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斜め上の覚悟・勇者

「ひとつ…お尋ねしても良いでしょうか?婿殿」

 予想を遥かに上回る展開に打ちのめされて固まっているエリィには構わず,ノーブルが飄々と言う。

「…何だ?」

 その呼称には全く納得が行っていない表情で,しかしそこをつつけば何か良くない事が起こるとでも思ったのか,それには触れずに漆黒将軍は答える。

「婿殿は…いったい,いつから気づいていらしたのです?」

 問いただされないのを良い事に,まるで既成事実化を狙っているかのごとくその単語を繰り返すノーブル。一瞬だけ眉根を寄せた漆黒将軍は,すぐに元の表情へと戻って言う。

「…少なくとも,エリィに初めて逢った時にはほぼ確信に近いものを持っていた」

「!?」

 反対側をしたたかに殴られて元の場所へと戻ってきたエリィの思考回路が動作を再開する。

 だとすれば,あの晩には既にアリシア女王の身内だと思われていた事になる。あの意味不明な言動にも裏があったという事なのだ。

「なんと…」

 さしものノーブルもぽかんと口を開ける。

 という事はつまり,先の会談の時点ではエリィどころか自分の正体までほとんど見破られていた事になるのだ。

 ちらりとユーリエに視線を移す。その意図を察して静かに首を横に振るユーリエ。

「…驚くほどの事ではないよ。私はユーリエの血に眠る力の感覚を知っていた。それと同じものをエリィから感じれば,何らかの関りがある事は判る…敢えて確認する事はしてこなかったがな」

「じゃ,じゃあ…シャルルにああ言ったのは…」

「…そういう事だ」

「う…っ」

 気まずい表情で呻くエリィ。見ず知らずの自分の為に漆黒将軍が心を砕くなど何かの間違い。そう言った自分の方が間違っていたのだ。

(なるほど…)

 クーラもまた暗澹たる気持ちになる。つまり”流星”が浴びせられたあの言葉は,ユーリエだろうがエリィだろうが,どのみちアリシアの姫であるから世界を敵に回すほどの覚悟が必要で,伝説を背負う覚悟が求められるという事を意味していたのだ。ユーリエも世界もどうでもいいどころの話ではなかったし,自らに課した試練も本質的には世界を背負うか敵に回すか,そのための準備だったという事になってしまうのだ。

「し,しかし卿の魔法は…」

 ギルバートが言葉を挟む。

「…龍戦士われわれはどうやらその手の,精神に干渉する魔法にも抵抗力を持っているようなのだ。そしてその成否は純然たる彼我の力の差によって決まる」

「なるほど…つまりは…」

 ノーブルはちらりとクーラを見て,言葉を繋ぐ。

「先の会見も,大尉さえ”こちら側”ならばもう少し単純シンプルだったという事ですね」

「!」

 その言葉は容赦なくクーラの心に突き刺さる。

「…まぁ,運命の意地が悪かったと言う他は無いな」

 苦笑して漆黒将軍は言葉を継ぐ。

「…見方によっては,全ての経緯があるからこそ今こうしてこの状況が形作られたとも言える。歴史にたらればを持ち込んでもあまり意味は無い…」

 そう言って漆黒将軍は間を置き,クーラを見据えて言葉を継ぐ。

「…だが今は…腹を割って話せるのだろう?”流星”…」

「!?」

 またしても驚く一同。

(く…)

 ぎりっ,と歯噛みするクーラ。この男の事だ,きっと何か常人には窺い知れぬ根拠を持ってそう断定しているのだろう。先の会談の時もそうだったに違いない。

(くそっ…)

 事態は自分の背の届かぬ上の方で気まぐれに渦巻いている。散々責め苛まれた無力感が蘇ってくる。

 そしてそれは彼を衝き動かした。

「ど,どう…」

 どうしてそれを,と真っ先に言いかけたエリィを彼は制して言う。

「仰っている意味が解りませんな…」

「…なに?」

 漆黒将軍の表情に驚きの色が差す。

「大尉…?」

 それはノーブルやエリィも同様だ。

 だが今は誰にもそれ以上を言わせるつもりは無い。クーラは言葉を継ぐ。

「今の私は…ガイナット=クーラ。それ以上でも…それ以下でもない」

「…」

 それはあるいは拒否に,世界の命運にもアリシアの姫君にも関わる気は無いという意思表示に聞こえたのだろうか。沈黙する一同。

「…そうか。ならばそれでも構わない」

 しかし全く予想外の,漆黒将軍の一言がそれを破る。

「!?」

 驚愕する一同。

「ちょ…ま…」

 それでは今までの話の流れは何だったというのだ。立場も忘れて思わず口走るエリィ。

「…少なくとも”流星”には覚悟がある。世界を敵に回してでもエリィの側につくという意思を私に示したからな」

 それに苦笑しながら解説を加える漆黒将軍。

「…”流星”が果たして伝説を背負うに足る男なのかはやってみなければ判らない。そして場合によっては舞台を引きずり降ろされる可能性もある。だが彼はたとえ命を落とすとしてもそこから逃げる事はすまい」

「私にもその覚悟を示せと…そう仰るのですね?」

 言いながらそれと判らぬように僅かに足を開き,上体も前傾させて臨戦態勢に移行するクーラ。

「…そうだな。君がその名の通り彼女を守りたいと願うのならば」

「!?」

 やはりこの男はいろいろと知っている。

 ぞくり,と背筋が震えるクーラ。もし今この男が突如牙を剝いてきたら自分にそれが防げるのか。

「まさか…この義兄あにを打ち倒せ,などと仰るつもりではありますまいな?」

 もしそうなら,今のうちに少しでも失地を回復して心の余裕を取り戻しておかなければならない。そんな思いが口を衝く。

 だが漆黒将軍は肩をすくめ,苦笑交じりに言う。

「…そんな事をしても,姫君たちは幸せにはなれんだろう?」

「!!」

 頭を殴られたような衝撃を受けるクーラ。言われてみれば確かにその通りなのだが,冷静に考えれば誰にでも解る。その誰にでも解るはずの事に思いが至らないほど,今の自分は平静を欠いているという事なのだ。

 警戒を解き,ふぅっと大きく溜息をつくクーラ。

「たしかに…その程度の事すら失念するようでは,見込みは薄いようですな…」

「…そんな弱気でどうする」

(…っ!)

 口調こそ穏やかな漆黒将軍だが,むしろ言葉でぼこぼこと殴られ続けているかのような気になるクーラ。

「…私は義妹いもうとにも幸せになってもらわねばならぬのだ」

「…」

 複雑な表情になるエリィ。今にして思えば,初めて逢ったあの夜から漆黒将軍の態度は常に一貫していたのだ。

「…とはいえ,さすがに喩えではなく現実の世界が相手では気後れするのも解る。命を懸ける事になるのもな。だから,決めるのは君だ」

「善意で仰られているだけに,却って意地の悪い…」

 苦笑いするクーラ。形は違うが,彼がやっている事はノーブルがやっていたそれと大差が無いのだ。

 だがそれは身内としては当たり前の事なのかも知れない。育ての親の一人とばかり思っていたノーブルも,その実叔父であったのだ。

 エリィのもとへと落ちてきた時点で,すでにこうなる事も決まっていたのかもしれない。

「ですが,私はガイナット=クーラである事をやめるつもりはありませんよ」

 クーラはもう一度苦笑いして言葉を継ぐ。

「…そうか」

 そう言った漆黒将軍は,傍らのユーリエと目配せしあってから視線をクーラに戻し,静かに口を開いた。

「…ならば,ついてこい。その覚悟を示してもらおう」

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