得られた確証
それまで左右にステップを踏んで広く大きく攻撃をしていたエリィは,次第にその幅を狭め,技そのものも小さくまとめながらシャルルとの間合いも徐々に近づけていく。
ノーブルがエリィに授けた策は,死角からの攻撃だ。
それを聞いた時,彼女の脳裏にここ数日の出来事が相次いで蘇った。ヒュームを葬らんと襲撃してきた帰還者を迎撃した際にクーラが見せた攻略法。それが流星の弱点と彼は言い切り,自分ならそんな弱点は放置しないとも言い切った。事実,彼は舞神流を傷だらけになって修め,エリィの目から見ても全く隙の無い制空圏を身につけた。
ところが記憶を取り戻したシャルルは,ハーディの突っ込みを立て続けに食らっている。雰囲気を懐かしむ為に敢えて食らっていたというなら話は別だが,そうでないなら何かがいろいろとおかしい。
だからまずそれを確かめる。死角からの攻撃をかわすなり防ぐなりすれば心配は杞憂に終わる。そういう策だ。
クーラに支配されていた時とは全く逆の,なるべく次の連携の選択肢を広く保つ組み立てをしながら,エリィは仕掛けの起点となる技,ほぼ密着状態から繰り出す左の膝蹴りの機を窺う。
ある意味その思考は,それまで感性で戦ってきたエリィがクーラに教わったものだ。
(ここっ…!)
絶好の機会を作り出し,エリィは膝蹴りを放つ。
シャルルはそれをよく見て防ぐはずだ。だから必然的にそちらを注視する。だから型と立ち位置の関係で彼の左肩の前あたりに位置するエリィの右手は,彼の視界の隅へと追いやられる。
そこにこの策の核心がある。放たれた膝蹴りからの派生は,多少無理をするものまで含めれば三〇は下らない。だがここでそれらを完全に無視し,舞神流の動きにはない右の拳でシャルルの左頬へと突きを放つエリィ。
「!?」
命中寸前で異変に気付き,驚くシャルル。素人の拳であるから大した速さも威力も無いが,自分の手を差し込む隙間は無い。
彼は右へ首を傾げて突き上げ気味のそれをやり過ごす。今回の組手で初めての,防がなかった攻撃だ。
しかしそれこそがノーブルの策の狙いなのだ。撃ち慣れていない拳であるから当然エリィの身体も前へ流れる。それを優しく受け止める事に両手も意識も向けてしまうであろうシャルルは,彼女の右手からは完全に注意を逸らしてしまうだろう。
「っ!」
そこで,エリィは当初の計画通り右手を折り曲げ,シャルルの頭を後ろから掴みに行く。クーラの身につけた制空圏とシャルルの持つ龍戦士の力が両方とも機能すれば防げるはずの攻撃だ。
「!?」
しかし。エリィの右手はシャルルの頭をしっかりと掴んだ。突如意識の外からやってきた感覚に驚くシャルル。
(く…っ!)
自らの懸念が現実のものとなってしまった事を確信し,歯噛みするノーブル。
「…!」
エリィもまた険しい表情になる。それが何を意味するかこそ聞かされていないが,ノーブルの懸念が当たってしまった事は間違いないと彼女も悟ったのだ。
しかし。
「エ…リィ?」
困ったような気まずいようなシャルルの囁きを至近距離で感じるエリィ。
至近距離で?感じる?それに疑問を感じたエリィは今の状況に気付いた。
「あ…っ」
密着も密着。囁き程度に吐き出された息を,その空気の動きを感じられる位置に,自分の唇がある。右拳を放って顔が右に傾いた自分と,同じくそれをかわすために右に顔を傾けたシャルル。正対していればぶつかったはずのお互いの鼻は進路を譲り合っている。
「おおおおっ!?」
ギルバートが叫ぶ。
「…っっ!?」
「うおっ!?」
それを合図に,シャルルを突き飛ばして離れるエリィ。
「ま,ま,真昼間から公衆の面前で何をやっとるかっ!?流星のっ!そこに直れっ!!」
怒り出すハーディ。
「ま,ま,待て!俺は何もしていない!」
見ていなかったのか?と言うシャルルだが,そもそもハーディの目で正確に追える速度ではない。やかましいわっ!といきり立つハーディ。
「エ…エリィ!?いったいどういう…」
「わ…私に訊かないでよぉ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶエリィ。
「なに…!?」
それでハッとするシャルル。考えつく可能性は一つだ。
「ノーブルっ!?これはお前の仕業か!」
「何じゃとぅ…!?」
ノーブルのほうへと向き直るハーディ。
「ええ,いかにも。私が姫に策を授けました」
残念そうな顔を見せながら言うノーブル。もちろんこれも策略の一環であり,多少勢い任せになってしまった感はあるがもともとエリィにもこちらへ振れと言ってあったのだ。
「策…?」
ぴくり,と反応するシャルル。そこに探られたくない何かの存在を認め,より一層確信を強くするノーブル。
「ええ。流星殿…少々貴殿には失望いたしました」
「…どういう事だ」
「そもそも。私が姫に相談をもちかけられたのは,貴殿の態度が煮え切らぬからですよ」
肩をすくめてノーブルは続ける。
「貴殿のあの宣言は言葉だけではないのか。上っ面だけで,その実逃げ腰ではないか。私が懸念しているのはまさにその一点」
(え…?あれ…?)
やや落ち着きを取り戻したエリィは,密かに首をかしげる。どこか微妙に話がずれていないだろうか。
「ぐ…っ」
言葉に詰まるシャルル。それを見てノーブルは畳みかける。
「私一人ならば親バカと見過ごすこともできましたが,姫までもどこか貴殿に不安を感じていると言うならそれは気のせいではありますまい。そこで私はこの策を授け,貴殿の態度を試す事にしたのです」
「…試す,だと?俺ばかりかエリィまで見世物にしようという,この悪趣味な仕掛けが,か?」
「逃げ口上ですか?流星殿?それこそまさに貴殿の腰が引けている証拠」
「なに…っ?」
「腰が引けていなければ寸止めになどならなかったはず」
にやりと笑ってノーブルは言い放つ。
「馬鹿な…っ!それでは貴様は,俺の態度を明らかにするためだけにエリィを犠牲に…」
「おやおや…いろいろダメダメですね流星殿」
溜息をついて見せてそれを遮るノーブル。
「今回の私の策は,言わば既成事実を作っちゃおう計画…婚約の儀ですよ」
「!?」
目が点になるシャルルとエリィ。
「ちょ…ま…ノーブル…!?」
「これから漆黒将軍のところへ向かおうというのです。何が起こるか判らないからには,お互いの気持ちを確認しておいても良いのではないですか?特に流星殿…逃げ腰でどうにかなる相手ではありませんよ?」
「う…ぐ」
胸に痛みが走り,顔をしかめるシャルル。
「ノーブル!?あ,あなたねぇ…!」
真っ赤になりながら抗議するエリィ。自分はそんな事が引っかかっていたのではない,純粋にシャルルの様子がおかしい事を心配していただけなのだ。
「姫にしてもそうですよ」
しかしノーブルはそれを制する。
「え…っ?」
「どうするのです?漆黒将軍が姫を要求したら」
「ええっ…!?」
「あるいはアリシア絡みで何か無理難題をふっかけられたら?…例えば流星殿が本物の伝説の龍戦士で,それをアリシアにとられそうになったら?」
「…!」
「ここにはアリシアの人間も居ますよ?」
ちらりとギルバートを見るそぶりを見せてにやにやと笑うノーブル。
「ノ…ノーブル殿?いくら何でもそれは…」
「そこを無いと宣言するための目的もあります。言わばここに集まった者たちを証人に仕立て上げながら,同時に勝手な真似はさせないと縛るための策でもあるのですよ」
こちらも抗議しかけたギルバートだが,ノーブルはちっちっと指を振って即座にそれを封じ込める。
「むぅ…しかし…いささか強引なやり口ではないかのぅ…」
「ドワーフ殿…早く姫の身を固めてしまいたいと思いませんか?そして,流星殿ほどの適任は居ないと思いませんか?」
「まぁ…それはそうじゃが…」
それで引っ込んでしまうハーディ。
「ちょ…ハーディ!?」
「というわけで元凶は流星殿です。貴殿が煮え切らないから,このような強硬手段に訴えるしかなくなるのです。もっと責任を感じて頂かないと困ります」
しれっと結んで,にやりと笑って見せるノーブル。
「…詭弁を…っ!」
顔をしかめたまま精いっぱいの抗議をするシャルル。
「…?」
そこでエリィはシャルルの様子がおかしい事に気づく。いくらノーブルの悪辣な計略が決して小さくない衝撃を与えると言っても,さすがに引きずり過ぎだ。
「シャルル…?」
何か異変が起こったのだろうか。途端に不安に支配されて彼女は恐る恐るその名を呼ぶ。
「ああ,いや…」
精いっぱいの笑顔を見せながらシャルルは答える。
「何でもない。いや,何でもあるんだが,つまりその,それは君に申し訳ないという…」
「シャルル…」
「まったくですよ流星殿。もっと覚悟を決めて頂かないと…」
「ノーブルっ!いい加減にしなさいっ!」
きっ,とノーブルを睨んでエリィは鋭く言い放つ。
「…!」
ハッとするギルバート。
(…?)
ごしごしと目をこすって,あらためてよく見直す。
なぜかこのところ主君ユーリエに重なって見えるエリィが,またも重なってしまったのだ。
もちろんユーリエがこれほど語気を荒げた事など,彼が知る限りでは一度も無い。だというのに何故そうなってしまうのだ。
「立場が人を変える…のか?」
彼の敬愛する従妹も,女王のしがらみから解放され冒険者として市井に在ったらこうなるのだろうか。そんな事をつぶやいてしまう。
「くだんない事言ってないで,出発の準備っ!」
「…!」
あまりのタイミングの良さにぎくりとして口元を抑えるギルバート。
「良からぬことを考えていましたね?ギルバート殿?」
ふふっ,と意味ありげな笑みを浮かべてノーブルが言う。
「!?い,いえ,私は別に…」
「ほらそこっ!何すっとぼけてるの!」
エリィの叱責。勿論それはノーブルに向けられたものだが,またもぎくりとするギルバート。
申し訳ありません,と抑揚のない機械的な口調で答えながら,ノーブルは出発の準備を整えるべく動き始める。
しかし例によって彼は心の中では全く別の事を考えていた。
彼の懸念は現実のものとなってしまった。そこから導き出される最悪の結末は,確実にそうなると判るまではエリィに伝えるべきではない。そう瞬時に判断した彼は,即座に既成事実づくりなどという詭弁を弄して彼女の意識を逸らしたのだ。
(まずい事になりましたね…)
もう少し慎重に状況を見極めて,最善の手を尽くしていくしかあるまい。ノーブルは困難な道のりになる事を覚悟した。




