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「…まず,ギルバート殿に確認したいのだが」

 そう前置きして,漆黒将軍は容赦なく斬り込んできた。

「…アリシア女王はアリシアの手で護る,という基本姿勢は極力維持した方が良いのだな?」

「うぅ…」

 情けない声を上げるギルバート。

 無理もない,とクーラは思う。無論将兵の感情としてはそうだ。命をかけて主君を守る誉は何物にも代える事はできない。

 だが皮肉にも,仮に守り切れずに女王が斃れたとしてもそれは所詮偽者に過ぎない,という気安さがこれまでの彼のうちにはあったのだ。

 ところが,システムをも無力化してしまった最大の難敵が実は最大の味方であり,システムとも共闘して龍戦士の襲撃からも主君を守り抜いていたと判った今は話が違う。その庇護を離れてしまう事がいかに危険か,理性では解りすぎるほど解っているのだ。

「…最終的には伝説の龍戦士に頼るしかないのは今までと同様,という事にはなろうが…」

「…」

 つまりはそういう事だ。守るべきエリィがアリシア女王をっていたために一致していた本音と建前が,これからはそうでなくなるという事だ。

 アリシア女王に斃れられてはエリィの即位が待ったなしになる事,もっと単純に考えればエリィの肉親なのだという事,それらも相まって大いにややこしい状況だ。かといってエリィが本人を差し置いてこれまで通り女王役を演じるわけにもいくまいし,まして女王がエリィ役を演じる事などできるはずもない。

「…こちらとしてはいくつか手も打ってあるにはあるが…そちらは何か考えていたのか?」

 なぜか多少気まずそうにそう言って,しかしすぐにがらりと調子を変えて言葉を継ぐ漆黒将軍。

「うぬぬ…」

 唸るギルバート。

「まぁ,私案はいくつか,あるにはあったのですがね…」

 それに苦笑しながらノーブルが口を開く。

「!?」

 驚愕するギルバート。それはエリィも同様だ。

「…ほぅ?」

「とはいえ…状況のほうが遥かに斜め上で,ほとんど役に立たない状態ですよ。味方に引き入れられれば理想,と夢想していた程度の婿殿が実は初めから味方で,しかも今更それを放りだ…」

 そこでユーリエの静かだが鋭い視線に射抜かれ,ノーブルは手で口を押さえがらひょいと視線を逸らす。

「…すまぬな」

 苦笑する漆黒将軍。

「…だが私はどうあっても過去に決着をつけねばならぬ。それは陛下の目指した理想についても同様だ」

「解っておりますとも婿殿。単に方針を違えただけなのと連合こちらに寝返ったのとでは,天地の開きがありますからな」

 にっこりと笑うノーブル。

「…理解が早くて助かるよ」

 解っているなら先ほどの言葉は何ですか,と言いたげな渋い表情のユーリエ。それをなだめながら漆黒将軍は言う。

「…では,こちらの提案を叩き台として検討する方向で構わないな?」

 一同を見渡して異論がない事を確認すると,漆黒将軍は一呼吸おいてから口を開いた。

「…まず護衛であるが…これはやはりアリシア国軍が引き続き務めるのが良いだろうな。純粋な戦闘力ならば黒軍以上の適任はいないと言っても,前線の将兵たちにとっては雌伏を余儀なくされた憎むべき相手だ。その認識がアリシア国内のそれへ近づくには時が要る」

「…っ」

 複雑な表情のギルバート。主君の安全の為に下手な意地はすぐさま捨てるべき,捨てさせるべきではないか,との迷いがありありとうかがえる。

「…そのあたりの摺り合わせを急いでもらうのは二人に任せるとして,まず先にもうひとつ。龍戦士の襲撃さえなければ,ユーリエの身の安全がもっとも保障されるのはやはりシステムの影響下であろう」

「ちょ…っ」

 そこでエリィが口を挟む。

「そんなこと言っても,システムはアリシア国内しか守れないんでしょ?」

「…そこでこちらの提案だ。大尉,君はシステムの状態を正確に把握できるな?今どうなっているか判るか?」

「システム…ですか?」

 やはり何から何までばれているらしい。内心でウンザリしながらクーラは言葉を繋ぐ。

「女王の周囲にだけ集中しているように感じられますが…違いますか?」

「何ですって?」

 そこでノーブルが驚きの声を上げる。

「ノーブル殿…?」

「…つまり,卿の驚きがこちらの手の効果を証明しているという事だ」

「つくづく恐ろしい御方ですね,婿殿…」

 ひきつった笑みを浮かべるノーブル。

「何じゃい何じゃい!結局それかい!魔法男お主という奴は…」

「システムの事もアリシアの機密ではありますので,そうほいほい言うわけにはいかないのですがね…」

 鼻息も荒く抗議するハーディに苦笑して,ノーブルは言葉を繋ぐ。

「アリシアの防衛システムにはいくつかの形態モードがあるのですが…ユーリエ様の周囲にだけ展開するなどという形態は存在しない…これまでは存在しなかったのですよ」

「!?」

 遅ればせながら目を丸くする一同。

「…無為に二年を過ごしていたわけでは無かったと,そういう事だ。加えて言うなら,これには遠見の水晶球の技術も転用されていてな。理屈上,距離の壁は存在しない」

「つ,つまり…アリシア国内を全て網羅していたシステムの力が全て,どこに居ようとユーリエ様の周りに集約させられると…」

「…そういう事だ」

 呆気に取られて言うギルバートに頷いて見せる漆黒将軍。

「…まぁ,領土的野心を棄てたアリシアにはほとんど必要のないもの,いや,あってはならぬものだったのだろう。そんなアリシアの思いを踏みにじってしまう事になりはしないかと迷ったのも事実だが,な…」

「…」

 それでギルバートはぐうの音もでないほど打ちのめされてしまう。こんな男が相手では勝ち目が無いではないか。

 敬愛する従妹に見合う男などそうそう現れるものではない,伝説の龍戦士であっても釣り合わなければ黙っていない,そんな事を密かに思っていた彼だったが,これでは従妹が骨抜きにされても仕方がない。

「な,なぜ…」

 そこで,切実にして悲壮な思いが彼の口を衝く。

「…ん?」

「なぜあなたは伝説の龍戦士ではないのですかっ!?」

「!?」

 目を丸くする一同。

「あなたほど…あなたほどユーリエ様を,アリシアを愛して下さっている方は居ないというのにっ!あなたが伝説の龍戦士でありさえすればすべてが丸く収まるというのにっ!なぜっ…!」

「…いろいろとすまないな」

 苦笑しながら漆黒将軍は言う。

「よろしければお譲りしますよ?騎士の剣…」

「…いや。君ほどの信念は持ち合わせていないのでな。これまでも,そしてこれからも…剣を覚えるつもりは無い」

「…」

 別の思惑もあってすかさず横やりを入れたクーラは,しかしすぐに反撃を食らってしまう。

「…話を戻そう。これも帝国の手助けと言えなくもないが,システムに関わる事ゆえ機密として明かさずにおける。だがその代わりに,アリシア領内が手薄となる」

「なるほど…」

 ノーブルが頷く。

 自分ばっかり納得するな,とばかりに冷たい視線をノーブルへと向けるハーディやエリィに苦笑して,漆黒将軍は言葉を繋ぐ。

「…その留守を預かる役目は黒軍が引き受ける。帝国にとっては,もはや此処に戦略的価値はない。学院長やギルド長と連携して当たればじゅうぶんだろう」

 なるほど,とそこで納得するエリィ。アリシア国民が絶対的信頼を置く防衛システムの庇護をそれと判らないうちに無くしてしまうのだから,国内の治安は誰かが肩代わりしなければならない。

「…とはいえ」

 ところがそこで漆黒将軍は少しだけ調子を変える。

「…エリィや大尉は連合の主力だ。先陣を務め敵中深く攻め入る局面もあるだろう。それにユーリエをついていかせる訳に行かぬ以上,まったく護衛をつけぬというのも不安ではある」

「う…確かに」

 言葉に詰まるギルバート。アリシア女王が本物である限りはその身の安全は最優先で確保しなければならない。

 エリィも状況を把握して,それまでの納得顔がみるみる曇る。

「…そこで,黒軍こちらからは二人つけよう。万一の場合の盾役としてな。ユーリエ以外の者には姿を見せぬようにしておけば問題はあるまい」

「先の会談の時も,それで手下てかの者を潜ませておいででしたな」

 再び横やりを入れるクーラ。

「…まぁ,な…」

(…?) 

 しかし彼は,そこで気まずそうにしたのが漆黒将軍ばかりでない,つまりはユーリエも動揺した事に違和感を覚えた。

(!)

 すぐに情報の欠片ピースを構築して結論に至り,今度はクーラが動揺する。

(女王も同席して…いたのか…)

 当時の認識で言えばまったくあり得ない事だが,種明かしをされた今ならばあって当たり前とさえ思える。

 だからこそ漆黒将軍はぎりぎりのところで圧をかけるのをやめたのかも知れない。あそこで”流星”の封印が解けてしまっていたら,最悪の事態に陥っていないとも限らない。

「…経緯はともかく,効果については実証済みだ。これならばアリシアを刺激せずに手を打てるだろう。…さて」

 これがこちらの案だが何か異論はあるか。漆黒将軍はそう言って言葉を切り,一同の反応を待つ。

「あ,あの…」

 そこで気まずそうに手を上げ,口を開くエリィ。

「…どうした?エリィ?何か拙い点でも?」

「その,えっと…確かにそれで随分安全だとは思うん,です,けど…」

「…けど?」

 聞き返しながら,しかし言わんとする事に思い至っているらしい漆黒将軍は微笑を浮かべる。

「うぅ…私が…お転婆にしちゃったアリシア女王のイメージが…っ!」

「い,いえ!それは連合の作戦が悪かったのであって…っ!」

 ハッとしたギルバートが助け舟を出そうとするが,それは助け舟になっていない。

「乗っちゃったギルバート殿には是非善後策を考えてもらいましょう」

 しれっとそれを茶化すノーブル。

「む,無茶言わないで下さい卿!いくら何でも…」

「…大丈夫だ,ギルバート殿。おそらく卿はこの状況をも楽しんでいるだけだよ」

 苦笑しながら漆黒将軍はそれに割り込み,一同の視線を集めて言葉を繋いだ。

「…乗ったと言うなら,君を実験台にした時点で卿も乗っている。その責任において,すでに腹案も用意しているはずだ」

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