。戦争を主導してきたのだから,その責任を取らされるのが世の常だ。
もともと同じだった立場は分かれた。たまたまより力を強く受け継いでいたがゆえに,もともとは仲間の苦境を何とかしようとしただけなのに,引き返せなくなってしまったのだ。ミリアを先頭に立たせていなければ自分たちが矢面に立つ,そんな彼らの恐怖が彼女の退路すらも断ってしまっている。
「絶対にそんな真似はさせない!アリシアは…いや,エリィが!お…」
「もはや言葉を重ねる段階では無いよ」
俺が,と言いかけたシャルルを手で制し,ミリアが言う。
「決定は覆らぬ。我らは力で押し通る事を選んだのだ。文句があるなら力で止めるのだな」
臨戦態勢をとるミリアの両手に出現する双朧花。
「力無き理念は夢想に過ぎぬ」
「く…」
さすがにそれには異論を差し挟む余地は無い。
「心配はするな」
そこでミリアがふっと笑みを漏らす。
「なに…?」
「お前が私を倒せばそこで終わりだ。残った者は強者に服従する。二人にもそう言い聞かせてあるから,途中で横槍を入れて来る事も無い」
「…!」
ハッとしたシャルルは,ちらりと二人に視線を向ける。
その可能性を失念していた。帰還者には確かに後が無く,なりふりを構っている余裕も無い。ともに伝説の候補者として,少なくとも素質的な面では伯仲しているはずの二人が戦えば共倒れの可能性も高いのだから,そこで貴重な戦力を浪費してしまいたくなければ袋叩きにすれば良い。
一騎打ちなどと言わず,いや,周囲への被害を考えるならばこうやって一人だけを誘い出して龍戦士全員でかかれば良いのだ。
連合には自分以外の龍戦士は居ないのだから,それが最も効率的な方法のはずだ。
「全く心配していなかったとはな…フ,つくづくお人よしだな,シャルル」
笑みを浮かべたまま肩をすくめ,小さく溜息をついてミリアは言う。
「ここで策を弄するような奴は,ミリアを名乗ったりはしない」
ムッとしてぶつぶつとつぶやくシャルル。
「!」
それで目を丸くしたミリアは,今度は悲し気に笑う。
「貴様は…シャルルを名乗るにはいささか純情に過ぎるようだ」
「く…っ」
お前はミリアそのものだな,それも新訳の,と危うく口に出そうになってシャルルは言葉を飲み込む。その結末までなぞらせるわけには行かない。
しかし状況は新訳を彷彿とさせるほど絶望的だ。
手加減ができる相手ではない。だが龍戦士の力を使う事には破滅的な危険がつきまとう。しかし後の無い彼女はそれを使う事も躊躇うまい。
(何か手は無いのか…何か!)
ごく単純に考えて,龍戦士の力を使わずに全力の彼女を無力化するのが最良なのだ。しかし勿論そんな事は不可能だ。
「ゆくぞ!」
掛け声もろとも,鋭く突き込んでくるミリア。
「く!」
騎士の剣を出してそれを受けるシャルル。
「フフ…やはりこうなる宿命だったという事か。桜花も哭いているようだ」
「馬鹿な…!そんな事は伝説の武具だって望んじゃいない!それを変えるのが現在を生きる者の…」
「もはや感傷は不要!」
短く叫び,ミリアは桜花で騎士の剣を撥ね上げてそこへさらに突き込んでくる。
「ちぃ…っ!」
自分からそちらに話を振っておいてどの口が言うか。そう思いながら体を捻ってそれをかわし,シャルルは続けざまに繰り出される突きを防ぐ。
(余裕をかましている場合か!)
頭の中に大尉の叱咤が響く。
(解っている!)
言われなくともそんな事は承知の上だ。
ミリアが龍戦士の力を込めて一撃目を放っていたら防ぐ間もなくやられていたかも知れない。そんな機会を与えずに倒してしまうのが最良の方法なのもよく解っている。
一撃だけと割り切ってこちらが龍戦士の力を注ぎ込み,それで決めてしまえるなら被害は最小限になるはずだ。
しかし防がれてしまえば,いよいよ引き返せなくなる。最低でもどちらかが斃れるまで全力でぶつかり合うしかなくなる。
だからこそ,一撃目にそれを持って来なかったミリアがまだ引き返せる余地を残していると思えてしまうのだ。
(相手の調子に乗せられてどうする!)
(お前にも感じられるはずだ!)
言い返すシャルル。ミリアの攻撃にはまったく殺気が感じられないのだ。
(それが甘いと言うのだ!策でないとどうして言い切れる!)
(策だったとて,こちらを倒すためのものとは限るまい!)
頭の中で怒鳴りながら,シャルルはミリアの突きを弾く。
打ち合ってみて確信したが,正直なところ,余裕は決して少なくはない。どうやら漆黒将軍との対峙の時とは立場が逆になっているようで,覇王流をそれなりに修めた今の自分は素人のミリアの攻撃を苦も無くしのげている。
かつての自分は圧倒的な実力差に打ちのめされ,逃げ場を無くして最後の手段に出ようとしていた。ミリアが同じ状況に置かれているとすれば,クーラが懸念するようにいつ最後の手段に訴えてもおかしくはない。しかし今のミリアには,それにしては悲壮感というか,そういったものが感じられないのだ。
やはり技量の差は大きく影響する。シャルルはそう結論し,ミリアの攻撃を大きく弾き飛ばすと,流れるような動きで彼女の首筋に剣を寸止めする。
「うっ…」
「もうやめよう。龍戦士の力に大きな差が無い限りは,身に付けた技量の差が物を言う」
「馬鹿め,みすみす好機を逃すとはな」
にやりと笑って後ろへ跳び退るミリア。
「…っ!」
その笑みがひどく悲し気に見えて,シャルルは言葉に詰まる。
「確かに直接戦闘ならば,素人の私が手練れの貴様に勝つことは難しいだろう。だがな…」
「!」
小さな音とともに,ミリアの鎧の後ろから無数の小さな物体が飛び出した。
「私は魔法の方が得意なのだよ」




