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運命をその手に

 ついてこい。そう言った漆黒将軍は,ユーリエと連れ立って寝室を出た。

 すぐ後ろにクーラとエリィが並び,さらにはノーブルとハーディ,最後尾にはアラウドとギルバートが続く。

「ノーブル…あ,いえ…卿…」

「今まで通りノーブルで結構ですよ,姫。名前は間違いなくノーブルです」

 距離感を測り兼ねているエリィにノーブルは笑って答える。

「クマルーというのは,もともとはアリシアの古い地名でしてね。その地方領主…といってもほとんど名目上なのですが,ともかくそれでクマルー卿と呼ばれているだけです。アリシア王族ゆえにもともと姓を持たない私がルマークという姓を持っているのもその関係です」

 もっともこれもアリシアの最重要機密,ギルバート殿にすら知らされないものでしたのでくれぐれもご内密に,とノーブルは結ぶ。

「ところで姫,何か疑問でも?」

「あ,うん…。その時って事は…いずれ私に出自それを知らせる事にはなっていたのかなと思って…」

「ええ」

 頷いてノーブルは言葉を繋ぐ。

「以前お話ししたかと思いますが…私が姫君を後見するのはあくまで成人までです。大人になられれば後は自分の責任で自分の生をまっとうすることになりますからね」

「う…じゃあつまり…」

「ええ。ユーリエ様の成人の儀と時を同じくして,姫も成人なさいます。その時に全てを明かして,それでお役御免だったというわけですよ」

「そんな深い意味が入っとったんじゃのぅ…」

 後ろから口を挟むハーディに,にこやかに笑いながら頷くノーブル。

「では…例の手紙にもそのような意味が…?」

 後ろからギルバートが口を挟む。

「手紙の,特に暗号の内容は伏せておきますが…」

 そこで一度言葉を切り,ノーブルは先頭を歩く漆黒将軍へと問いかける。

「今にして思えば,内輪では二人の姫君をともに祝おうと思っていらっしゃったのでしょう?婿殿」

「…もちろん機密である以上公にはできないが,それが二人にとってもっとも幸せな形ではないかとは思っていた」

「…」

 言葉に詰まるエリィ。 

「…今回の事さえなければ,順番はあるいは逆になっていたかも知れぬがな」

「まぁそうですね。打ち合わせを終えて,成人の儀が執り行われた後にこっそりお教えしていたかも知れませんから」

 その時姫がどんな顔をするか,それもそれで楽しみではありましたが,と含み笑いを漏らすノーブル。

「卿…あまりエレーナを苛めては…」

「いえいえ,こういう機会もあと僅か。是非姫には多少なりとも自重を覚えて頂かなくては…」

「うぅ…」

 赤面するエリィ。

「…さて」

「!」

 不意に立ち止まり発せられた漆黒将軍の言葉で,緩み気味だった空気が引き締まる。

 目の前には扉。ユーリエがひとり前へと進み出て,二言三言つぶやくと,それは滑らかに開く。

 促されるままに中へと入る一同。

「おぉ…」

 ハーディが感嘆の声を上げる。部屋の中央に台座があり,その上に一振りの剣が浮遊しているのだ。

(いよいよか…)

 それと悟られぬように注意しながらも,ごくりと唾を飲み込むクーラ。

 しかしそこで,エリィが口を開く。

「さっきは命を落とすとか何とか随分と脅かされたけど。確か,分身があるって話だったわよね」

「!」

 ハッとするクーラ。言われてみれば確かにそんな記憶が浮かぶ。なるほどそれでエリィは落ち着いていられたのか,と妙に納得する。

(認めたくないものだな…)

 しかしそこで,思わず自嘲の笑みが口の端に浮かぶ。要はそれすら検索する余裕が無いほど今の自分が追い込まれているという事なのだ。

「…よく知っているな」

 こちらは意外そうな表情の漆黒将軍。

「そりゃあ,これでも冒険者の端くれですもの。依頼の難度に関わる条件は忘れない」

「…そうか」

 目配せしあっているノーブルとユーリエになど気づいていないふりをして,漆黒将軍は微笑する。

 ユーリエは,今度は漆黒将軍と目配せしあってから壁の方へと歩いて行き,そこにある窪みから何かを取り出して戻ってきた。

「…アリシアの関係者には説明するまでもない事だが,騎士の剣を佩くに相応しい者ならばこのメダルを輝かせることができる。逆に舞台を降ろされるような者はそれに弾かれる」

 手を出せ,と言われるがままに右手を差し出すクーラ。

「っ…」

 さすがにそこで,エリィに緊張が走る。いくら命まで取られないと解ってはいても,クーラが舞台を降ろされる事はやはり割り切れるものではない。まったく別の誰かが伝説の龍戦士として目の前に現われ,それと結ばれるともなればなおさらだ。

「…覚悟は良いな?」

「ええ」

 しかしその時には,クーラは逆に,完全に開き直ってしまっていた。

 端的に言って自分が恐れていたのは騎士の剣に殺される事だけだ。適任者が現れる前に不適格の自分が排除されてしまえば,それだけエリィが危険に晒されてしまう。ただそれだけが怖かったのだ。

 しかしそうでないのならば,自分が選ばれない事はさして重要ではない。クーラがたどり着いたのはそんな割り切りだった。

「…では,ユーリエ」

 そんな心情を見透かしたのか否か,苦笑のようにも見える微かな笑みを残し,漆黒将軍はユーリエを促す。

 頷いて,差し出されたクーラの掌の上にメダルをかざすユーリエ。

(…)

相変わらず隙の無い身のこなしだ,とクーラは思う。もしDWACが動いておらず,向こうが本気で気配を殺そうとしていたら,視覚を封印している彼がそれを察知するのは決して簡単な事ではない。

「よろしいですか…?」

 そんなクーラを慮るかのようにユーリエは言う。

「ええ…」

 曖昧な返答を返すクーラ。

 だがやはり彼は,ユーリエがメダルを摘まんでいた指を離す気配を察することができなかった。

「あっ!」

 メダルが落ちる感触が伝わってくるのとほぼ同時に,クーラの耳にエリィの叫びが飛び込んで来る。

 それには確かに,喜びの響きが混じっていた。やはりいくらかほっとするクーラ。

「むぅ!」

「おおっ!」

 やや遅れて叫び声を上げるハーディとギルバート。

「ぼんやりと…ですが,確かに光っていますね」

「説明痛み入ります,ノーブル殿」

 苦笑交じりに言いながら,クーラはそれとなく周囲の状況を窺う。

 漆黒将軍と女王,そしてノーブルことクマルー卿にはさして驚いた様子が見られない。いずれもがアリシアの機密のほとんどすべてに精通している事を考えあわせれば,アリシアは”流星”が伝説の龍戦士である事をほぼ確信していたとみるべきだろう。

 となれば,腑に落ちない点が出てくる。

 覚醒によってその力が表に現れたエリィとノーブルは,今はユーリエも含めてだが,その力の感覚の類似に根拠が与えられた格好だ。おそらく覚醒さえすればギルバートにも,程度の差こそあれ同質の力を感じられるようになるだろう。

 そうすると,以前エリィの言っていた事がひっかかってくるのだ。ミーネと自分の力が似ていると,エリィは確かにそう言った。ところがこちらに言わせてもらえば,似ているのはミーネと漆黒将軍のそれなのだ。どちらも正しいとすれば,三人が三人とも同質の力を持っているという事になる。

 他の二人は知らず,少なくとも自分は彼らと血縁ではない。まったくの他人のはずだ。

 そのような状況で自分に伝説を担う資格があるとなれば,それはつまり残りの二人にも資格があると考えられるのではないか。

「…騎士の剣はお前を認めたようだな」

「ひとつ…尋ねても良いでしょうか?」

 ふと,とある可能性に気づくクーラ。

「…どうした?」

「予言に在る伝説の武具とは…騎士の剣を指すのですか?」

「!」

 漆黒将軍の気配が僅かに動揺する。

(なるほど…心当たりはあるようだな)

「え…?どういう事です,大尉?」

 目を丸くするエリィ。

「いえ…アリシアに縁のある伝説の武具ならば,双朧花もあてはまるのではないかと思ったのですよ」

「あ…!」

「可能性はあるでしょうね」

 そう言ってノーブルは言葉を繋ぐ。

「ですが大尉…とりあえず騎士の剣を手に取って頂けませんか?ここでそんな事を言われると,姫を捨てるつもりなのかと疑ってしまいます」

「ちょ!ノ…!?」

「…そうだな,それは義兄としても捨て置けぬ」

 苦笑する漆黒将軍。

「な…っ!?」

「ほ…案外乗れるクチじゃの,漆黒の」

 髭をしごきながらにやりと笑うハーディ。

「はは…別にそんなつもりはありませんよ」

 苦笑しながらそれを制するクーラ。

「エリィ殿が他の誰かを選ぶというならともかく。私は自分から舞台を降りるつもりはありません」

 言いながらクーラは騎士の剣へと歩み寄ると,手を伸ばしてそれを掴み取った。

(これで…私にも資格がある。条件が同じならば退くつもりはないぞ)

 それは,内なる競争相手への挑戦状だった。

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