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舞姫と流星・前編

 エリィが怒った事によって何となくそれを敬遠する空気ができたのか,以降は査問会議が開かれることもなく,一行は淡々と行程を消化して無事にマイシャへとたどり着いた。

 明日の朝に出発して午後の遅い時間にクチューラ入りし,翌日に取り次ぎを頼んで会見に臨むという計画を立てた彼らは,今晩はここでゆっくりと疲れを癒す事となった。

 その夜。自室でゆっくりしていたエリィは,扉の外に人の気配を感じた。

「…?」

 いや,正確には龍戦士の力を感じたと言った方が良いだろう。覚醒した彼女は,おぼろげながら龍戦士の力を感じられるようになっている。さすがにそれほど精度が高いわけではないが,それでもミリアやエル,レミーほどの力ならば隠されない限りは感じ取ることができる。

 だから彼女には,それと同等かそれ以上と認識するシャルルの力を感じ取れない訳が無かったのだ。

 しかし。扉の前で動かないシャルル。何か用があるなら扉を叩くはずだがそれもない。通りかかっただけにしては動きが無い。

(…)

 何か切り出しにくい話でもあって,それで迷っているのだろうか。そんな結論に至ってエリィは扉へと近づく。

 当然その気配というか感覚は向こうも察知できる。扉の向こうの気配が大きく動揺するのを感じ取るエリィ。くすっと笑って,彼女はそこで歩みを止める。

 そのまましばしの静寂。やがて扉の向こうの気配は落ち着きを取り戻し,ややあって控えめに扉が叩かれる。

「…はぁい」

 微笑を浮かべながらそれを開けるエリィ。予想通り,気まずそうな表情を浮かべているシャルル。

「あー…すまない」

「気にしないで。それより,どうしたの?」

「ちょっと,話があってな…」

 歯切れの悪いシャルル。

「…」

 そこで不意にあの晩の事を,シャルルが何処へともなく出奔した日の前夜を思い出すエリィ。

「い…居なくならないよね?」

 思わず口を衝いて言葉が出てしまうエリィ。それにびくりとしたシャルルは,視線を宙に彷徨わせる。

「あ,ああ…その予定は無いが…」

「え…ちょ…」

 それでこちらも平静を失ってしまうエリィ。

「どういう事よ…」 

「あぁ,いや…他意は無くて,だな…」

 ふぅ,と大きく息を吐いて,シャルルは気まずそうな笑みを浮かべる。

「そこは龍戦士おれにはどうしようもない宿命って事だよ…」

「あ,そ,そういう事…」

 納得するエリィ。それでシャルルも落ち着きを取り戻す。

「大丈夫。宿命がそれを許さないというのでなければ,君がそれを望む限り俺は君の側に居るよ」

「…え?」

 しかし何か奥歯に物が挟まったかのような物言いにひっかかるエリィ。

「ど,どういう意味よ…また何か妙な事を…」

「まぁ…そのあたりはおいおい説明するつもりではいたが…」

 周囲を気にするそぶりを見せるシャルル。

「あ,そ,そう…そうね」

 なるほど確かに,誰彼構わず聞かせて良い話にはならなそうだ。エリィはシャルルを部屋へと招き入れる。

「…閉めた方がいいわよね?」

「すまん。そうしてもらえるとありがたい」

「しょうがないわよ,何せ…あっ…」

 覗き見と盗み聞きが趣味の人達がと言いかけて,エリィは意図的に頭から追い払っていた悲しい現実を思い出してしまう。

「…」

 しょんぼりしてしまうエリィ。

「もしかしたら…ノエルはひょいと戻って来るかもな」

「えっ?」

「アラウドだって,かなりあり得ない状況から戻って来たんだ。フレイアだって絶対に無いとは言い切れない」

 そう言って,にっこりと笑うシャルル。

「…そうだね…」

 それで随分気が楽になったのだろう,ふっと笑みを浮かべるエリィ。

 勧められた椅子に座るシャルル。エリィは向かい合ってベッドへ腰を下ろす。

「…」

 どこからどう切り出そうか,そんな迷いがシャルルの表情に浮かぶ。

「私が望むってのはどういう意味?」

 苦笑しながらエリィはそう切り出す。

「あ,ああ…それはつまり…」

 ぼりぼりと頭をかいて,シャルルは言葉を継ぐ。

「…君が俺を選んでくれれば,って事だよ」

「!」

「君の傍にある限りは…俺はいつまでも君の剣だ」

「…選ばない事もある…って,思ってるわけ?あなたは?」

 顔から火が出そうだ。確かにこれは他の誰にも聞かれたくないし,わざわざ深みにはまりにいくのも大いに気まずい。

 しかし問いたださなければならない,そう気力を奮い立たせるエリィ。目の前のこの男がわざわざそんな事を言い出すという事は,それだけの何かが隠れている可能性が高いのだ。

「選ぶのは君だ…君が漆黒将軍を選ぶのなら,身を引くさ」

 苦笑するシャルル。

「な…!なんでそこでアイツがでてくるのよ!もー!ノーブルといいあなたといい,なんで…」

「彼が君に好意を持っているのは間違いない」

「!?」

 思わせぶりに前振りして結局そこか。手の込んだいたずらか。そう思って抗議しかけたエリィはシャルルの即答に驚愕する。

「え…?ちょ…?な…」

「何故かは判らない…」

 首を振って肩をすくめるシャルル。

「はじめは,俺が君次第だと言ったからだと思っていた。そのうちに君に興味を持って,それが今に繋がっているだけだと思った」

「え…?ち,違うの?」

 どんなにまじめに考えてもその程度,そう思っていたエリィは目を丸くする。

「発端はそうでも,今もそのままとは限らない。いや…違うな。何かがある…それは間違いなさそうだ」

「そ…」

 エリィの脳裏に,不安がむくむくと頭をもたげる。

「その何かって…何…?」

「それが判れば苦労は無いさ。取り越し苦労ならそれでもいい。良い事なら望むところだ。が,そうではない可能性もあるかも知れない…」

「そうではない可能性って…?」

 そうだな,俺の居た世界でありがちな展開としては…,とシャルルは唸る。

「例えばアリシア王城の地下に旧大戦で使用された魔操兵ゴーレムが眠っていて…帝国を打倒する為にはその起動が必要不可欠なのだが,その巨象兵士は二人乗りで,漆黒将軍は一緒に世界を救う伴侶パートナーを捜している…とか?」

「ちょ…っ」

 あんぐりと口を開けるエリィ。

「何よその設定!?ありがちって…あなたの元の世界って,それが普通なの!?」 

「…割とよく見る話なんだがな…」

 といってもそれは当時の小説の流行りだ。夢見がちな空想少年…の自分がうつつを抜かしていた世界の日常というだけだ。そんなことが現実リアルに起こっていたら,いくつ世界があっても足りない。

「ま,まぁ…多少大げさかもしれないが…招待プロポーズが起こる事だって全くの夢物語ではないって事さ。龍戦士は何でもありが売りなんだ…」

「そ,それにしたって!」

 エリィは真っ赤になって抗議する。

「何で私がそれに乗らなきゃいけないのよっ!」

「俺は完敗したからな…頼りがいで言ったら世界最強じゃないのか?それに…悪い奴でもなさそうだ…ちょ,待て!」

 激高しかけたエリィを慌ててなだめるシャルル。

「誤解はするなよ?だからと言って俺は,奴には譲るつもりは無いんだ。条件は同じだからな」

「えっ?」

「さっきの宿命の話だ。俺は龍戦士で,いつ飛ばされるか判らない。だが…奴も龍戦士だ。だから奴もいつ飛ばされるか判らない。どちらが先に飛ばされる事になるかも判らない,飛ばされずにすむかも判らない。結局それは運次第だ」

「う,うん…」

「だから,君が奴を選ぶというならともかく。そうでないなら,俺は自分から退くつもりは無いって事さ」

「シャルル…」

 潤んだ瞳でじっとシャルルを見つめるエリィ。

「ま,まぁ…その意味ではクーラの方が俺より気持ちが強いんだが…」

 気まずそうにそれから視線を逸らすシャルル。

「えっ?」

「言ったろう?彼の名はガイナ(守る)クーラ(彼女のすべてを)…記憶と龍戦士の力を封印して生まれた彼は,別の言い方をすると,俺の中から君への思いだけを取り出して作られた人格なんだ」

「あぅ…」

 また顔から火が出そうになるエリィ。 

「で…自分が龍戦士という事を知らない彼は,当然龍戦士の弱点も自分には無いと思っていた。だから…言っていただろう?俺に譲るつもりは無い,その座を明け渡して頂くと」

「!」

 そのまま,しばらくの沈黙。

 だがエリィの中には疑問がむくむくと膨らんでいた。確かにその時のクーラはそういう認識だった。だが今のクーラは…シャルルとしての記憶を取り戻し龍戦士であることも理解し,同時に宿命的な弱点も背負ってしまった彼は,いったい何を思うのだろう。

(え…?あれ…?)

 そこで感じる違和感。一度はノーブルにうやむやにされてしまったささやかな疑問を,彼女は思い出した。

「あの…」

「なぁエリィ」

 しかしそれを口に出すより早く,シャルルが言葉を投げかけてくる。

「少々気まずい質問ではあるんだが…君から見て,彼はどうだった?」

「えっ!?」

 どきりとするエリィ。

「ど…どういう事?」

「彼はもともと,俺の弱点を鍛える為に生まれた。だから当然,もともとの俺とは考え方から戦い方まで,全くの逆になるって事さ」

「あ…そ…そうね」

 不安になるエリィ。シャルルの言っている事は自分が訊ねようとした事にも大きく関わっている。ならばなぜ,わざわざ遮ったのだろう。

「後学の為に…君がやり易かったかやりにくかったかを聞いておこうと思ってな」

「え?」

 しかし他愛もない方向へと話の内容は逸れていく。単なる思い過ごしなのだろうか?肩透かしを食った格好のエリィは,うーん,と唸ってから口を開く。

「安定感はあったかしら」

「ほぅ」

「まぁはじめはかなり腹が立ったんだけど」

「ほ,ほぅ…」

 シャルルの表情が僅かにひきつるが,自分の考えに没頭しているエリィはそれに気づかず続ける。

「何をやっても見透かされてる気がして。それで何とか予想外のところへ展開しようとするんだけど,それも読まれてるのよね。ほんとニヤケメガネって感じで腹が立つったらなかったわ…」

「ほ…ほぅ…」

「でも…慣れてくるとすごく楽なのよね」

「ほぅ…?」

「どんな予想外の展開にも対応しちゃうっていうか…何があっても余裕ですって感じなのよね」

「…そうか」

 苦笑するシャルル。それは強がりややせ我慢の類だ。常にギリギリの選択を迫られて,それでも誰にも泣き言を言えなかっただけだ。

「でも,ちょっと面白味というか,わくわく感には欠けるかな」

「…ほぅ」

「だって…何でも一人で対処しちゃいそうなんだもの。私は決められた道筋を歩くだけで切り開くっていう感覚もないし…」

「…そういえば…」

 また苦笑するシャルル。

「あー!アレでしょ!?アレの事を思い出したわね!?」

 顔を赤くしながら叫ぶエリィ。

「ああ。君はお姫様をやれと言われたら全力で拒否する性格キャラだったな」

「うー…」

 頬を膨らませて唸るエリィ。ははは,と笑ってシャルルは口を開く。

「だがまぁそれなら…クーラで大丈夫だな」

「えっ?」

「エリィ。そこが今回の本題なんだが…」

 真顔になってシャルルは言葉を繋ぐ。

「明日は…クーラに代わろうと思う」

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