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パワーバランス

 その日。連合首脳部には激震が走った。

「お初にお目にかかります。アリシアで女王をしておりました,ユーリエです」

 優雅に,気品に満ちた笑みを浮かべてそう挨拶するユーリエ。

「な…!?」

 よろよろと二歩三歩後退って,自称連合の盟主ヒュームは驚きの声を上げる。

 それは,クリミアとは違い今の今まで何も肝心な事を知らされていなかった彼にしてみれば当然の事と言えた。

 いくら序列二番目(ナンバーツー)とはいえ,札束で支配しているエリティア軍の,しかも下賤の者と内心では見下していた大尉クーラが。自分の行動にケチをつけにやってきて,それっきり思い上がりも甚だしい冒険者ふぜいの”風”ともどもどこぞへと姿をくらましていた,という程度の認識だったのだ。それがまさか少数で敵地へと潜入していたとは。一方の核となるアリシア女王を救出してきたとは。

「ご高名はこちらに控える我が叔父,クマルー卿から伺っております,ヒューム殿」

「!!?」

 そこへ畳みかけるように切り札カードを切っていくユーリエ。

「今まで素性を隠していた事申し訳ありませんヒューム殿。ですがこれはアリシアの存続をも左右する国家機密ゆえの事,何卒ご容赦を」

 涼し気な顔でさらに追い打ちをかけるノーブル。

「あっ…ぐっ…はぅっ…!」

 所詮は偽物。そう思っていたはずのクマルー卿が実は本物だったという事実が彼を手酷く打ちのめす。

「お二人には我がアリシアの立場をご理解いただき感謝いたします」

 その混乱が収まる隙を与えずになおも攻め込むユーリエ。

「?…立…場…?」

「立場…ですか?」

 まったく理解の追い付かないヒュームのみならず,クリミアも思い当たる節が無く疑問を口にする。

 普通に考えれば,連合はエリィを代役に仕立てるという暴挙に出ているのだ。今でこそ重鎮クマルー卿の同意を得ていたという格好になってはいるものの,本来ならば非難されてもおかしくないはずだ。

「先の…バラナシオス郊外での戦い。そこで私の名代が述べた口上こそ我がアリシアの立場」

「!?」

 さらに飛び出す斜め上に目を丸くする二人。比較的早期に再起を目指して脱出したという設定でも無理があると思っていたあの演説を,まさかつい先日まで虜囚となっていた女王が追認するとは。

「ば…そん…ありえ…」

 壊れたスピーカーのように,意味をなさない音を断続的に発するヒューム。

(これがアリシアか…)

 しかし一方のクリミアは,驚きこそしたもののそれを好意的に受け止めた。失礼で乱暴な言い方をすれば,筋金の入った馬鹿は嫌いじゃないという,格闘馬鹿が抱くような共感,それに近いものを彼女は感じたのだ。

(…)

 そんな気配を感じ取って小さく溜息をつくクーラ。しかしそのあたりの辻褄合わせと摺り合わせはこれからのノーブルとギルバートの仕事なのだからと割り切る。

「我がアリシアはこれまでも,そしてこれからも。平和的な共存の途を捜し続けます。それがたとえ帝国であろうと,帰還者であろうとです」

 初めが肝心,とばかりに一気にそこまで踏み込むユーリエ。

「うっ…ふぐっ…ぬぬぅ…」

 そこでやっと結論が見えて,一気に不機嫌な顔となるヒューム。ルトリアの尖兵となって恨みを買うのは御免被る,言わばそれが彼から見たユーリエの宣言なのだ。

「しかし…決して楽な途では…」

 帝国は言うに及ばず,帰還者のほうも交渉は物別れに終わっている。直接的な戦端こそ開かれていないももの,関係の改善は難しいのではないか。好意は好意として別物,冷静な現状認識の弾き出した推測がクリミアの口を衝く。

「ええ。存じております。ですがそれがアリシアの受け継いできた願い…矛を交えるのはあくまで最後の手段です」

 穏やかな笑みを浮かべ,しかし一歩も退かずにユーリエは言う。

「ぐぬ…しかし,連合われわれの作戦行動に支障を生じさせるような真似は困りますぞ,ユーリエ殿!?」

 札束で横面を殴りつけているわけでもないアリシアには高圧的に出るわけにもいかず,ヒュームは不快感も露わに言う。

「無論ですヒューム殿。さすがに,ここまでの経緯を無視して一からやり直すのでは筋が通りません」

「む…っ?ではどうすると…」

「帝国には既に…ラズール陛下の真意を見極めるべく使者が向かっております」

「!?」

 再び度肝を抜かれる二人。いったいどこにそんな暇があったというのだ,との思いが表情に現れる。

「間に合うかどうか,それは判りませんが…もし手遅れとなる前に陛下の真意が歪んでいない,領土的野心が無いと見極められれば,アリシアはその意に添います」

「な…それではアリシアは連合を裏切ると…」

「なぜです?」

 心底意外そうに,目を丸くしてユーリエは言う。しかし勿論その仕草には多少なりとも演技が入っている。

「帝国はサナリアの腐敗を憂い,世直しの為に立ったと伺っております。しかも…責任をお取りになったルフトルール殿の死を悼み,国外へと落ちた方々へもともに国を立て直そうと呼び掛けたと」

「ぐっ…」

「陛下がその想いを忘れていないと見極められたとして,世界の平和と民の安寧を願うその志に添う事が…なぜ連合を裏切るという事に繋がるのか,是非お聞かせ願えないでしょうか?」

「いや…しかしですな…」

「確かに…ここはアリシアの提案に乗っておく方が良さそうですね」

 そこで苦笑しながらクリミアが口を挟む。

「な,何を馬鹿な…」

 エリティアに味方をさせてアリシアを封じ込めよう,そんな当てが外れたヒュームが忌々し気に言う。

「今回,我々は大義の為に戦っています。となれば…最後までその大義に一片の曇りも出ぬよう,慎重を期す必要があります」

「ぬっ…」

「白軍のように,まだまだ帝国には信念の為に戦っている者も多いでしょう。そんな彼らに絶望的な死以外の選択肢を与えないというのでは,不要な恨みを買い無為に犠牲を増やすだけです」

「むぐ…」

 言葉に詰まるヒューム。あわよくばサナリアまで手に入れてしまおうという野心を持つ彼にとってそれは承服しがたい事ではあるが,確かに損得勘定で言えばそれは納得できる言い分だ。

 特にユーリエを戴いてアリシアが独自路線を歩もうとしている今,使える手駒の減った彼にとっては己が身を危うくする可能性も大きくなったと言わざるを得ない。

「しかし…帰還者のほうにせよ,一度失敗しておるではないか。あのような利を利とも思わぬ連中に…」

 むっとした表情でヒュームは吐き捨てる。

「あの時とは状況が違いますでしょう?」

 微笑を浮かべてユーリエが言う。このあたりはさすがに宮廷で生きてきたがゆえの処世術で,エリィならば顔をしかめてしまうはずだとひそかに思うクーラ。

「前回我がアリシアは占領下にあり,そこで何を言っても信じてもらえる状況に無かったと聞き及んでいます。ならばいま一度,結果まではともかく交渉のテーブルを用意する事は可能と存じます」

「しかし,それでは…」

 クリミアが控え目に口を挟む。

「ユーリエ殿が直接交渉へ赴くという事なのですか?代役とはいえ本人が出向いたという事になっている以上,さすがに余人では…」

「問題はありません」

 それにも笑いかけるユーリエ。

「さすがにより厳しい状況で私自身が再び出向くことは,アリシアの全将兵が止めるでしょう。その役目はアリシアの全権大使として,”風”のエリィにお願いいたします」

「!?」

 目を丸くする二人。

「全権…だと?一介の冒険者ふぜいに…」

 思わず本音が口に出てしまうヒュームだが,ユーリエはそれを聞き流すことはしない。

「いいえ。エリィは今回連合の作戦の中核となり,立派にアリシア女王の代役を務めました。アリシアにとってはもはや救国の英雄と呼んでも差し支えない,最高位の礼を以て遇すべき存在です」

「ふぐっ…」

 そんなものはただのお飾りだ,という事もできずに苦い顔をするヒューム。ユーリエの言葉には暗に,連合のいい加減な作戦への批判が含まれている。実際のところはともかくとして少なくとも彼はそう感じているのだ。

「それにしても…」

 その気まずさを共有するクリミアが,苦笑交じりに口を開く。

「あらためてこうしてみると,エリィ殿は本当に最適任でしたね」

「ソウナンデスヨ…ワタシモビックリデス…」

 ひきつった笑みを浮かべるエリィ。彼女を他人と思わせていたノーブルの魔法は,今は張り替えられている。他人なのは間違いないが,とても他人とは思えないほどよく似ている,しかしやはり他人のそら似,という認識になるよう仕向けられているのだ。

 くすっと笑ってその側へと歩み寄り,顔を寄せて殊更にそれを強調しながらユーリエは言う。

「私自身は…エリィを妹とも思っております」

「!?」

 信じられない,と言った表情のヒューム。アリシア女王はどこかが,あるいはどこもかしこもが,大いに壊れてしまっているのではないかといった類のそれだ。

「アハハ…ハ…コ,コウエイデス…」

 ますます顔が引きつるエリィ。

(…)

 クーラも思わずこめかみを押さえる。

 普通に考えれば,対帝国戦が決着していない以上は双子姫の秘密は秘密のままにしておくべきで,余計な詮索をされるような材料も伏せておく方が良い。

 しかしどちらが国を継ぐかが先送りとなっている現状では,ある程度前振りとして都市伝説程度の噂を流しておいた方が都合が良い。また不幸にしてユーリエが斃れてしまう事も無いとは言えないのだ。

 だが当のユーリエはそんな,少し匙加減を間違えただけで大きな禍根を残すこの状況を楽しんでいる。裏を知る彼にはそう感じられてしまうのだ。

「それに…」

 ユーリエはふふっと笑ってすいっとエリィから離れると言葉を継いだ。

「今やクーラ大尉も伝説を背負う存在。成算はじゅうぶんに見込めると思います」

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