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城館へ

「…」

 クーラは先頭に立って城館へと走りながら,あれこれと思いを巡らせていた。

 エリィはすぐ脇と言って差し支えないほどの,しかしやはり本人的には言いつけを守った位置取りで走っている。

 魔法によってあり得ない速力を実現する例の鎧こそ無くなってしまったが,軽装ゆえに強靭な足腰の力を妨げられない今の彼女はやはり快速だ。重装備のハーディやアラウド,軽装でももともと非力なノーブルやギルバートではまったく勝負にならない。

 彼女が先走って孤立してしまう事は避けねばならないが,今までの例から言って何かが起これば周りが見えなくなる可能性も高い。クーラは無理なく後続がついてこれるペースを守りながら,油断なく周囲に気を配っていた。それは確かにかなりの重労働であるが,その為に形作られた存在なのだから全く気にはならない。

ノーブルの推測は,立脚している出発点そのものがあり得ないという事を除けばかなりの説得力を持っている。漆黒将軍が不在で,城館では今もなお龍戦士同士の戦闘が行われているという可能性も決して低くはない。

 しかし逆を言えば,その推測は無難すぎるのだ。今回に関してみても前提からして既にそうだが,今まで散々あり得ない事が起こってきたのだ。その経緯から考えて,そんな当たり障りのない推測にどれほどの意味があろうか。常識で考えた説得力などにどれほどの価値があろうか。クーラが心配しているのはそこだった。

 もしかしたら,伝説の龍戦士が現れたのかも知れない。ある意味それは責任逃れをしたい彼の思惑がかなり影響していたのだが,ともかくクーラはその可能性を思い描く。たとえば陽動か何かで漆黒将軍は誘き出され,手薄になった隙を衝いてきたのかも知れない。

 そうだとすれば,途中で漆黒将軍と鉢合わせとなる可能性もある。彼が何をどう考えているかは判らないが,方針転換した本国に忠義を尽くそうとしているならば,少なくともこれまで伝説の龍戦士と合流し共闘する事を目指してきた連合こちらの敵に回る可能性は高い。

 でなければ戦いなど起こり得ない。自分一人が悪者となってきた漆黒将軍が,今さらその部下達だけを悪者に仕立て上げて自分だけ連合へ寝返ろうなどと考えるはずもない。部下ごと寝返るならば伝説の龍戦士と争う必要など無いのだ。

 途中に黒軍が伏せられている可能性もある。伝説の龍戦士の来襲が真実だったとして,それと彼らでは基本性能の差は歴然であるから,直接止めにかかる,あるいは盾となる戦術はほとんど人的資源の浪費に等しい。だから彼らに与えられ得る命令として妥当なのは,それ以外の敵の襲撃,例えば伝説の龍戦士が私兵を率いているとしてそちらに備える事だろう。

 あの手紙の段階では確かに友好的と見えた黒軍も,本国の意向に沿って動くとなればこちらを敵として扱わないわけはあるまい。

「ノーブル殿!伏兵の所在はお知らせします。迂回路の指示を願います!」

「お任せください」

 早くも息が上がったギルバートの横で,涼やかに答えるノーブル。

 やはりその程度は予測の範囲内か,とクーラは思う。そこに何か得体の知れない思惑が潜んでいるのではないか。浮かび上がってこようとするその思いをクーラは奥底へと沈め,周囲の状況把握に全精力を傾ける。

 DWACの性能は強化してある。だから理屈としては黒軍がどこに潜もうとも有効範囲内に入りさえすればたちどころにそれを感知できる。だが相手もやはり龍戦士なのだ。また再び,先のレミーたちのような予想外イレギュラーが再び起こらないとも限らない。

「…!」

 そろそろ城館が有効範囲に入るはずだとそう思ったのもつかの間,クーラは一瞬にして総毛立つ。

 真っ先に感知されたこの圧倒的な存在感は漆黒将軍のものだ。

(どうなっている…?)

 予想外の出来事に混乱しかけたクーラは,しかし次々と飛び込んで来る新しい情報をもとにして,ばらけてしまった仮説のピースを瞬時に組みなおす。

 先ほど争っていた二人のうち,優勢と見えた未知の龍戦士の反応はまったく感じられない。劣勢であったほう,つまり部下のものと見られる反応が漆黒将軍の反応のすぐそばにあることと併せて考えれば,襲撃は失敗したのだろう。誘き出したはずの漆黒将軍が帰還し,瞬く間に討ち取られたのか撤退したのか,ともかく最悪の事態は回避されたと見て良さそうだ。

 もう一つ,他の二つに比べればはるかに微弱な反応が近くに在る。常人相手ならば恐るべき戦闘力を誇り,武道でも修めていればエリィとほぼ互角の勝負になるレベルではあるが,先の戦闘では居合わせたとしても傍観する以外に手はあるまい。ともかくいずれもが特に派手な動きを取っていない事から見て,戦闘は終了したと言えるだろう。

(…!?)

 しかしそこで,強化されたDWACが異変をクーラに伝える。

 部下の反応が不意に,まるで蝋燭の灯のようにゆらりと揺らめいたのだ。勿論こんな感覚は初めてだ。

(…!)

 ゆらゆらと頼りなげにゆらめき続ける反応。しかもその揺らぎは次第に小さく,弱々しくなっていく。それはクーラに恐ろしい推測をもたらした。

(力を…使い切ったのか…?)

 全力で漆黒将軍の不在の間隙を埋めようとした部下が,その目的は遂行できたものの,圧倒的不利を覆す為に全力を尽くし,文字通り力尽きてしまったのではないか。

(…っく)

 それが完全に消失してしまった事を感じ取り,思わず顔をしかめてしまうクーラ。以前の彼ならばどうという事は無かっただろう。しかし今の彼には他人事ではない。

「ここは一旦…」

「ああっ!?見て!!」

 間を置いて状況を見極めましょう,そう言おうとしたクーラであったが,呻くような彼の声はエリィの叫びにかき消された。

「むおっ!?」

「何と!」

 続けざまに発せられるハーディとノーブルの叫び。

「ど,どうしましたエリィ殿!?」

「あの部屋!壁に大きな穴が…!」

 もうそろそろ日付が変わろうかという時間帯。街の灯りもまばらだ。宵闇の中に黒々と佇む城館の,唯一灯りの漏れるその部屋は,大きく穴の開いた壁の形をぼんやりと浮かび上がらせている。

「あっ…あれはっ!ユーリエ様の寝室!!」

 驚愕したギルバートが叫ぶ。

「何じゃとぉ!?」

(なに…っ!?)

 クーラは瞬時にその新しい情報ピースをはめ込む。

 寝室の壁に穴が開いているとはつまり,そこで戦闘が行われた事を意味する。当然そこには部屋の主がいるわけで,微弱な反応はかなりの確率でアリシア女王とみるべきだろう。そして,襲撃してきたのは当初のノーブルの仮説どおり帝国本国からの刺客という事になる。救出すべき相手を危険に晒すような真似を,伝説の龍戦士がするわけがないのだ。

(ちぃ…っ)

 そこでまた不快に顔をしかめるクーラ。結局はそれも常識的な,ややもすれば硬直した推論でしかない。何でもありが売りの龍戦士が絡んでいる以上斜め上に悪い状況は警戒しておかねばならないし,自分にとって都合の良い解釈こそもっとも落とし穴に落ちやすいのだ。

 しかしその思考がすでに,落とし穴にはまっていたのだ。

「急ぎましょう!」

 叫ぶや,速度を上げるエリィ。思考に気を取られていた分,クーラはまたしてもエリィのお約束を引き留めそこなってしまったのだ。

「く…っ!」

 歯噛みしながらすぐにそれを追いかけるクーラ。だが引き留めそこなったと言っても,結局それは彼の都合でしかない。彼の性格キャラが良く言えば慎重,悪く言えば臆病であるがゆえの判断だ。その判断が常に正しいとも限らない。

(!)

 その時DWACが再び反応する。その大きさと数から言って,黒軍だ。自分達とは反対の方角,恐らくは例の宿からこちらへ向かってきているのだろう。

 彼らにとってこちらは敵なのか。不安がクーラの心をじりじりと炙る。覚醒したエリィはともかくとして,”風”にはまったく歯が立つまい。いくら自分が龍戦士の力を使えるようになったとしても,同時多発的に襲われてしまえばお手上げだ。

(…!)

 クーラはしかし瞬時に決断を下す。

 自分の目的はエリィを守る事であって”風”を守る事ではない。”風”を守りながら黒軍を突破してエリィを守りに行くのは不可能で,しかしエリィが孤立しているのに突貫を控える選択肢など”風”には無い。となれば自分だけでもエリィの傍に居る方がすべて丸く収まる可能性は高い。

「ノーブル殿!黒軍が迫ってきています。ご注意を!私はエリィ殿を追います!」

 すでにかなりの間が開いたノーブルへ向かってそう叫び,クーラは速度を上げた。

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