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大男の帰還

「俺がどうした…?」

「えっ?」

 目を丸くして声がした方向を見るエリィ。

「あ…アラウド!?」

 そこには満身創痍で落ちていったと聞かされた大男の姿があった。

「大男の!?お,お,お主…!?」

 あり得ないものを目の当たりにしてハーディも愕然とする。

「ご無事だったのですか,大男殿…」

 こちらも驚きを隠せない様子で,しかし違和感は一つも見逃すまいと窺うノーブル。

「無事では無かったがな」

 わずかに皮肉めいた笑みを口元に浮かべ,アラウドは言う。

「大丈夫なのか?アラウド?」

「…」

 シャルルが言うと,アラウドは彼に視線を移してしばし沈黙し,やがておもむろに口を開いた。

「あちこち傷んではいるが,まだ大丈夫だ」

 それだけ言って,またシャルルをじっとみるアラウド。

「あ,そうか…あのねアラウド,実は…」

「隠す必要は…無いようだな」

 状況を説明しようとしたエリィを,しかし彼は遮る。

「え?」

「戻ってきたのだろう?流星が」

「!?」

 目が点になるエリィ。

「な,何で…?」

「口調が違うだろう?雰囲気も別物だ」

「そ,それだけで解っちゃうの!?」

「それに何より…懐かしい力を感じる」

 ふっ,と笑みを浮かべるアラウド。

「!?」

 再び目が点になるエリィ。

(なん…だと!?)

 だがそれはシャルルも同様だった。アラウドの言う力が龍戦士としてのそれならば,自分はとうの昔にアラウドに正体を見破られていた事になる。

 だがそんな現実離れした事をするためには,今自分が稼働させているDWACのような魔法でもなければ龍戦士の力が,しかもかなりの力が必要だ。

(…)

 もしアラウドがかなりの力を持つ龍戦士だったとして,しかも帰還者たちがしていたような手法でそれを隠し,こちらに悟らせなかったというなら。彼の目的は一体何だ?

(いや…待て)

 それは過大評価ではないだろうか。それだけの力を持っているなら,二度も死にかける必要などないはずだ。ワ=ダオラ奪還戦のほうでは”風”を守るべく奮戦したという話で,直接見ていない自分にはそれがどれほどの激戦だったかは窺い知れない。だが少なくとも先日のあれは,エリィ程度に実力を見せさえすればあれだけ傷だらけになる必要も無かったはずだし,まして身を犠牲にする必要は全く無かったはずだ。

 しかし過大評価だとすれば,あれだけの死地から無事に戻って此処に居る事が無理筋となる。

(…まぁ,いいか)

 しかしシャルルは深く考えるのをやめた。仮にエリィに起こったような覚醒がアラウドにも起こったとして,それでアラウドが別人格に変わるわけでもない。アラウドがアラウドでありさえすれば,龍戦士の力を持っていようがいなかろうがさして重要ではない。何でもありの龍戦士がらみで細かいことをいちいち悩んでいてもきりがないのだ。

「ぶ!」

 その時,後頭部に衝撃。ハーディの拳が炸裂したのだ。

「流星の。日和見ひよっとる場合ではないわい」

「あ,ああ…すまん」

 既にアラウドは焚火の側へ腰を下ろしている。

「もう…シャルルも言ってやってよ!」

 憮然とした表情のエリィ。

「な…何を?」

 どきりとするシャルル。

 アラウドが龍戦士の力を隠しているという事をか?と考えてそれを否定する。DWACにはひっかかったが,体感としてアラウドから感じる力は,ややもすれば見落としてしまうほど僅かだ。

 いくら目覚めたと言っても今の自分から見れば微々たる変化に過ぎないエリィでは,おそらくこの変化は感じ取れないはずだ。

「クローディアさんの事よ!せっかく生きて戻れたんだから,報せて喜ばせてあげたら良いじゃない!?それなのにアラウドったら…」

「ああ…」

 なるほどそっちか。ほっとするシャルル。迂闊な事を口走って,秘密かも知れない事を暴露してしまわなかった事に安堵する。

「…アラウドは死んだ。ディアには,新しい幸せを見つけてもらわなければならない」

 火を見つめながら静かに,しかしきっぱりと言うアラウド。

(!)

 ハッとするシャルル。そういえば,クローディアが現れた時にもアラウドはそんな事を言っていた。

(彼女を諦めさせるために死んで見せた…のか?…いや…)

 唐突に斜め上の事を考え,しかしすぐにそれを否定するシャルル。それだけのためにあれでは,割に合わなすぎる。そもそもなぜ諦めさせなければならないのだ。

「だ!」

 再び衝撃。

「流星の!お主たるんどるぞ!?全く隙だらけではないか!」

 憤慨するハーディ。向かい側では呆れたような表情のエリィ。

「あ,ああ…すまん」

 気を取り直してシャルルは言う。

「エリィ…今はそっとしておいたほうが良いんじゃないか?」

「え!?アラウドの肩を持つの!?それはいくら何でも…」

「いや,そうじゃない。少なくとも…」

 エリィの抗議を遮るシャルル。

「この戦いが終わるまでは,すぐに報せる事がベストの選択とは限らない」

「…あ…」

 その意図を察するエリィ。またいつあんな状況になるか知れたものではない。今報せてしまえばきっとクローディアは戻って来る。それはつまり彼女もその危険に晒してしまうという事だ。

「そ,それは…そうかも…でも…」

 しかしどこか釈然としない表情で,うーん,と唸るエリィ。

「まぁまぁ,そろそろ本題に戻りませんか?」

 そこでノーブルが割り込む。

(余計な事を…)

「え?あれ?本題…何だっけ」

 首をかしげるエリィ。やれやれ,と溜息をついてノーブルは口を開く。

「当代きっての龍戦士と思しきミリア殿と漆黒将軍殿が,揃って流星殿を味方に引き入れようとしていた事について,ですよ」

「あ…そうだった!」

 ハッとするエリィ。

「だからそれは,ハイアムの故事を…」

 しつこい。男の素性を根掘り葉掘り聞きだそうとする父親とはこれほどのものか,とうんざりするシャルル。

「ねぇシャルル…記憶はすべて戻ったの?」

 ところがそこで,エリィが突然疑問を口にする。

「記憶…?」

 それに何の脈絡も見つけられず,シャルルは聞き返す。

 しかしエリィは,驚くべきことを言い始めた。

「あのね…?あの,ミリアさんなんだけど。私が覚醒したせいなのかなんなのか,ちょっとした力みたいなものを感じるようになって…」

「で…?」

「それが…シャルルと凄く似てるのよ」

「!?」

 驚くシャルル。だがその驚きは当然の事だ。

 そもそも彼は,ミリアのそれを漆黒将軍とまったく同質のものと認識している。もしエリィの言葉が正しければ,それは自分とミリアのみならず,漆黒将軍の力もまた同質であるという事になるのだ。

(どういう事だ…)

 何をどうやっても,自分の力を自分で感じ取ることはできなかった。だからそれを確認することもできない。 

「だから…シャルルとミリアさんって,何か特別な関係なのかとも思ったのだけれど…」

 そんなシャルルの様子を窺うようにしながら,ぽつりぽつりと言葉を重ねるエリィ。

(…)

 嫌な予感がする。この件に関しては迂闊な事を,特にノーブルの前で言ってはいけないような気がする。そう直感したシャルルはことさらに気楽な様子を演出して口を開く。

「ある程度,傾向みたいなものがあって,それがたまたま似ているというだけなんじゃないかな?」

「傾向…?」

「例えば…魔法戦士にしたって,主体が魔術と体術のどっちになるかはそれぞれだ。が,結局どちらかしかないわけだから似るのは当たり前だと思うがな」

「好み,みたいな?」

 ちょっと考えてエリィは言う。確かに舞神流でも,得意な技の系統が同じであれば戦い方はそれなりに似てくる。

「ああ」

「龍戦士の力に関してはそれほど単純ではないような気がしますがね…」

 そこでノーブルが割り込む。

 まずい。ここは何としても核心部分を隠さねばならない。内心でひやひやしながら,シャルルは手段を択ばずに封じ込めにかかる。

「どうかな…例えばノーブル,実はお前も先日のアレで覚醒しているだろう?」

「えっ!?」

 目を丸くするエリィ。

(やはり,気づいていないか…)

 自分の見立てが正しかった事を悟るシャルル。ノーブルはコリコリと頬骨をかく。

「さすがにDWACに隠し事はできませんか…。ええそうです,確かに先日のあれで,私にも覚醒が起こったようです」

「そ,そうなんだ…ノーブルもルーツに龍戦士がいたのね」

「ええ。そのようです。…しかし?それが?」

 やはり表沙汰にはして欲しくない話題だったのだろう。やや憮然とした様子でノーブルは言う。

「あくまで俺の感覚だが…エリィとノーブルの力は随分似ている気がするんだよ」

「えっ?ノーブルが?私と?」

「なん…ですって?」

 ぽかんとするエリィと対照的に,驚愕するノーブル。

(…?)

 いつになく真剣な様子に,違和感を覚えるシャルル。

「ちょ…ノーブル?どうかし…」

「素晴らしいっ!」

 しかしそこでノーブルは叫ぶ。

「!?」

「私が,姫と似ている,ですって!?なんと素晴らしい!光栄です!私ごときがっ!?姫とっ!?」

 感極まったように滂沱しながら叫び続けるノーブル。

「ちょ,ノ…落ち着いて!」

 慌ててそれを抑えにかかるエリィ。

(何だいつもの親バカか…)

 呆れるシャルル。さしものギルバートもぽかんと口を開けてそれを見ている。

 だが先ほどの憤懣にも似た感情は消え去っている。結果オーライだな,とシャルルはほっとする。

「あれ…?でも…」

 そこで首をかしげるエリィ。

「私とノーブルじゃ,全然得意分野が違うと思うけど…?」

「まぁそのあたりは俺に訊かれてもな。龍戦士の力の正体なんて謎でしかないんだ」

 苦笑するシャルル。

「もしかしたら,覚醒によってノーブルが体術に向くようになるのか,あるいはエリィが魔法に向くようになるかも知れない」

「えっ!?わ,私が魔法を…?」

 急にそわそわしはじめるエリィ。

(気にしていたのか…)

 また苦笑するシャルル。おそらく彼女は,漆黒将軍の手紙が読めなかった事やエルにアリシア女王と思われなかった事を気にしているのだろう。後者はともかくとして前者は,漆黒将軍への複雑な思いと相まってかなりの重さになっているだろう。

「まぁそのあたりはおいおい見ていくとして…」

 落ち着きを取り戻したノーブルが割り込む。

「本題ですよ…なんかグダグダになっちゃいましたがね」

「何がそんなに気になっているんだ?」

 グダグダにしたのは主にお前だろう,と思いながらシャルルは尋ねる。この調子ならそれほど深刻な話にはなるまい。

「もし流星殿が正真正銘の伝説の龍戦士なら…」

「!?」

 しかしひょいと,それこそ明日の朝食の献立について希望を言うかのような口調で,とんでもない事を言い出すノーブル。

「漆黒将軍殿たちが流星殿を仲間に引き入れようとするのも良く解りますし,ユーリエ様を引き渡そうとする事にも裏付けが出て来るのですがね…」

「な…何ですって!?いや…しかし…」

 驚愕するギルバートは,しかし昨夜の一件を思い出して考え込み,しまいには期待のこもった目でシャルルを見つめた。

「人違いだって。だいたい俺がこちらへやってきた時期は,伝説の龍戦士とはずれているだろう?」

 内心の焦りを悟られぬよう,また軽さを意識して言葉を発するシャルル。

「まぁ伝説などというものは根っこが大雑把ですから。そのあたりは深く気にしなくとも良いですよ」

 すまし顔で言うノーブル。

「やめてくれ。俺はそんなものになるつもりはない。俺は…どこまでいってもエリィのがわだ。だからエリィの敵に回るものはすべて俺の敵だ。それはたとえアリシアだって例外じゃない」

「あぅ…」

 またエリィの顔が紅潮する。

「…ったく。結局俺にそれを言わせたいがための誘導なんだろう?つくづく趣味が悪いな,ノーブル」

 落ち着いて,とそちらに身振りで伝えながら,シャルルはため息交じりにノーブルを非難する。

「否定はしませんよ。頬を染める姫は,眼福以外の何物でもありませんからな」

 ふふふ,と笑うノーブル。しかし彼はすぐに表情を引き締める。

「ですが…用心に越したことがないのも事実です。漆黒将軍殿が姫と流星殿に逢って何を言い出すのか,それは間違いなくこの世界の趨勢を決めるものとなるでしょう」

「だから買い被るなと…そもそも漆黒将軍は来るのは大尉クーラだと思ってるだろう?」

「逢えばすぐに違うと判るのでしょう?何せ龍戦士は惹かれ合うものらしいですからね。間違いなく当代を代表する二人が,それと気づかないわけもありますまい」

「それは…」

 まったく反論の余地は無い。場合によっては何らかの対策を考えておかねばなるまいか,とシャルルは身震いする。 

「むしろ唐突にそうだと判るほうが,不測の事態も起こりやすい…」

 だからこそ流星殿の意思確認を,それこそ毎晩でも行わないと不安なのですよ,とノーブルは付け加える。

「毎晩やるつもりか…!?」

 耳を疑うシャルル。

「いっそ,日課にしてしまいましょう。朝起きたら朝日に向かって…いえ,朝日を背にした姫に向かって宣言する」

 満面の笑みをたたえるノーブル。

「…」

 シャルルは頭を抱えた。

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