親の自負
「あの夜にも言ったはずだ。俺は何がどうなっても彼女の側だ,とな」
エリィの傍へと歩み寄り,彼女を護るようにその斜め前へと位置してきっぱりと言い切るシャルル。
おぉ,と声が上がる。
「ちょ…っ,シャルル」
ぼそぼそとエリィがつぶやく。
「いくら何でも…」
「…なぁに」
口許に自虐の笑みが浮かんでしまうのを不可抗力と諦め,小さくそれに答えるシャルル。
「伝説の龍戦士の力を以てすれば,国の一つや二つどうとでもなるさ。ノーブルもそう言っていただろう?」
あの頃の自分はトカゲにすらやられるなんちゃって龍戦士のはずだった。伝説に祀り上げられる事を恐れ,ただエリィの傍に居る事をのみ望み,しかし自らの力不足ゆえに,そのエリィが世界を相手に大立ち回りする事を何の脈絡も無しに思い描いて杞憂同然に不安視した。
だが今や,それらは全て現実のものとなってしまった。自分は伝説を背負う事となり,エリィはアリシアの妹姫で,帰還者も帝国も,そしてアリシアまでも相手に取って自分の生き方を貫こうとしている。
荒唐無稽に思えたノーブルの言葉は,今にして思えば現実的な対応策に過ぎなかったのだ。ただこちらのあり得ないとの思い込みを隠れ蓑にしていただけだったのだ。
「う…」
複雑な表情でエリィがちらりとノーブルを見る。
「そのあたり,妹姫殿はいかがお考えかな?」
シャルルの自虐を不敵と,エリィの複雑な表情を板挟みのゆえととったのか,ミリアはすかさず言葉を挟む。
「わ,私は…」
困ったように口を開くエリィ。
「そんなに深く知っているわけじゃないけど,ユー…姉様は約束を違えるような人じゃないと思う…」
「希望的観測はそれで良いさ。問題は違えた場合…お前はお前を信じる事にした帰還者をどうするつもりなのかと訊いている」
容赦なく斬り込んでくるミリア。
エリィからも何らかの言質を取ろうとしている,とシャルルは思う。
それは当然の事だ。妹姫だろうが何だろうがエリィがこれからも一介の冒険者として生きるとすれば,それは結局無責任な立場に過ぎない。帰還者側からすれば最悪の展開はアリシアにもエリィにも裏切られる事なのだ。
(避けられないか…)
今エリィが考え付く範囲で提示できる条件など,一つしかあるまい。
「もし,あの書状に書かれた約をアリシアが,姉様が違えるというなら…」
そして案の定,エリィはそれに言及する。
「私がアリシアを継いででも,間違いなく実現させます」
おおお,と先ほどを上回るどよめきがあたりに起こる。
(…)
いよいよ洒落にならなくなってきた。シャルルは下りの一本道を転がり落ちているかのような錯覚を感じ,密かに溜息をつく。
確かにアリシアをどちらが継いでいくかは先延ばしになっている。だから今のところは,そうする事にも決して大きな労力は必要としない。しかしだからこそ,大した抵抗も感じないままにそちらへそちらへと流されていってしまっているのではないだろうか。
「あ,で,でも…!」
反響の大きさに不安になったのか,慌てて言葉を継ぐエリィ。
「決してアリシアを奪い取るとか,そういう事ではないので…」
「相容れなければ戦うしかないのではないか!?」
近侍の一人が叫ぶ。
(…)
強硬派はおおむねそれに同調しているようだ。場の雰囲気を感じ取りながらシャルルは思う。
「それは…あくまで最後の手段です」
悲し気な表情でエリィが言う。
「これも言うべきではないのかも知れませんが…つい先日アリシア王族と知らされた私には,正直なところアリシアや,その国民たちに深い愛着があるわけではありません」
「!?」
ある意味当然の発言ではあるが,話の流れを無視したとも思えるその言葉に近侍達は動揺する。
「逆に皆さんとは…直に接してきた分だけ,どちらかと言えば身近に感じています」
ですが,とエリィは続ける。
「だからこそ私は,アリシアと戦う事には慎重であるべきだと思うのです」
「な,何を…」
穏健派らしき一人が言う。結論には同意できるものの文脈が理解できない,との困惑が見て取れる。
「帰還者が仕返しをしたという格好になってしまうのは避けたい,という事だよ」
シャルルが口を挟む。
「負の連鎖に嵌って全滅する事も辞さずアリシアへの復讐をしたいのか,それとも安住の地を見つけたいのか…少なくとも,後者にとっては争いは下策だろう?」
それはある意味反応を確かめる言葉でもあった。案の定,近侍達の反応がきれいに二分するのを感じるシャルル。
名軍師,謀略家でもあればこれを望む方へと誘導していくのだろうが,自分には不可能だ。
「ん…?」
そこで不意に訝しげな声を上げるミリア。彼女は視界の片隅でノーブルが肩をすくめたのを見逃さなかったのだ。
「何か言いたげだな…クマルー卿?」
「!?」
場に緊張が走る。ノーブルをほとんど完全にアリシア側の人間として認識しているはずの近侍達にとっては,この展開で言わずに溜めているものなど容易に想像がつく。
「ちょ…ノ…」
ハッとするエリィ。もちろん彼女にとってノーブルはノーブルで,クマルー卿という実感は薄い。だがまさにそのゆえに,彼が此処で割り込む事に嫌な予感がしたのだ。
「承ろう」
しかしそんなエリィを遮ってミリアは言う。
「あまり大した話ではありませんよ?ちょっとしたお小言の類ですから…」
今度は大きく肩をすくめるノーブル。
「構わんよ」
「そうですか…では…姫!このノーブルをみくびってもらっては困ります!」
コホンと一つ咳ばらいをしたかと思うと,エリィに向かって語気を荒げるノーブル。
「!?」
目が点になる近侍達。先ほどのエリィの話など足元にも及ばぬ脈絡の無さだ。
「えっ…え…えぇぇ…?」
嫌な予感は確かに的中したが,やはりエリィも当惑する。
「不肖このノーブル,こんにちこれまで姫を後見し,全霊を傾けてお育てしてまいりました」
しかしそんな事はお構いなしに続けるノーブル。
「姫はその私の生涯最大にして最高の仕事を,いい加減だったと仰るのですか!?」
「ちょ…今それは関係な…」
「大いにあります!姫は素性こそ最近まで秘匿されていましたが,アリシアの妹姫エレーナ様なのです!」
(なるほど,読めた…)
シャルルは,こちらはそれと悟られないように小さく溜息をつく。
要はいつもの手管という事だ。一見何の関係も無いような話題を振って肩透かしを食らわせ,一周回って元の所へ戻るお得意の展開だ。
「う,そ,それは…」
そう言われてしまえばエリィはそれ以上反論ができない。たとえ表面上どれほど胡散臭く見えようが,どこをどう考えてもいい加減としか思えなかろうが,その裏には一つの国家がひっくり返るほどの秘密が隠されているかも知れないのだ。既にその一端が明かされてしまった今,他に何も無いと言い切る事は余計に難しくなっている。
「姫は物事を簡単に考えていらっしゃる!ごく普通に考えて,一介の冒険者がほいほいと女王の椅子に収まれるわけが無いではありませんか!」
「え~…」
あからさまに胡散臭そうな表情をするエリィ。
以前はその気になれば何とでもなると言っていたではないか。事実それを認めさせられるだけの裏が隠れていたのではないか。その仕掛け人が今更何を言い出すのだろう。
「ですから…姫がその常識を覆せるとなれば,それに見合う仕込みを私がしていたという事になりますでしょう?」
ニヤリと笑うノーブル。
「!」
なるほど確かに常識で考えれば,ノーブルの育て方がいい加減であればあるほど自分は女王に相応しくなくなるという事にはなる。
「そ…それは…そぅ…なの…?」
理屈はともかく,折り合いのつかない感情が抑えきれずにエリィの顔に出る。
「そうですとも!だからこそ,見くびってもらっては困ると言うのです。不肖このノーブル,姫をユーリエ様に匹敵するところまで育て上げる事ができたという確固たる自信があります」
(…)
ある意味,エリィの豊かな感情と変化に富んだ表情はこれに育てられてきたのかも知れない。また小さく溜息をつくシャルル。
「で…それがどうこの話の流れと…」
「いけませんね,姫」
チッチッと指を振りながらノーブルは言葉を繋ぐ。
「姫がユーリエ様に匹敵するとは,つまりユーリエ様も姫に匹敵するということ。姫を信じられると言うのなら,ユーリエ様も信じて頂いて何ら問題は無いと,後見役のこの私が断言しましょう」
「…!」
いつもの事で慣れている”風”の面々とは違い,大きく動揺する近侍達。
(逆に言えば,女王を信じられないならエリィも信じるなという事になるな)
だがやはり,彼にも誘導する気はないらしい。シャルルは三度溜息をつく。
「なかなか…愉快な御仁のようだな?クマルー卿」
苦笑するミリア。しかしノーブルはすかさず口を開く。
「なんの,私はただ真摯に,誠実に向き合っているだけですよ」
「何だと,そのふざけた態度のどこが…」
「なればこそ,です」
激高しかけた近侍に再び肩透かしを食わせるノーブル。
「これが私の素で,そういう環境の中で姫は育ってきたという事です。ぱっと見いい加減にも見えましょうし,それは交渉を望む方へ誘導するには不利な条件となりましょう。しかし,敢えてそれも包み隠さず示したうえで,より公平に判断して頂かねばなりますまい?」
「…」
ざわざわとざわめく近侍達。
「なるほど。あとはこちらが信じるかどうか,か…」
もう一度苦笑して,ミリアは言葉を継ぐ。
「よかろう。そちらの言い分は全て承った。こちらの返答は追ってする。今日はこれまでとしよう」




