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作戦会議

「で,どうじゃった?」

 テーブルに山と盛られた食事。それに手を伸ばしながらハーディが訊ねる。

 情報収集に出かけた二人が戻って来たのは,すっかり日が落ちた後だった。一階のホールの片隅に陣取って,”風”は遅い夕食を摂りながらその成果を共有しようとしている。

「…」

 途端にギルバートが複雑な表情を見せる。

「その様子ですと,肝心な事は何一つ判らずといったところですか?」

 ちらりとそれを一瞥しながら,スープを胃に流し込んだノーブルが言う。

「ええ…残念ながら」

「儂にとっては何が肝心かもさっぱりじゃから,説明は丁寧に頼むぞい?」

「…我々が知りたいのは,結局はユーリエ様の安否と意図です」

 ぽりぽりと頭をかきながらギルバートが口を開く。

「帝国がアリシアを制圧してのち,これまでに二度生誕の儀が執り行われております。情報によればそのいずれも,ユーリエ様は元気なお姿を国民に見せたとのこと」

「でもそれだけじゃ,本当に本物かどうかは判らないって事よね?」

 肉団子をひょいひょいと口に放り込みながらエリィが言う。

 このあたりはおよそユーリエ様には見えないなと内心で苦笑しながら,ギルバートは頷いて言葉を繋ぐ。

「ええ。状況としては,エリィ殿をユーリエ様としてお披露目したあの時のような状態です」

「遠目だしね。その気になれば魔法でも何でも使って誤魔化しちゃえばいいし…」

「まぁ…魔法王国アリシアの国民達を誤魔化せるほどの魔法を帝国が使えるかどうかの問題はありますがね…」

 苦笑しながら言うギルバート。エリィの場合には自分すらも騙しおおせたノーブルの手腕がものを言っているのだ,という揺るぎの無い思いがそこにはある。

「でも…」

 と,そこで食事の手を止めるエリィ。

「帝国にとってはそっちの方が簡単なんでしょ?ユーリエ様本人を洗脳するとか支配するよりは…」

「…まぁそういう事にはなりますね。我々としても,ユーリエ様が帝国の傀儡となってしまった可能性だけは認めたくありませんし」

「あ,それであの暗号か…」

「ええ。本来ならば,帝国があの暗号の存在に気付くはずがないのです。ですが記された内容から考えれば,帝国がその存在に気付いてこちらに罠を仕掛けたと思いたい。でなければユーリエ様が…うぐぐ…」

 ぎりぎりと歯噛みするギルバート。心まで支配されたとは思いたくない,まして洗脳されたなどとは思いたくないし,間違っても帝国になびいたなどとは思いたくない。

「そうよね…」

 エリィも憮然とした表情を浮かべる。しかしこちらはどちらかと言えば,漆黒将軍に対して蓄積されてきた警戒感だ。

「ま,まぁ脱線を戻しますと…」

 ノーブルの冷たい視線に気づいたギルバートは,コホンと一つ咳ばらいをして言葉を続ける。

「仮に帝国側が何らかの誤魔化しをしているとすれば,それを見破ることに最も長けているのが魔法学院の学院長というわけでして…」

「おぉ,なるほど。確かに魔法の腕ならばアリシア随一じゃろうからのぅ」

「成人の儀の運営を任される立場でもあります。このアリシアに…もっといえばユーリエ様の身に何が起こっているのか,それを知るにはまたとない相手という事です」

「ですが,芳しい情報は何一つとして得られなかった…」

 そこでノーブルが口を挟む。うぐ,と言葉に詰まるギルバート。

(それはそうだろう…な)

 クーラは溜息をつく。

 なにせ相手は歩く反則チートだ。不意をつくならいざ知らず,ちらとでも意識を向けられてしまっては勝ち目はあるまい。漆黒将軍自身の魔法の実力は未知数だが,彼ほどの戦略家ならば,少なくとも魔法への備えもせずにアリシアへとやってくるわけが無い。そしてそれは先の会見で実証されているのだ。

 防衛システムの件についても,”流星”によってDWACのタネが割れた今はそれが龍戦士の力に由来するものである事が判っている。それを何とかしてしまう帝国側に魔法担当の龍戦士がいるのは間違いの無い事で,それに魔法学院の院長が敵うとは到底思えないのだ。そちらも龍戦士というなら話は別だが,それならそもそもここまで帝国の好きにはさせておくまい。

「ええ…学院長すらも,認識は一般国民のそれと同じなのです…」

 そんなクーラの推測をギルバートが苦い顔で裏付ける。

「ふむ?というと…悪逆非道の漆黒将軍に身体を張って抵抗し続ける女王陛下…かの?」

「大筋そんな感じなのですが…そこがまた少々腑に落ちないのです」

 いよいよ苦虫を噛み潰したような表情になるギルバート。

「学院長の話では,当初は悪逆非道の帝国だったのですよ。ところがこの二年ほどの間にそれが随分と変化したようで…」

「どんな?」

 スープで肉を胃に落とし込み,エリィが尋ねる。

「非道なのは漆黒将軍ただ一人で,部下たちは職務に忠実な有能な者たち。随分とアリシアの治安維持にも貢献してくれているようで,好意的に受け止められているようなのです」

「え…?で,でも…」

「不自然ですよね,明らかに…。少なくとも先日手紙を届けにやってきた彼からは,漆黒将軍への揺るぎない信頼が感じられました。アリシアの民の信頼を勝ち得るような者が,悪逆非道の上官にそのような感情を抱くなど…」

「ありえん,のぅ…」

 髭をしごきながら唸るハーディ。

「ギルド長もそんな感じの事を仰っていましたね」

 ノーブルがそこで口を挟む。

「アリシア騎士団が国外退去となった事,政情不安が冒険者たちの足を遠のかせたことから,一時的にアリシアの治安は悪くなったようです。帝国黒軍が小銭稼ぎも含めてその役割を肩代わりしたようなのですが,当初ギルド長は彼らの報酬の額を落として使い倒そうとしたらしいのです」

「うむ…まぁ…あまり褒められた事では無いが,それはそれこれはこれと割り切れるものでもなかろうし…まして敵と慣れ合うのもいかがなものかというところもあるからのぅ…」

「ところが先方は…それをそれと察した上で,それで良しとしたらしいのですよ。その分他の冒険者に色をつけてやれば遠のいた足も戻ってくるだろうと…」

「…それって,いかにもアイツが考えそうな…」

 憮然とした表情で言うエリィ。

「仰る通りです,姫。そもそも有能な職業軍人という評が正しければ,上官である彼の指示を仰がずに勝手にそんな事をするわけがありません。となれば何らかの意図をもってそう仕向けたとみるのが妥当でしょうが…」

「…いったい何の目的で,自分一人が割を食うような事をしているのか…」

「こ…こちらを混乱させる策ですよ!」

 ギルバートが割り込む。

「そうやって,部下を緩衝材として帝国への反発を和らげようとしているのです!姑息な手管ですよ!」

「となると,例の暗号の謎がますます深まるわけですよ」

 ノーブルがたしなめる。

「うぐ…」

 しかし私はそれを見ていない。見ていないのに謎が深まると言われても困る。そんなギルバートの気配を察したノーブルはすぐに言葉を繋ぐ。

「ギルド長は了承済みでしたよ?」

「!」

 それでハッとして,ぐうの音も出なくなってしまうギルバート。ちらりとそれを一瞥して状況を察し,やれやれと溜息をつくノーブル。

「わざとやっとるじゃろお主ら…」

 途端にムッとするハーディ。

「ドワーフ殿,わざとも何も丸わかりでしょう?我々が此処へ来た理由以外に,確認すべき事項などありはしないのですから…」

「何…?では,招待の件か!?」

「え…!?」

 エリィも目を丸くする。

「ギルバート殿の反応を見るに,学院長も了承済みですね。とはつまり,今回のこれは間違いなくアリシアの公式の招待だという事です」

「くぅ…」

 歯噛みするギルバート。

「何じゃい,面白く無さそうじゃの…」

「当然です!…あっ,いえ,別にエリィ殿を招待するのが気にくわないわけではないのです。客観的に見れば,むしろこれほど興味をかき立てる斬新な案はそうそう出るものではありません」

(さまざまな偶然が重なっているからそうなっているだけなのだがな…)

 心の中でやれやれと苦笑するクーラ。

 エリィを招待するメリットは,早い話が格闘舞踊だ。本物かどうかはともかく,そこに居る女王ユーリエを差し置いてそのふりをする事に意味が無いわけだから,順当にいけばその演舞が目当てだ。

 ところが本来的にはアリシアは魔法王国。宮廷舞踊が広く教養として認知されている環境にあっても,格闘舞踊は格闘であるがゆえにほとんど価値を認められていなかったはずだ。尚武の気風ゆえに宮廷舞踊じたいがあまり重視されていないにも関わらず,武道と密接な関係を持つがゆえに確固たる地位を築いているエリティアとはまったく逆だ。

 つまりアリシアにおけるエリィの価値とはその程度なのだ。女王が個人的な思い入れを持っているにしても,公式行事にわざわざ招くには理由として弱い。

 順当に考えれば,連合に居る女王がエリィだと知っている者しかそこに興味を持ったり斬新さを感じたりする事はできないはずだ。情勢的なもので来賓にも苦慮するような状況だからこそ候補として挙がっただけの話で,平時ならば他の候補を押しのける事はできまい。

「では何が気に入らんのじゃ?」  

「ギルバート殿は,自分が外野の立場に置かれているのが不満なのですよ,ドワーフ殿」

 苦笑しながらノーブルが口を挟む。

「おぉ,そういう事か」

「当然です!本来ならばユーリエ様の成人の儀はアリシアの,アリシアによる,アリシアの為のものなのです!それを漆黒将軍めに良いようにされて…」

「さて…そのあたりがまた,ちと微妙なところですがね」

「え?…ノーブル殿…?微妙とは?」

 思わせぶりなノーブルの態度に,毒気を抜かれたギルバートが尋ねる。

「ギルド長にせよ学院長にせよ,行動が不自然だという事です。そもそも巷の評…漆黒将軍が悪逆非道であるとのそれが疑いようの無い現実ならば,その指図にほいほいと…少なくとも嬉々として乗るような人たちではないはず」

「それは…そうですね」

「また逆に…彼らの側から今回の姫の招待が提案されたとして,悪逆非道の漆黒将軍がほいほいとそれを受け入れるでしょうか?」

「だからこそ,我々は漆黒将軍の奸計を疑っているのではないのですか?」

「いえ,つまり…」

 ノーブルは肩をすくめながら言葉を繋ぐ。

「お二人がまったく漆黒将軍を疑っていないのが問題なのですよ。少なくともギルド長は彼が悪逆非道であると明確に認識しているのに,今回の一件になんら違和感を感じていませんでした」

「あ,そ…そういえば学院長も…」

 ハッとするギルバート。

「形としてはお二方が情熱を以て漆黒将軍から今回の成果を勝ち得た,となっているような雰囲気でしたが…ごく普通に考えて悪逆非道の,しかもやり手の漆黒将軍なら何の含みも企みも無しにそれを受け入れるはずがないでしょう。だというのに,そこにはまったく注意を払っていません。例の招待状も…学院長ならば暗号の中身はともかくとして,何かが隠された特殊な言い回しである事には気づくはず」

「確かに,それはおかしいのぅ…」

「ええ。ドワーフ殿のその反応が普通なのです。認識と現実の間に大きなずれがあるはずなのにそこにまったく違和感を持たない。となればそこには何か大きなからくりがある…」

「え…じゃぁもしかして,二人は操られている…?」

 エリィがハッとする。

「そこがまた難しい所ですね。操るならば,悪逆非道の印象の部分を操作して帝国に心酔させてしまうのが最も手っ取り早いと思うのですよ」

「た,確かに…」

 唸るギルバート。

「認めたくはありませんが,アリシアのここ二年ほどの治安維持は彼らが支えています。実績だけで見ればじゅうぶんに良心的で,評価されてしかるべきものでしょう。ところが悪逆非道の認識が揺るがない…これは明らかに不自然です。これでは…」

「漆黒将軍は何らかの目的で,自分だけが悪者という図式を維持している…という事になりますな」

 クーラが口を挟む。

「意味分かんない…けど,いかにもアイツならやりそうね」

 また憮然とするエリィ。

「しかし,何のために…?」

「それが判れば苦労はしませんよ」

 苦笑してすぐに真顔に戻り,言葉を繋ぐノーブル。

「一つの突拍子もない仮説ですが…漆黒将軍はアリシアが帝国の傀儡となって連合の裏切り者と扱われる事も避けたかったし,アリシアの歴史と伝統が途切れてしまう事も良しとしなかった…」

「ま,まさか!?」

 仰天したギルバートが叫ぶ。

「何を根拠に!?どうして漆黒将軍がそんな何の得にもならないような事を!?」

 彼はそのまま,同様に驚いて抗議しようとしたエリィが思わず躊躇するほどの勢いでまくしたてた。

「ですから,それが判れば苦労はしませんよ。何が彼の得なのかすら判断つきかねるのですから」

 再び苦笑するノーブル。

「うぐっ!む…うむむ…っ」

 唸るギルバート。それにも苦笑して,ノーブルが口を開く。

「明日の前に有益な情報が得られて対応策を考えられれば…とも思いましたが,なかなか厳しい状況ですね」

「やむを得ませんな」

 溜息をついて言葉を繋ぐクーラ。

「これ以上あれこれと思い悩んでもどうにもなりますまい。せめて十分に英気を養って,万全の状態で起こる状況に対処できるようにするべきでしょうな」

「…そうね」

 そう言ってエリィはこちらも深々と溜息をついた。

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