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舞姫と流星・後編

「…え?」

 シャルルの言った言葉の意味が理解できず,エリィは短く声を上げる。

「…アリシアには,得体の知れない何かがある」

 しかしシャルルはその疑問には触れずに話を進める。

クーラの時には理解できなくて当然だったが,今ならばその異質さが判るんだ」

「異質…?」

「ああ。以前話したDWACは,龍戦士の力を感知する為の魔法だ。だからあの会見の時,漆黒将軍は姿を現す前からそこに居るのが判っていたし…あの場にもう一人龍戦士が潜んでいたことも感知していた」

「!?」

 目を丸くするエリィ。

「じゃ,じゃああれって…」

 突然のあの不可解な,何かを避けるような動き。小さな蚊トンボが飛び回っていると言っていたあれが,実はあの場に潜んでいた龍戦士の攻撃を回避するためのものだったのか。

「ああ」

 あっさりとそれを認めるシャルル。

「ちょ…じゃぁ何!?アイツ,口では散々聞こえの良い事言っといて,裏でこっそり仕掛けてたって事じゃないの!」

「いや…だからそれは…」

 苦笑しながらそれをなだめるシャルル。

「こちらの確認をするためだけの行動だよ。ヴァニティも言っていたが,斬ろうと思えばいつでも斬れたんだ」

 ミーネの攻撃にしても,鎧があったから防げただけに過ぎないのだ。漆黒将軍がその気だったとして,DWACが無ければ気づきもせずに斬られていたわけだし,あったところでクーラのまま不意打ちを食らっていれば覚醒する間もなく終わっていたかもしれない。

(…こうしてみると,結構穴だらけだったな…)

 内心で溜息をつくシャルル。

 客観的に見れば,もちろんこの状況は想定されていない。龍戦士から安全な距離を置く事を目的としてDWACを作ったのだから,それがあるのによりにもよってその懐深くへ飛び込む事などおよそあり得ないはずだったのだ。エリィに接触しともに作戦行動をとるという想定外,エリィが深々と世界の命運に首を突っ込むという想定外,そんなもろもろが重なってあの状況が作り出されたのだ。

 しかしそれを仕方のない事だと割り切れるほどシャルルは達観していない。

「う…っ,で,でもそれにしたって不意打ちみたいな…」

「いよいよ最後の手段だったんだろうな。はじめからそうするつもりなら,姿を現す前に奴自身が動いていれば良かっただけの事だ」

「…」

 どことなく釈然としない表情のエリィ。

(ん…?)

 ふとそこでひっかかるシャルル。

(待て待て…という事は何か?奴は…俺が正体を明かされては困るかも知れないと踏んでぎりぎりまでそれをしなかったという事か…?)

 それはつまり,漆黒将軍がこちらに配慮してくれていた事を意味する。いや,そうとしか考えられない。

(…)

 ぶるっ,と身震いするシャルル。確かにただ依頼をこなしに行っただけの話だ。圧倒的実力差もあって,そうするだけの余裕が向こうにあったのも事実だ。だが単なる酔狂や気紛れでそこまでするとは到底思えない。それをするだけの何かが裏にあるのではないか。

「もう…いいわよ」

 むすっとしてエリィが言い,思考を現実に引き戻されるシャルル。

「どうせ,龍戦士どうしの間にある特別な何かが原因なんでしょ?」

「それは…判らないが」

 苦笑するシャルルは,しかし真顔に戻って言葉を繋ぐ。

「しかし,腑に落ちないところもある。当然これも,彼には知る由も無い事ではあったが…違いを感じなかったんだ」

「…違い?」

「ああ。…まぁ向こうが使っていた魔法のせいなのかも知れないが。まるで何かとてつもなく大きい力の中に,それが濃い部分と薄い部分とがあるかのように感じたのだ」

「え…?あ…」

 それでクーラはあそこまで,王城からかなり離れたあの位置まで歩くことをやめようとしなかったのか,と今さらながらに気づくエリィ。

「ああ。だが…そこがまた腑に落ちない」

「えっ?」

「結構な圧を食らってかなり感覚を狂わされていたので自信は無いが…確かあの辺りは,例の防衛システムの有効範囲ぎりぎりのあたりではなかったか…?」

「あっ…」

 そう言えばそうだ。もちろん暗闇の中だし目印を決めていたわけでもないしで間違いなくそうだと言える確証は無いが,確かに周囲の地形はよく似ていた。

「え?で,でもそれじゃ…」

 そこでハッとするエリィ。

「ああ。かなりやばい事が判るだろう?」

 肩をすくめるシャルル。

「最も無難な推測としては,防衛システムが完全に帝国に掌握されて彼らの良いように利用されている…。斜め上の推測としては,例えば漆黒将軍が防衛システムの仕組みを理解して,それと同じことを自分の力でやっている…」

「!?そ…それは…」

 あり得ない,という言葉を唾とともにごくりと飲み込むエリィ。

「龍戦士は何でもありが売りだ。俺のこのDWACだって反則チート級という自覚はある。あるはずだったが…エルやレミー,そしてミーネの存在にも全く気付く事はできなかった」

 なぜそうしたのかは判らないが,おそらく彼女たちは身を潜めたまま,こちらが男たちを無力化するところも全て見ていたのだろう。だというのにDWACは反応しなかった。それに先立つ,二人の襲撃の件もある。今となってはそれを常駐さ(はしら)せただけで安心してしまったのは迂闊という他は無い。

「…」

「俺はアリシアの暗号など知らないから,仮にあの手紙を見ても肝心なところは判らない。だからノーブルが君の安全を信じて疑わない根拠も判らない」

「う,うん…」

「しかし相手は当代を代表する龍戦士の漆黒将軍だ。何が起こってもおかしくないというつもりで事にあたらねばなるまい」

 だから俺は彼に代わるんだ,とシャルルは結ぶ。

「ちょ…ちょっと待ってよ」

 しかしそれはエリィには理解できない。

「アリシアが危険なのは解ったけれど…。それが『代わる』にどう関係するのよ?それに,そもそもその『代わる』ってのは何なの?それじゃまるで…」

「つまり…」

 再びそこでエリィを遮るシャルル。

「一時的に龍戦士の力を封印して,向こうに感知されないようにするという事さ。ミーネ達がやっていた事をより本格的に行う,と考えてもらっていいし,逆に言えばこの二年ほど俺がやっていた事をもう少し簡略化して行う,と考えてもらってもいい」

「えっ…と?」

 今一つ良く解らない,という顔のエリィ。

「もう少し簡単に言うと…一時的に俺の人格を水面下に沈めて,完全に彼として振る舞うって事さ。これは諜報部員が潜入捜査をする際にも使われる方法で…自分に催眠術をかけてまったく別の人格になりすますんだ」

 まぁもっともこれは元の世界のドラマや映画の話で,エリティアの諜報部はそこまでの事はやらなかったが,とシャルルは心の中で付け加える。

「じゃぁ…それ以上でもそれ以下でもないクーラ大尉になりすましてアリシア入りするって事?」

「…まぁ。そう考えてもらってもほとんど問題は無い」

「じゃぁ…背後うしろの死角は無くなるのね?」

「!」

 ハッとするシャルル。 

「エリィ…?まさか,先日のあれは…」

「あっ…」

 しまった,と口を押さえるエリィ。しかしすでにそれは手遅れだ。

「…その話,ノーブルにもしたのか?」

「えっ…そ,その…」

 シャルルの言葉に静かだが確かな凄みが出て,気圧されるエリィ。

「…したんだな?」

「う,うん…他に相談できる人も居なかったし…」

「…」

 深々と溜息をついてから,シャルルは弱りきった表情で言葉を発する。

「悪かった。そんな気苦労をさせて。しかもそれでノーブルの奸計に乗せられる隙を作り,あんな目にまで遭わせてしまって…」

「あ,あぅ…」

 複雑な表情をするエリィ。

「だが…心配は要らないさ」

「えっ…?」

「おそらくあれは君には見えていなかったのだろうが…レミーの十二神光雷砲をまとめて返してやっただろう?あれは…蹴り返したんだ」

「えええ!?」

 魔法か,あるいは得体の知れない力で弾き返したと思っていたエリィは目を丸くする。

「まぁ正直に言うと,少々不具合があって,まだ力がうまく統合できていないんだ。だから普段は以前の俺と変わらないし,彼に代われば基本は彼のままだ。だが…いざとなれば問題は無いんだよ」

「あ,そ,そうなのね…良かった」

(!)

 ホッとして微笑むエリィの笑顔が,鋭い刃物となってシャルルの胸に突き刺さる。

「だから…エリィ」

 それを悟らせぬよう,殊更に優しい表情を浮かべてシャルルは言う。

「心配は要らない。たとえ何がどうなっても,俺の心は君とともにある…いざとなれば俺の力は必ず君を護る…」

「え…あ…う,うん…」

「まぁ…俺の力が及べばの話だけどな?」

 しかし苦笑して肩をすくめ,はぐらかすようにおどけて言葉を繋ぐシャルル。

「…私にはもったいない…かも」

「!?」

 だが予想外の,沈んだエリィの返事に彼はうろたえる。

「おい…エリィ?」

「だ…だって…あの漆黒将軍や,あのミリアさんが欲しがる力なんでしょ?もしかしたらあなたの力は…世界を救えるだけの…」

「…無茶言わないでくれ」

 溜息をつくシャルル。

「それは絶対に買い被りだ。以前も言っただろう?俺はなんちゃって龍戦士なんだよ」

「…ぷっ」

 思わず吹き出すエリィ。しかし彼女はすぐに悲し気な顔になる。

「あれだけの力を見せて,今さらそれはないと思うけど?」

「…じゃぁ何か,君は俺が伝説の龍戦士に祭り上げられても良いと言うのか?」

「もしかしたら,本物じゃないの?」

「!?」

 驚愕するシャルル。まさかそんな斜め上が飛び出そうとは。

「だとしたら…あなたはユーリエ様と…」

「嫌だ」

 しかし即座に,続くエリィの言葉を遮るシャルル。

「え…」

「そっちこそ…今さらそれはないぞ?エリィ。シャルルがこの世界に感じる未練も,クーラの存在意義も,君でしかありえないんだ」

「!」

「君が俺以上の誰かを選ぶならそれでいい。俺が身を引くのはありだ。だが…世界のために,予言のために,君が身を引く?そんなの認めない。俺も彼も,世界なんかより君を優先するんだ。誰が何と言おうと,そこだけは絶対に譲らない」

「…ごめん」

 しゅんとなるエリィ。

「う…と,ともかく!そもそも俺はなんちゃってなんだから,そういう斜め上の期待はしないでくれよ?本物の伝説が現れたら,それに押し出されるかも知れない漆黒将軍に俺が押し出され…」

「もう!それこそそっちこそでしょ!?」

 顔を上げてきっとシャルルを睨むエリィ。

「私だって!誰が何と言おうと…」

 しかし。

「とにかく!」

 まるでその先を言わせまいとするかのように,より強い口調でシャルルがそれを遮る。

「明日は俺だと見破られない方が何かと都合が良い筈だ。だから彼に代わる。それで良いな?」

「…まぁそれは…その方が良いかもね」

 釈然としないながらも同意するエリィ。確かに理屈で考えれば,切り札は最後まで見せないのが上策だ。自分が言いかけた言葉の先にある思いから見てもその方が良い。

「よし。じゃぁそういう事で。俺が言いたかったのはそれだけだから。また明日。おやすみ」

「え?あ…」

 言うが早いかシャルルはそそくさと部屋を出て行った。

「…変なシャルル…」

 ぽかんとするエリィは,感じていた疑問が完全には解決せず心の底に僅かに残っていた事に,遂に気づくことができなかった。

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