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双嵐の脅威

「…ッ!」

 DWACが伝えてきた異変,それは先ほどのものとは打って変わって,激しいものだった。感知された瞬間に,全身が総毛立つ。

 馬鹿な,とクーラはそれを反射的に否定した。これは漆黒将軍のものではない。ものではない以上,今の自分が脅威を感じるわけがない。あれと同等の脅威がそういくつもあってたまるものか。そんな思いがまず先に立ったのだ。

 しかしすぐに,彼はその理由に気づいた。

 反応は,それなりの速さで接近してきて,そのまま彼の上空を通り過ぎ,飛び去った。そしてその反応からは,漆黒将軍のものとは全く違う複数の力が感じられたのだ。

 結論は一つしかない。龍戦士同士の,それも手加減なしの戦闘が行われている。

 先ほどの推測が全くの的外れだった事,しかし起こっている現実がさらにその上を行くあり得なさである事に舌打ちして,クーラは寝台から跳ね起きる。

 理由は全く判らないが,今はそれをあれこれと詮索している場合ではない。ハイアムの惨事すら再び起こり得るこの状況下で自分が真っ先にしなければならないのは,エリィの身の安全だけでも確保するという事だ。

 魔法で瞬時に完全武装したクーラは半ば体当たりでもするかのような勢いで扉を押し開け,エリィの部屋へと駆ける。

 エリィにあてがわれた部屋は,通路を挟んで城館とは反対側に位置している。取り敢えずその前までたどり着き,不測の事態にはまず自分が盾となれる状況を確保したクーラは,気持ちを落ち着けながらその扉を叩いた。

「エリィ殿,起きていますか?」

「大尉…?どうしたのです?」

 すぐにエリィの声。さすがに決して小さくはない音を立てているのだ。目を覚ましていないわけがない。

「緊急事態です。すぐに準備を」

「え!?わ…解りました」

 状況はさっぱり掴めないが,冗談でこんな事を言うような人間でない事は良く解っている。エリィはすぐに支度を始める。

「どうしたんじゃいりゅ…黒メガネの!?」

「緊急事態です。どうやら城館で異変が起こったようです」

 扉を背にして油断なく身構えながら,クーラは顔を覗かせたハーディに言う。

「何じゃと!?」

「何が起こるか分かりません。すぐに支度を」

「う,うむ…!」

 すぐさま引っ込むハーディ。するとそれと入れ替わるかのようなタイミングで今度はアラウドが姿を現した。

「ア…ラウド,殿?」

 状況を再び説明しようとしたクーラは耳を疑う。

 どうやらアラウドは既に支度を終えているようだ。彼の着こんだ鎧の立てる音がクーラの耳に飛び込んで来る。

「話は聞こえていた」

 それだけを言い,歩いて来たアラウドはクーラの正面に立つ。それがまるで,まず盾になるのは自分だとでも言わんばかりの行動に思えてクーラはまたしてもあっけにとられる。

 アラウドがエリィの護衛を買って出たのは,あくまで”流星”が帰還するまでの間の約束だ。だから常識的にはその約束は果たされたわけで,もう彼がそんな事をする必要は無い。それにまずもって,支度が早すぎる。

 確かに,龍戦士の力に目覚めていれば決して不可能ではない。DWACにせよ武装にせよ,種明かしも実演も済んでいるのだ。だがついこの間まで純粋な戦士という触れ込みだったアラウドが,事も無げにそれらをやってのけるのにはやはり違和感がある。

 何となく居心地の悪さを感じるクーラ。しかしそれを考える間もなく,今度はノーブルが姿を現す。

「お二方とも,素早いですね…」

 ちょっと驚いたふうのノーブル。それは当然の反応だとクーラは思う。鎧を着込む必要のない魔法使いの方が,普通は支度に時間がかからないはずなのだ。

 しかしノーブルはそれを詮索する事はせずに,ギルバートの部屋の扉を叩く。彼もやはり今すべき事が良く解っているのだ。

「ギルバート殿…ギルバート殿!」

「あ,は,はい…どうしたのですか?ノーブル殿?」

 さすがにこちらも目は覚ましていたらしい。間を置かずに扉が開き,ギルバートが怪訝そうな顔を覗かせる。

「急いで支度をして下さい。どうも城館で異変が起こったようです」

「な…何ですって!?一体…」

「判りません」

 慌てて尋ねようとしたギルバートにぴしゃりと言い放ち,ノーブルは続ける。

「となればここであれこれと思い悩むのは下策,一刻も早く確認をするべきでしょう?」

「あ,は,はいっ!」

 すぐさまギルバートは引っ込む。

「私はせいぜい,防衛システムに何か異変が起こったという程度しか判らないのですが…」

 取り敢えずやるべきことをやり終えて待ちに入ったノーブルが尋ねる。

「大尉は,状況を把握しているのですか?」

「あまり多くは…しかしどうやら,城館には今漆黒将軍以外の龍戦士が少なくとも二人いて…戦闘中のようです」

「なん…」

「何ですって!?」

 そこでクーラの背後の扉が開き,支度を終えたエリィが言う。と言っても,彼女は着替えただけだ。鎧はミリアに破壊されたっきりで,新調していない。

「どういう事!?」

「確かなことは判りかねます。先ほどここの上空を飛び去った流れ弾のようなものから感じ取った印象というだけの話ですから…」

 この宿は城館から離れすぎている。それは覚醒の起こったエリィを向こうに探知させないという意味では確かに効果的だったが,逆を言えばこちらも向こうの様子を探知できないという事だ。

(ちっ…)

 心の中で舌打ちするクーラ。どうしてこう毎度毎度あり得ない事が起こるのだろう。まるで運命が,こちらの尽くす最善の努力をちっぽけだと,無駄な足掻きだと嘲笑っているかのようだ。

「そ,…アイツは…」

 何をやっているの,と言いかけて言葉を飲み込むエリィ。もとよりこの場の誰もが,その問いに対する明確な答えを持ち合わせていないのだ。

「よりこちらにとって都合の良い解釈をすれば…」

 そこでノーブルが口を挟む。

「帝国の本国と漆黒将軍との間に方針の食い違いが起こり,仲違いしたと見る事もできます」

「あ,…そうか,それで本国から龍戦士がやってきて…」

「だとすれば,状況はより深刻かも知れません」

 そう言って,今度は実際に舌打ちするクーラ。

「え…?」

「戦っていると思われる二人のうちの一人は…おそらく先の会見であの部屋に潜んでいた漆黒将軍の部下です」

「!」

 その時の記憶がエリィの脳裏に鮮やかに蘇る。しかしそれには構わずにクーラは言葉を繋げる。

「ところが,どうやらそちらは実力的に見てかなり劣勢のようです」

「!それでは…」

 ハッとするノーブル。ええ,とそれに頷いて見せてクーラはさらに続ける。

「その程度の事を看破できない漆黒将軍ではないはず。また,ノーブル殿の解釈に間違いが無ければ何らかの策でそうしている可能性も低い。となれば…」

「アイツは居ない…?そこを狙って本国から…って…」

 エリィの顔から血の気が引いていく。

「ええ。狙いはアリシア女王と邪神の封印でしょうね。漆黒将軍の部下がそれを必死に食い止めようとしている図式になるでしょう」

「ちょ…っ!何で落ち着いてるのよ!?緊急も緊急じゃないの!」

「あくまで推測ですから」

 苦笑するクーラ。

「そう見せかけておいて泡を食った我々が突貫してくるのを,手ぐすね引いて待ち構えている可能性もあります」

「う…で,でも…」

「お待たせしましたっ!」

 そこでギルバートが現れる。

「では行きましょう。一連の推測に間違いが無ければ,ユーリエ様の一大事」

「な…!?それはどういう…!?」

 ノーブルの言葉にいきなり殴られ,狼狽えるギルバート。しかしノーブルはさらにギルバートを殴る。

「ですが今我々が最も避けねばならないのは,ユーリエ様と姫,もろともに失ってしまう事です」

「ノ,ノーブル殿!?そんな,それではアリシアは…!」

「今は戦時です。世界にとって最も大事なのは予言の成就。一国の都合を優先するわけには参りますまい?…極論,アリシア女王などただの肩書に過ぎないのです」

(…!)

 ハッとするクーラ。それではやはり,有事の際にエリィにその肩書きを背負わせる目的で心構えを仕込んできたという事なのか。

「ノーブル殿おぉ…!」

「情けない顔をしている場合ではありませんよギルバート殿」

 さながら殴った方と逆の頬をひっぱたくかのようにぴしゃりと言い放つノーブル。

「最優先は姫ですが,さりとてユーリエ様を蔑ろにする訳ではありません。推測で軽々に動いて姫を危険に晒すわけにはいきませんが,もし推測通りなら速やかに行動を起こさねばならないのも道理」

「!そ,そうですね!」

 ハッと我に返り,表情を引き締めるギルバート。

「それに,もしそうなら理由はともかく漆黒将軍はユーリエ様を守ろうとしています。だとすればユーリエ様を守る事で,漆黒将軍と将来的に対立する可能性をも減らす事ができましょう」

(アリシアの封印が最後の一つだと知っているから…だろうな)

 そう考えたクーラは,やはりそれを知っているはずの自分がなぜか妙に醒めている事に気づいて心の中で苦笑する。

「いいですね?姫?くれぐれも真っ先に突貫するような真似は慎んで下さいよ?今や世界の命運は姫が握っているのです」

「う…わ,解ったわよぉ…」

「では,参りましょう!」

 それはエリィにとっては極めて難しい要求であるが,要は自分が先頭を走っていれば問題ない。クーラは走り出した。

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