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交錯する運命

「ユーリエ様っ!」

 階段と見れば駆け上がり駆け上がりして出鱈目に走ったエリィは,しかしさして苦労もせずに半壊した部屋を見つけ,叫びながらそこへ飛び込んだ。

 いくら戦闘が終了したからと言って,不用心すぎる。初めて来る場所ゆえにエリィを追いかけるのが精いっぱいだったクーラは,舌打ちをしながらその後を追って飛び込んだ。

「エリィ殿!」

 エリィは飛び込んだ状態のままでそこに居る。その前方,部屋の中央に先ほどの微弱な反応。おそらくはそれがアリシア女王ユーリエだ。

 だがこれほど似ているとは。以前ノーブルが作り出した複製コピーをエリィと誤認した自分だったが,それはノーブルの悪戯ではなく,本物を忠実に再現していただけのようだ。まるでエリィが二人,アリシアの名誉を優先すればむしろユーリエが二人いると言っても差し支えない。なるほどこれなら少ない労力でエリィに女王役をやらせる事ができるわけだとクーラは納得する。

「あ,あの…ユーリエ様?ですよ…ね…?」

 そこでおそるおそるエリィが尋ねる。しかしユーリエからは何の返答も無い。

(何が起こっている…?)

 違和感を感じるクーラ。ユーリエの気配が抑揚に乏しいのだ。エリィとは初対面のはずだし,このような出逢い方をするとも思ってはいなかったはずだ。だというのに,まったく無関心といって差し支えないほど気配に変化が見られない。

「か…”風”のエリィです,初めまして…」

 無礼な侵入者への警戒を無関心の仮面で覆い隠している,そうとったらしいエリィが,ひどく緊張感の無い自己紹介をする。

「…」

 しかしユーリエは無言だ。視覚を遮断しているクーラには判らないが,焦点すらエリィには合っていない。

「ユ…」

 正気を失っているのだろうか。そう判断したエリィが触覚に訴えようと一歩前へ進みかけたところで,それをクーラが制する。

「た…大尉?」

「迂闊に近寄るのは危険です。何らかの罠の可能性もあります」

 クーラは油断なく身構えながら,エリィにだけ聞こえるように言う。

「様子を見ましょう…」

 DWACは相変わらず最凶クラスの脅威を警告し続けていた。それはつまり,この部屋に漆黒将軍が居るという事を意味する。

 だが仮に罠としても,それが何を企図しているかが解らないのだ。女王を操り,先のノエルの時のようにこちらの戦力を漸減しようとしているのならば,もう少し気の利いた事を言わせて警戒を解くのが常道だ。エリィだけが狙いで,彼女のお節介を逆手に取ろうとしたのならばこれで正解なのかもしれないが,それはあくまで彼女が単独だった時の事。自分が付き従ってくる事も,傍らにいれば絶対に制止するであろう事も,予測できない漆黒将軍ではないはずだ。

(…)

 クーラの耳が接近する足音を拾う。それはノーブルのものだ。クーラは瞬時に,厄介ごとはノーブルに任せようと判断する。

「姫っ!あっ…」

 エリィの無事な姿を確認してほっとしたノーブルは,まず周囲の安全を確認してから小言の一つも言おうと思っていたのだろう。しかしそこに居た人物を見て,短く叫んで固まる。

「ユ…ユーリエ様…」

「…」

(あっ…)

 エリィは,相変わらず無言のままのユーリエ視線が,しかしノーブルへと向けられたのを認めた。

(もしかして…)

 たとえば帝国の魔法か何かで,ここ数年の彼女の記憶が欠落しているのかも知れない。だから自分達には反応も感動も薄かった。でもノーブルなら旧知の仲だ。彼女の反応にはそんな裏があるのかも知れない。

(だとすると…)

 ここは任せた方が良さそうだ。無理なくその結論に至ったエリィは心持ち後ろに下がる。

「皆さん,大丈夫ですか!お怪我は…」

 そこへギルバートが追い付いてきた。

 黒軍はどうなったのだろう,ノーブルならばあるいは自身もギルバートにそちらを丸投げして来たのかも知れないと思っていたクーラだが,正直ギルバートまでこちらへ駆けつけるとは思わなかった。ハーディ達に丸投げして来たとすれば,”風”は良い迷惑だ。

「うっ!?」

 すぐそばまでやってきて,信じられないものを見た,とばかりに叫んで立ちすくむギルバート。

「…」

 相変わらず無言のユーリエ。

(…?)

 しかしクーラは,彼女の気配に緊張の色が混じったのを感じ取っていた。

 ごく普通に考えれば,ギルバートは明らかに味方だ。だからそれが自分の前に現れたという事は,帝国からの解放を意味する。アリシアの女王として自分やアリシアがそうなる事は喜ばしいことであって,緊張するような事ではないはずだ。

 苦難を強いた不甲斐ない元首として,後ろめたいと思っているのだろうか。そうなれば例の手紙はまったくの策略で,この室内の惨状も戦闘の形跡も何もかもが罠という事にもなる。

「ユー…リエ…様…?」

 近しい女王のこの反応は,彼にとってもまったくの予想外だったのだろう。ギルバートは鳩が豆鉄砲を食ったかのように情けない声を上げる。

「…久しい…ですね,ギルバート殿」

 だがそれが奏功したようだ。おそらくはそんな彼を慮ったのだろう,それまで無言だった従妹がはじめて口を開く。

「!」

 驚愕したギルバートの顔に,みるみるうちに喜びと幸せがあふれる。そして限界を超えたその感情が,彼の双眸からとめどなく流れ出す。

「ええ…ええ!ユーリエ様っ!永きに渡る苦難の生活を放置してしまったこと,お詫びのしようもありません!しかしっ!もうそのような憂き目を味わう必要はないのです!」

「ギルバート殿…すみません。貴方をはじめ,アリシアの将兵には耐え難い苦痛を…」

 ユーリエの顔が悲しみに沈む。

「もう良いのです!今またこうして無事なお姿を拝見し,すべての懊悩と苦痛はきれいに消え去りました!」

「…」

(え?…あれ?)

 エリィはユーリエの顔が苦痛に歪んだのを見て違和感を覚える。

 申し訳なさはともかくとして,普通ならばもうその苦痛を与え続けずに済む事を嬉しく思ってもいいはずだ。

「まだ様子を見たほうが良さそうです」

 それは気配としてクーラにも伝わっていた。またエリィにだけ聞こえるように囁くクーラ。

「さぁ,ユーリエ様!いつまでもそのようなところにいらしては危険です!こちらへ…」

 その違和感はギルバートも感じていたようだ。だが彼はそれを振り払い,努めて明るく言いながら彼女を迎えようと前へ出た。

「来ないでっ!」

 しかしそれを遮ったのは,他ならぬユーリエの悲痛な叫びだった。

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