昔と今とこれからと
「秘密…だと?」
ミリアはエリィの発した言葉を聞きとがめる。
「つまり,そちらはまだ何かを隠しているという事なのか?」
ざわざわとざわめく近侍達。
「その…何と言ったらいいのか…」
「その話の前に,もう一つ確認しておきたい事がある」
そこでシャルルが割り込む。
「フ…大尉風情が」
「え…?」
驚くエリィ。何の脈絡も無い,突然の無礼な行動だというのに,ミリアが目を細めて笑ったのだ。しかも口にした言葉はまったく理解できない。
しかし原典を知る二人の間では,それは確かな共感を生み出す内輪ネタだ。
もちろんこれは,近侍達の間に芽生えそうになったエリィへの不信から目を逸らすための策でもある。
「言ってみろ,聞いてやる」
無礼を咎めようとでもしたのか,身を乗り出そうとした一人の近侍を手で制して,ミリアは言う。
「お前たちは今のままの帝国と手を携える…共存するつもりはあるか?」
「それを訊いてどうする?」
「もしそうなら,交渉はここでおしまいという事だ」
「ほぅ…」
ざわざわとざわめく近侍達。
「今のまま,とは?」
「妖魔を擁し,邪神の復活を目論む」
「なるほど。ありきたりな言い方をすれば,闇の側の帝国に我らが同調するなら戦うしかない,という事だな?」
無言で頷くシャルル。
「では,帝国がそれを改めるとすれば?」
「少なくともアリシアは,戦いをやめ帝国との共存の途を模索する。だからお前たちがそんな帝国と手を携えるというなら,アリシアはやはり共存の途を模索するだろう」
「ほぅ…」
ちらりと視線をノーブルへと向けるミリア。ノーブルは静かにそれに頷いて見せる。
「つまり…先ほどそちらの女王役が口にしようとしていた秘密は,連合の勝利を危うくする可能性があるという事だな?」
「そうだ」
「では…もし我らがお前たちを信用できず,その情報を帝国に売るとしたら?」
「…!」
ハッとして悲し気な表情になるエリィ。
それをちらりと見てから視線をミリアに移し,シャルルは静かに,しかし力強く言葉を発する。
「それはお前たちがエリィの敵に回るという事だ。同志になる事は強要しない。だが敵になるなら…その時は”流星”が全身全霊を以て相手をしよう」
そこで圧をかけるシャルル。
「う…っ」
もっともその影響を受けない立場と状況にありながら,それでもエリィが呻く。
「フ…そうきたか」
直にそれを向けられた近侍達がともすれば意識を失ってしまうような圧の中,しかしミリアはまるでそれに心地良さを感じてでもいるかのように笑みを浮かべると,言葉を継ぐ。
「良いだろう。”流星”がそこまで言うのなら,秘密だけは守ってやる。それを信用するかどうかは別として,な」
「感謝する」
それだけを答えて近侍達を圧から解放すると,シャルルはエリィを促す。
「あの…」
しかしエリィの歯切れは悪い。
「どうした?まだ何かあるのか」
「その…実はちょっと,これを言ってしまうのは卑怯かな,と思う所もあって…」
「!」
ハッとするシャルル。なるほど,確かに言われてみればそうかも知れない。さすがはエリィだ,などと率直に共感する。
「卑怯…?」
「その…えぇと…」
「ミーネ」
そこでまた口を挟むシャルル。
「あの晩の俺の言葉を心に留めておいてくれ,という事だ」
「なに?」
「目の前の彼女を見て判断して欲しい。今,本心から公平でありたいと願っている彼女のありのままを」
「…良かろう」
頷くミリア。
「それじゃ…あの…実は…」
それでようやく決心のついたエリィが,しかしそれでも控えめに言葉を紡ぎ出す。
「その…私もつい先日聞かされて,まだ信じられないところも大きいんですけど…」
「…」
無言で次の言葉を待つミリア。エリィは周囲の近侍達を見回してから,さらに控えめに言葉を継いだ。
「アリシア女王ユーリエ様は…私の双子の姉なんだそうです」
「!?」
場に激震が走る。それもそのはずだ。竜騎兵団の末裔である近侍達にとってユーリエは忘れ得ぬ名前の一つだが,その双子の妹が誰であるかなどは言うまでもない事なのだ。
「ほぅ…ではお前の名は…」
その中にあって一人平静を保つミリアが,ある意味で近侍達への追い打ちともなるような言葉を発する。
「エリィは実は通称で…本名はエレーナ,なんだそうです…」
ある意味で申し訳なさそうに,上目遣いでぽつりと言うエリィ。
「なるほど…しかし何故そんな手の込んだ真似を?」
「そこは私から説明させて下さい」
そこへノーブルが口を挟む。しかし近侍達には,もはやそれを咎めるだけの心の余裕は残っていない。
ミリアが小さく頷いたのを確認して,ノーブルは言葉を繋ぐ。
「ハイアムの過ちを繰り返さぬ為に,アリシアは双子姫が生まれるたびにユーリエとエレーナの名をつける事を決めたのです」
「ふむ…」
「ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが,もともとエレーナ姫は市井に降りて慎ましく日々を過ごされる事を望んでいらっしゃいました。野心に溢れた当時のアリシアがその運命を捻じ曲げ,結果として彼女を不幸な結末へと追い込んでしまった…」
比較的早く落ち着きを取り戻した近侍が何事か反論しようとしたのを視線で制し,ノーブルはさらに言葉を重ねる。
「あの不幸な戦いの元凶が何であったかはともかく…アリシアはそれを悔いたのです。だからこそ歴代のエレーナ姫は生まれてすぐに市井へ降りる事になりました。そのエレーナ姫が幸せと平和のうちに人生を全うできる国にしよう,それがアリシアの願いだったのです」
ざわめいていた場はすっかり静まり返っていた。
「めぐり合わせというべきなのかな。幾星霜を経て帰還をしてみれば,そこにはエレーナとシャルルの名を持つ者が居た…」
苦笑交じりにミリアがその静寂を破る。しかしそれを遮るエリィ。
「で…ですからそこは!昔は昔,今は今なんです!」
エリィの言葉に再びざわめく近侍達。しかしそれには構わず,彼女はさらに言葉を繋ぐ。
「いくら同じ名前でも,私は別人です。だから…先人たちの意に添いたいというのも,あくまで私の思いです!だから…」
うまく言葉がまとまらなくなり,詰まってしまうエリィ。
「だから,目の前の彼女を見て信じるかどうかを決めてくれという事なのさ。結局はそれしかない」
そこで再び口を挟むシャルル。
「過去は確かに重い。蔑ろにもできない。だがお互いに,生きているのは現在で,大事なのは未来だ」
「き…詭弁を!」
「まぁ…詭弁と言うか,無責任な発言なのは解っているつもりだ」
思わず叫んだ近侍の一人に苦笑して見せてシャルルは続ける。
「だがそれは動きようの無い事実だ。結局は俺もハイアムのシャルルとは別人だ。過去の経緯に多少の同情を感じるとしても,俺に大事なのは現在と未来なのだ」
「お前はともかく,その女はアリシアの血筋なのだろう!?」
「だからこそ,先ほどああ言ったのさ」
予想通りの反応で助かる,と内心で苦笑しながらシャルルは言う。
「血筋が事実かどうか…それもまぁ信じるかどうかはそれぞれとして…」
「流星殿,そんな身も蓋も無い…」
即座に抗議するノーブル。しかしそれは表向き抗議の体裁をとっているだけで,その実援護射撃だ。
「エリィは初めからそれと判ってお前たちに接していたのか?特にあの晩居合わせた者は,その辺りを考えて欲しい。エリィの行動や言葉は,過去への引け目や国の体面から出たものなのか?」
「ぐ…」
言葉に詰まる近侍。
「で…最終的にもエリィが王族とかそういう事は関係ない。目の前に居る彼女自身を信じられるかどうか,要はそういう事だろう?」
「…」
「少なくとも俺は,ただ目の前の彼女と在りたいと思ったから此処に居る。お前たちがエリィを信じられないというならそれでも良い。味方になる事を強制したり,まして従わせようなどというつもりは微塵も無いんだ」
だがな,と言ってまた徐々に圧を強めながら,言葉を継ぐシャルル。
「そんな彼女を,自身も知らなかった過去に縛り付けて従わせようとするなら,それは立派な敵対行為だ」
「う…く…」
圧に締め上げられて呻く近侍。しかしシャルルは不意にそれを解いて苦笑交じりに続ける。
「とまぁ…これも威圧には違いないのでここでやめておくが。要はそういう事だ」
「フン…大した詭弁だよ,シャルル」
ミリアがそこで口を開く。
「しかしな…仮にエレーナを信用したとて,何が変わる?アリシアがエレーナを切り捨てる事がもうないと何故言える?要はそういう事だ」
「…」
言わせたがっているな,とシャルルは思う。
外交交渉の通例など知らないから何とも言えないが,さすがにある程度の覚悟を決めて相手を信用しないと何も決まらない気がする。しかしやはり彼らにとってはアリシアは因縁の相手だ。慎重に慎重を重ねたくなるのも解らないではない。
「もしアリシアがエリィを切り捨てるような真似をするなら…」
ミリアは決して意思の統一がとれているとは言い難い帰還者をまとめあげるために,こちらの言質を欲しがっている。
そう判断したシャルルはミリアの言葉に敢えて乗ってやる事にした。
「それはアリシアがエリィを…俺を敵に回すという事だ」




