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斜め上の覚悟・姫君

「え…?」

 目が点になるエリィ。だがそれは,仮面によって物理的にそれを窺い知る事のできないクーラとノーブルを除いた他の面々も同様だ。

(…!)

 だが他から見えていないだけで,クーラは確かに驚愕し,そして動揺していた。

 もしエリィがほんとうにエレーナで,ユーリエの双子の妹だとするなら。DWACが検知している二人の同等の反応にも,五感が伝える気配の類似もおおよその説明がつく。

 そして,以前ノーブルが出現させたユーリエを自分がエリィと誤認した事にも説明がついてしまうのだ。

 そのまま,しばらくの静寂が流れる。

「何よ…その程度?」

「!?」

 しかし胡乱気な表情でエリィが口にした言葉が,一同をさらに驚愕させる。

「ひ…姫っ!?」

 驚くノーブル。

「…ほぅ…まさかそこまで読んで,覚悟まで決めていたとはな…」

 さしもの漆黒将軍もこれには驚いたようだ。見直した,と言わんばかりの感嘆の表情で言う。

「何馬鹿な事言ってるのよ」

 しかし変わらぬ表情のまま溜息をついて,エリィは言葉を繋ぐ。

「私が言ってるのは!散々脅かしといて言う事がその程度の出まかせかって事よ!」

「…」

 脱力する一同。

「…何を根拠に出まかせなどと…」

 溜息をつく漆黒将軍。

「私の名はエリィ。それ以上でもそれ以下でもないの。エレーナなんかじゃない」

 ふんっ,と鼻息も荒くエリィは言う。

(…)

 その言葉は本来的には,間違いなく当人だがもうそこへは戻りたくない,の意味を含んだものなのだが,当然そんなつもりは彼女にはあるまい。少しでも格好をつけて,余裕を取り戻そうとでもしているのだろう。頭痛にもめげずそうクーラは分析する。

「じょ,嬢ちゃん…違うんじゃ」

 しかしそこで,ハーディがおずおずと口を挟む。

「え?違う?何が違うのよ?」

「エリィという名は儂らでつけた愛称じゃ…本当の名はエレーナなのじゃよ」

「!?」

 目が点になるエリィ。しかし彼女はすぐに気を取り直す。

「な,何を根拠に!」

「儂とフレイアは,そこの魔法男から嬢ちゃんを預かった。その時,嬢ちゃんには名札タグがついておってのぅ。それに書いておったのじゃよ」

「え…っ」

 ノーブルの方を振り返るエリィ。

「ええ。確かにその時姫には名札が付いておりました」

 頷くノーブル。

「し,しかし…」

 考えるような仕草で黙り込んでいたギルバートがそこで口を挟む。

「失礼ながら,エリィ殿とユーリエ様は微妙に雰囲気が似ているだけで,とても姉妹とは思えません。今はノーブル殿の魔法で似せているからこその…」

「…それは逆だよ,ギルバート殿」

 すぐにそれを制する漆黒将軍。

(…!)

 ハッとするクーラ。逆とはつまり,もともと似ているものをそうではないと思い込ませるという事だ。それは”流星”の使った手口でもある。ノーブルほどの実力者ならば,それは容易い事だろう。それにそもそもが女王と凄腕とはいえ一介の冒険者,その両方と親しくなる可能性が皆無に等しいのだから,ちょっとした印象の操作程度でそれに抵抗することはできなくなるはずだ。

 だがそのためには,少なくともノーブルがエリィの正体を知っており,それを隠す必要を感じている必要がある。従兄のギルバートすら知らなかった機密中の機密,姫の出生の秘密に触れられる者など一人しかいない。

(…)

 だが一縷の望みをかけて踏みとどまるクーラ。どこまで本当かも疑わしくなってしまったが,ノーブルには独自呪文の【そっくり仮装大賞】がある。龍戦士も顔負けの反則呪文でその一人,クマルー卿を完全に再現し,エリィを拾った後にその秘密に触れてしまった可能性も無いとは言い切れない。

 いや,むしろそうであって欲しい。そうでなくては困るのだ。

「…魔法をかけて似せたのではない。もともと赤の他人と思い込ませていた魔法を解いたから,本来の姿に戻っただけなのだ」 

「で,では…」

 さすがにギルバートもその図式に思い至ったようだ。

「いい加減にしなさい!そんなの,単に名前が一緒ってだけでしょ!?私がユーリエ様の妹だって言い張るなら,その証拠を出してよ!」

 しかしそれを遮ってエリィが叫ぶ。

「…エリィ。証拠ならばそこに居るだろう?アリシアの姫を後見する立場にあり,この最高機密に触れることのできる人物。お前の正体を隠す必然を誰よりも熟知し,それを見守り続ける宿命を負った男が…」

 苦笑しながら漆黒将軍が顎をしゃくる。

(!)

 その言葉でクーラは彼にとって絶望的な過去の言葉を思い出した。ノーブルが言っていたしがらみとは,まさにこの事を指していたのではないだろうか。

「う…」

 言葉に詰まるエリィ。彼女は期待を込めて傍らの魔法使いを見る。

「ち,違うわよね?ノーブル…」

 ノーブルはおもむろに仮面を取り,真っ直ぐにエリィを見て静かに言った。

「いいえ。漆黒将軍かれの言っていることは事実です」

「…!」

 絶句するエリィ。

「私は,先代フローネ様からこの役目を仰せつかりました。ユーリエ様の後見をする傍ら,もう一人の姫君である貴女様をその時までそれと知らせずにお守りする役目です」

「ま,ま,魔法男…よりにもよってアリシアの姫君を何で儂らに…」

「お二人の下が最善の預け先。占ったらそう出たのですよ」

 ひょいと調子を変え,笑いながらノーブルは答える。

「さすがにドワーフとエルフの組み合わせは前代未聞の事でしたがね。姫をここまで健やかに育てられたのはお二方のおかげ。占いに間違いは無かったという事ですよ」

(…たしかに…)

 心の中で同意するクーラ。サナリアやルトリアでは迫害され,エリティアでも実力や人となりはともかくその反則的な素養は疎まれている龍戦士。それに対して唯一好意的なアリシアを継ぐかも知れない姫君にとって,本来的に仲が悪いはずのエルフとドワーフが仲良く両親役を務めた事はかなり大きい。

 帰還者に対してごく自然に同情的で好意的に接する事ができたのも,その素地が大きく影響していたのかも知れない。

「盗賊殿,大男殿と陣容も厚みを増し,双方を行き来せねばならぬ私もそれにかなり助けられました」

「で,で,では…卿が何かにつけて姿を消していたのは…」

「まぁそういう事ですね。私にもさすがに,分身は無理でしたから…」

「申し訳ありません!そんな事にも気づかず,私は…」

 がっくりとうなだれて言葉を絞り出すギルバート。

「いや…気づかれたらそもそも私の落ち度になるのですよ?」

 コリコリと頬をかいて溜息をつくノーブル。

「…さて。種明かしが済んだところで,覚悟は良いな?エレーナ?」

 苦笑しながら成り行きを見守っていた漆黒将軍が,そこでおもむろに口を開く。

「うっ…ぐ…」

 言葉に詰まるエリィ。

「…お前はユーリエの後を継いでアリシア女王となる。ユーリエは私が連れていく。…そして私は…お前の義兄あにとなる」

「…!!」

 ハッとしたエリィは,そのまま硬直してしまった。

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