武闘派女王
(この状況はいったい…)
クーラは割り切れない思いを抱えたまま呆然と佇む。
それはある意味で見慣れた光景ではあった。連合の作戦が発動して以来,日常的にこのような対峙が生まれていたのだから。
しかしある意味ではやはり別物だった。ともすれば同一人物と誤解してしまうほどよく似てはいても,眼前の相手は彼が全てを懸けて護ろうとしたエリィではない。本来ならば別物のはずのアリシア女王,深窓の令嬢の極みだったはずのユーリエなのだ。
斜め上過ぎる状況と限られた時間の中でノーブルの作った腹案は,至極妥当なものだった。
両者がこっそりとこまめに役割を交代する事で,ある時は舞姫が,またある時は女王が武勇を発揮すれば良い。ユーリエの代わりを演じてきたエリィにとってそれはさして難しい事ではない,というものだった。
当のユーリエは,その案に賛成した。もともと同じものなのだから,どちらがどの役をやっても大勢に影響は無い,とまで言い切ったのだ。エリィが複雑な表情になったのは言うまでもない。
そのあたりから既に話の流れは妙なことになっていたのだが,それを決定づけたのはギルバートとの応酬だった。
「今までは特殊任務という触れ込みだったので”舞姫”は多くを期待されなかったのです!傍らに在り続けるならば,当然小さからぬ役割を求められましょう!女王とともに戦う事をすら期待されるかも知れません!」
ギルバートのその言葉もまた,至極妥当なものだった。そもそも”舞姫”は女王の指南役という触れ込みなのだから,女王だけを戦わせて師匠が高みの見物というわけにもいかない。”舞姫”の正体を知った事で距離感が変わり,エリィとの接し方にも今一つおさまりの悪さを感じているギルバートは,感情的には割り切れなさを感じながらもやはり理屈としてはそうすべきなのだと主張した。
なるほど,と納得したユーリエは,しかし間髪入れずにとんでもない事を言い出した。
「要は私に,エリィの真似事が務まれば良いのですね?」
ぽかんと口を開ける一同。
彼女が言うには,舞神流の業は随分と見せてもらったので表面上似せる事は可能だとの事。
そして,その言葉に脊髄で反射して舞神流は一朝一夕に真似できるほど生易しくないと主張するエリィ,そもそも素質はともかくとしてろくにやったこともない武道などできるはずがないと聞く耳を持たないギルバートに対して,論より証拠,やって見せれば問題ないだろうと彼女はにこやかに宣言したのだ。
そして今,なぜかクーラが,すっかり片付けられた広間でユーリエと対峙しているのだ。
(確かに,武道の修練を積んだのであればあの身のこなしもあの圧も説明できるが…)
昨夜を思い出して複雑な心境になるクーラ。アリシア女王が武道に手を染める事じたいには何の感慨も持たない彼であるが,ギルバートの反応を見る限り,その変化は帝国の支配下にあったここ二年ほどの間に起こったと考えるのが妥当だ。
それはつまり,他ならぬ漆黒将軍が彼女にその手ほどきをしたとしか考えられない。
「では,よろしくお願いいたします」
「はぁ…」
舞神流の礼を真似るユーリエに礼を返しながら,クーラは気の無い返事をする。
これも一種の悪い冗談なのではないか。悪趣味で斜め上な何かの仕掛けがあるだけではないのか。心にひっかかったそんな違和感が彼の集中力を大きく削いでいた。
そして次の瞬間。
「!?」
するり,と気配も無く間合いを詰めてきたユーリエの狙いすました左膝が,クーラの鳩尾にぴたりと寸止めされる。
目を丸くする一同。
「う…っ」
「お腹がいっぱいで,眠くなっているようですね?」
にっこりと笑ってそう言うと,ユーリエはすいっと身を引いて間合いを取る。
「ば,か,な…」
一同の気持ちを代弁し,ギルバートがやっとのことでそれだけを言う。
「まず花を持たせて頂いたようですし,本気でやり合うわけでもありませんし。軽く食後の運動,付き合って頂きます」
もう一度笑みを浮かべてそう言うと,ユーリエは左右にステップを踏み始める。
「はっ!」
クーラが構えるのを待って,ユーリエは掛け声とともに仕掛ける。地を蹴って右へ左へと目まぐるしく場所を変えながら,多彩な連続攻撃を仕掛ける。
「おおぉ…」
ギルバートが感嘆の,しかしどこか納得のいかない響きの混じった声を上げる。
「ちょ…ま…」
納得がいかないのはエリィも同様だった。深窓の令嬢と思っていたユーリエが此処まで動けているのもさることながら,彼女の見せている技の組み立てが,以前ノーブルに策を授けられてシャルルに自分が仕掛けた時のそれに酷似していたからだ。
「おやおや…ここまで真似できるとは…」
そんなエリィの心境を察しているのかいないのか,肩をすくめながら,しかしあくまでマイペースに感嘆の声を上げるノーブル。
(なるほど…これは…)
確かにそれらしく見せるだけならさして難しくないかも知れないと,繰り出される技を受け続けながらクーラは思う。
厳密に言えばこれはやはり舞神流ではない。見かけ上同じ技に見えるが,やはり舞神流のそれとは力の乗せ方や軌道が微妙に違うのだ。
しかし舞神流は蹴りを極めた流派で,舞神流に無い蹴りはクーラの知る限り,この世界のどの他流にも存在しない。
それはつまり,どの流派にせよ蹴り技だけで戦えば,そして組み立て方にさえ気を付けていれば見かけ上舞神流のそれに近くなってしまうという皮肉な結論を導くのだ。
それがかなり恥ずかしい場面だったために決まり悪いやら釈然としないやら,複雑な心境のクーラではあるが,ともかくもエリィのその組み立てを見て雰囲気を真似ているらしいユーリエのそれは,素人の目からならまったく同じに見えるだろうと結論する。
(しかし…)
漆黒将軍の手ほどきがあったのか,それとも見取り稽古によって独学でここまでたどりついたのかはいまだはっきりしないが,いずれにせよ恐るべき実力なのは間違いない。
DWACがエリィと同等の反応を示しているところから見ても,幾度かの覚醒を経て彼女はエリィと互角とも言える手練れになっていると見て間違いあるまい。今はお披露目程度で全力を出してはいないようだが,もしそうなれば今の自分は確実に押し切られてしまうだろう,そう彼は確信する。
(…っ!)
素質が同じなのだからそうなるのも当然か,などと考えながら防御に徹していたクーラは,ユーリエの攻撃が小さくまとまり,必然的に間合いが詰まっていた事にもそれほど注意を払っていなかった。
組み立てそのものはあの時を意識していたとしても,結末まで一緒にするはずがない,そんな思いがあったのも事実だ。
だがユーリエは密着状態からあの時のエリィと同じ,膝蹴りを放ってきた。
「…!」
まさかここから右拳がくるのか。そんな思いを抱きながらクーラは手を差し込んでその膝を防ぐ。
しかしそれはユーリエの仕掛けだった。その膝を押し込みながら体をひねり,反対側へと意識が逸れて対応の遅れたクーラの手を逆方向へ流れさせたユーリエは,自らの手をするりとその脇へ滑り込ませる。
「…くっ!」
肘を極めて,折りながら投げるつもりだ。そう直感したクーラは,自分からそちらへ飛び込みつつ腕を抜く。
そのままごろりと転がって間合いを離し,起き上がるクーラ。
「お披露目としては,このくらいでよろしいでしょうか?」
にっこりと笑いながらユーリエは構えを解き,わざとらしく舞神流の礼をとる。
「恐ろしい技ですね…」
礼を返すクーラの背筋に冷たいものが流れる。
およそこの世界に,相手がアリシア女王と知ってなお一撃必殺の業を仕込む者などいるはずがあるまい。そもそも平時にはそのような者を近づける事すらあり得まい。
となればこれを仕込んだのはやはり漆黒将軍で,剣術どころか体術までも恐るべき遣い手という事だ。
「しかし,なぜ…」
「…話せば長くなるのだが…」
「簡単に言うと,私がそれを望んで説き伏せたのです」
気まずそうに言いよどむ漆黒将軍に助け舟を出すユーリエ。
「ユーリエ様がっ!?…あっ,いえ,その,お気持…」
愕然としたギルバートが思わず口を滑らせかける。
「…直接的な目的は格闘舞踊でな」
すかさずそれを遮る漆黒将軍。
ノーブルとユーリエ,二人の冷たい視線にも晒されたギルバートは,ハッと我に返って口を押さえる。それはエリィと同様にユーリエが魔法の才に乏しいというクーラの推測を裏付けていた。
「…手紙にもその件は書き記したが…」
「え!?」
目を丸くするエリィ。
「さすがにここまでは予想外でしたがね。姫に式典での披露を要請した格闘舞踊,まさかその相手をユーリエ様が直々に務めるおつもりで準備なさっていたとは…」
苦笑しながらノーブルがそれに注釈を加える。
「あ,あー…そういう…」
「…ともかく,これで帳尻はほとんど合ったはずだ」
「合い過ぎていて空恐ろしいのですがね…おそるべき神算鬼謀,と言ったところでしょうか」
肩をすくめるクーラ。
しかし漆黒将軍は,苦笑交じりに肩をすくめて自虐の言葉を吐いた。
「…私はむしろ運命に翻弄される側だよ」
「…」
自分にも関わる事だけに口には出せないが,どうしてもそれが惚気に聞こえてしまうエリィであった。




