望まざる決着
ミリアから放たれた小さな飛翔体たち。それはシャルルにとってはいまさら何の説明も要らないものであった。
<十二神光雷砲…っ!>
ミリアの声とともに,彼女の前面で円形に布陣していたそれらが回転して順に光を放つ。三通りあった原典での十二神光雷砲の撃ち方のひとつ,連射形式だ。
単発でかわされてしまえばおしまいの斉射形式とは違い,動き回る相手にも対応できて火力もそれなりに維持できる。簡単に言えば回転式機関銃のようなものだ。
「音速の襲撃っ!」
動き回っても無駄だ。瞬時にそう判断したシャルルは反射の魔法で足を保護し,連続蹴りを放ってそれらをことごとく撥ね飛ばす。
「!?」
不意に,背後に脅威を感じるシャルル。反射的に軸足一本で飛び上がると,身体のあった場所へ桜花が突き込まれる。
「ちいっ!」
足場を作ってそれを蹴り,回し蹴りを放って衝撃波を発生させるシャルル。ミリアが梅花でそれを防ぐ間に,再び足場を蹴って間合いを離し,着地する。
「まさか,十二神光雷砲を囮に使うとはな…」
「フ…光雷の連射を蹴りで防ぐような出鱈目に対抗するには,多少なりとも型破りで裏をかかねばな」
飛翔体を呼び戻して自身の周囲に展開させながらミリアが不敵に笑う。
「く…!」
ミリアの次の手はおおむね予想がつく。同一方向からの連射が防がれるとなれば,それを多方向から行えば良いのだ。十二神光雷砲にはその能力が備わっていたし,それを再現しないわけがない。
「どうした?まさかお前までがアリシアの専守防衛を堅持するつもりか?…随分と見くびられたものよな」
「…っ」
(ええぃ!手を下せんというなら代われ!私がやる!)
(黙っていろ…ッ!)
そう心の中で怒鳴って,シャルルは自らもまた飛翔体を展開させる。
「やっとやる気になったか…」
にやりと笑うミリア。確かに十二神光雷砲どうしの撃ち合いともなれば,確実に無傷では済むまい。勝負は一瞬,運任せの部分も大きいはずだ。
「…どうかな?」
だがシャルルのそれには,別の意図があった。
「なに…?」
「…!」
疑問の言葉を口にしたミリア。シャルルはそれで一つの仮説を導き出す。
やはり彼女は原典しか知らない。ミリアが敵としてシャルルの前に現われ,模倣した十二神光雷砲で襲い掛かってきた新訳を知らない。だからこそ,それへの対処として繰り出された十二神光雷砲の四つ目の撃ち方も知らないと推論したのだ。
「残念だがこの勝負,やはりお前に勝ち目は無い。もうやめるんだ」
知っていれば不毛な持久戦になることも容易に想像できるはずだ。ミリアが別の何かを奥の手として持っている万一の可能性に備え,別の防御魔法を展開させながら,シャルルは言う。
「フ…そう言えば私が怖気づく,とでも思ったのか?」
「違うな。蛮勇で身を滅ぼすなと言っている」
「…大した自信だな…」
そのまま,しばし静寂があたりを支配した。
「…ならば見せてもらおう!”紅き流星”の実力とやらを!」
ミリアは叫び,自身の周囲に展開していた飛翔体を不規則な動きでシャルルの周囲へと飛ばす。
<十二神光雷砲ッ!>
鎧の発射装置から飛翔体へと光雷を飛ばしながら,ミリアは桜花を構えてシャルルへと突進する。
予想通りの展開だ。シャルルは短く叫ぶ。
<十二神の盾ッ!>
シャルルの周囲に展開していた飛翔体は,ミリアの飛翔体が反射した光雷の軌道上に素早く動き,それを再び別方向へ反射して,死角からミリアの飛翔体を悉く撃ち落とした。
攻撃の為の攻撃を目的としない,唯一の能動的防御の形式。それが新訳で使われた神の盾形式だ。
「な…っ!?」
短く驚きの声を上げるミリア。
だがもはや彼女は引き返せぬ位置に居た。
シャルルは突き込まれた桜花を避けながらするりと彼女の側面に回り込み,その延髄へと蹴りを叩き込む。
「か…はっ…」
それに意識を飛ばされて,短い呻きを残してその場へ倒れ伏すミリア。
「…っ」
だが狙い通りの結果を得たシャルルはシャルルで,大きな違和感に襲われていた。
ミリアの行動に迷いが無さすぎたのだ。いや,後先をまったく考えていなかったというべきだろうか。彼女は自らの放った光雷の,その射線上に自身を晒すように突っ込んで来たのだ。たとえ自分の攻撃が成功したとしても引き返せぬ位置に居たのだ。
(あり得ない…)
うつ伏せに倒れるミリアのその背中を見下ろしながら,得体の知れない戦慄に襲われるシャルル。これでは良くて相打ちではないか。いや,実際にはこちらが無策に討たれてやったとしてはじめて相打ちではないか。いや,相打ちと表現する事すらおかしいではないか。こちらが何も手を出さなかったとすれば,それは明らかにミリアの自…。
「シャルル!」
「!?」
すぐ近くから聞こえたエリィの叫びが,そこでシャルルの思考を現実に引き戻した。慌てて帰還者の方を振り返るシャルル。
現実問題,首魁を討たれたと見れば残された者たちが暴徒と化す可能性は十分にある。シャルルはまず,エリィの叫びの意味するものとして最悪の可能性を心配したのだ。
しかしその心配は杞憂に終わった。帰還者たちはただ静かにこちらを,事の成り行きを見守っている。
「ミリアさんは…!」
やってきたエリィがミリアの傍に屈みこむ。
「意識を飛ばしただけだ,命に別状はない」
「そう,みたいね…よかった」
ほっとするエリィ。
まだ何が起こるか分からない,危険だからもうしばらく下がっていろ,とシャルルが言う前に,エリィはミリアを抱き起こして背後から活を入れる。
「うっ…む…」
短く呻いて,そして目を開けるミリア。状況に驚いた彼女は,すぐさまシャルルを睨めあげて言い放った。
「これは何の真似だ,シャルル」
「何…?」
彼女が何を言いたいのかくらい百も承知だが,敢えてシャルルはとぼける。
「真剣勝負のはずだぞ!命のやりとりのはずだ!なぜ寸止めなど…」
「俺がシャルルで,お前がミーネだからだ」
下手な説明は要らない。彼女にはそれだけで十分だ。新訳の事などなおさら不要だ。ぴしゃりと言い放つシャルル。
「…」
目を丸くして絶句して,それから怒ったようなはにかんだような何とも言えない表情を浮かべて,最後に溜息をついて,ミリアは口を開いた。
<やはりお前…童貞だな?>
「なっ!?」
今度はシャルルが目を丸くする。
「え…何…?」
いや,それは突然自分の理解できない言葉を聞かされたエリィも同様だった。にやにやと意味深な笑みを浮かべるミリアの背後で困惑の表情を浮かべるエリィ。動転していたシャルルはエリィの表情の理由を盛大に誤解してより一層平静を失った。
<図星か…どうりで青臭いはずだ>
<な…今それに何の関係がある!>
否定する事も忘れて言い返すシャルル。
<大ありだ。汚れなきお子ちゃまに責任など取れるものか>
そこでわざとらしく肩をすくめ,言葉を繋ぐミリア。
<おおかたそんなところだからこちらが一肌脱いでやろうというのに,据え膳も食えぬ坊やとはな>
<なんだと…いつお前が脱い…>
そこでハッとするシャルル。
<…ミーネ,まさかお前…>
しかしそこで,ミリアが彼の推測とはまったくかけ離れた行動に出た。
「貴様のその青臭さが,命取りになると知れ!」
「!?」
くるりと身体を捻り,手に握っていた桜花でエリィを突きにかかるミリア。じゅうぶんに離れたところで二人の戦いを見守っていたエリィは鎧を装着していない。
完全に虚を衝かれる二人。だがそこに,一人だけ例外が居た。
シャルルの意思とはまったく無関係にその手が動き,その手に握られた騎士の剣が無防備なミリアの胴を切り裂く。
「ぐ…はっ!」
「ぐぅっ!」
「うっ!」
三者三様の叫び。エリィのそれはミリアの致命傷から迸った返り血を盛大に浴びたことによるもので,シャルルのそれは自分の手が勝手に動いた反動で起こった苦痛によるものだ。
シャルルはその痛みに耐えて叫んだ。
「わざと斬られたな!?ミーネっ!」




