DWAC
「姫…姫…」
「ん…もうおなか一杯…」
「何を仰いますか。まだまだデザートはたくさんありますよ」
「うーん…それは…」
そこでエリィの意識は覚醒する。
「え…」
頭を抱えるシャルル,苦笑するギルバート,髭をしごくハーディ,それらを見てエリィは自分が置かれていた状況を思い出す。
「ちょ!?ノーブル!?」
「おや?流星殿の話の事だと思っておりましたが…何か勘違いしておりましたか?」
涼し気に言うノーブル。
「うぐ…」
「さて,では姫も復帰しましたし続けましょうか」
「え,あ,…」
不覚にも自分は意識を失ってしまったのか。別の意味でも気恥ずかしくなったエリィは,しかしその原因へと思いが向きそうになって顔の熱量が増していくのを感じる。
「ここから先は深刻な話ですよ。我らの将来を大きく左右します」
しかしそれを抑えるノーブル。
「将来を…じゃと?」
「ええ。流星殿の立ち回りいかんでは,帝国,連合,帰還者のどこが吹っ飛ぶかも変わってきます。アリシアも極めて厳しい状況でしょう」
「な…何ですって!?」
ギルバートが叫ぶ。
「シャルル殿っ!それだけは,それだけは何卒!」
「いや,そんな事言われてもだな…そもそもノーブルの話が嘘くさいんだから,まじめに取り合わなくても良いと思うぞ?」
「失礼な…」
溜息をつくノーブル。
「良いでしょう。根拠を説明いたします。泣いても知りませんよ?」
「…泣きたくないから聞きたくないとか言ってもどうせ言うんだろ?」
「まぁまぁ,そこはお約束ですから」
コホン,と一つ咳ばらいをしてノーブルはおもむろに口を開く。
「流星殿次第というのは,ミリア殿,そして漆黒将軍殿の態度から推測される事でしてね」
「…」
ぴくり,と小さく身体を震わせるシャルル。
嫌な予感。それはかつてエリィとも確認をした,自分が龍戦士であることを秘密にしようという判断にも関わってくる。
つまり,自分が伝説の龍戦士に祭り上げられてしまうという危険だ。不幸な事に,今自分はその役をやらされている。
「もちろん細かい状況は違いますが…ミリア殿にせよ漆黒将軍殿にせよ,流星殿を味方に引き入れようとなさっていましたね」
「あ…っ」
ハッとするエリィ。
「…漆黒将軍は違うだろう?彼が同志に引き入れたがっていたのはエリィだ」
即座にそれを否定するシャルル。無論そんなものは屁理屈だ。エリィ次第だから彼女に訊けと,かつて彼に言ったのは他ならぬ自分なのだ。
「あぅ…」
それで状況を察するエリィ。いつも通りにアイツは自分をからかっているだけだと否定できなくなってしまった格好だ。
「ご謙遜を…」
しかしすぐにそれを一笑に付すノーブル。
「散々その覚悟を探られ試されしておりましたでしょう?…おそらく正体も含めて」
それは大尉だ,と反論しかけたシャルルは,付け足されたノーブルの言葉にそれを封じられてしまう。
「…ところで」
しかしそこでひょいと調子を変えるノーブル。
「腑に落ちない点がいくつかありましてね。そのあたりも確認しておかねばなりません」
「腑に落ちない…じゃと?」
目を丸くするハーディ。しかし彼の言う意味は本来のそれとは全く逆だ。腑に落ちない理解が追いつかない,そんな事だらけのこの話の中で,何を今さらという意味だ。
「以前…私が秘密裏に,ユーリエ様から伝説の龍戦士探索を依頼された際…」
「な,何ですって!?」
ギルバートが驚愕する。
「ノ,ノーブル殿!?貴殿はいったい!?」
「些末的な事は措いておきましょうギルバート殿。今はもっと大事な話があります」
ノーブルはすぐにそれを黙らせて,言葉を続ける。
「姫と流星殿にはお話ししましたでしょう?龍戦士の見分け方を…」
「龍戦士どうしは惹かれあう,というあれの事か?」
「ええ。ですから,もし流星殿が龍戦士としての力を封印していなかったとすれば,当代を代表する龍戦士と思われるお二方が揃って流星殿を同志に加えようとしていた理由は解るのです」
「…ミリアは名の由来を知っていたし,その力を隠せることも知っている。大尉が同様に力を隠しているだけだと判断すれば不思議はないと思うが?」
それに,とシャルルは言葉を続ける。
「単純に考えて,龍戦士が争う愚は避けたいところだ。ハイアムの故事のような結末は誰しも避けたいところだと,漆黒将軍も言っていたではないか」
「それだけでしょうか…という疑問は後に回すとして,まずお訊ねしたいのが,そのクーラ大尉です」
「ん?」
「龍戦士どうしならばお互いの力を感知する事ができるのでしょう。その力が卓越している者であればあるほど,より鮮明に詳細になるという記述も文献にあります。ですが…」
「ああ,そういう事か」
苦笑するシャルル。
「ええ。龍戦士としての能力を封印していたはずのクーラ大尉がどうして龍戦士の力を感知することができたのか。しかも,御見受けする限りではおそろしい精度です」
「むぅ,言われてみれば確かに…」
唸るハーディ。
「理屈は簡単だ。魔法を使ったんだよ。俺はこれをDWACと呼んでいる」
「ディー…ワック?」
聞きなれない言葉に反応するエリィ。
「龍戦士警戒・管制システム…早い話が龍戦士の脅威を探知してそのレベルを把握,上手く立ち回ろうって魔法だ」
「なるほどそれで…」
あの宿に居たのが黒軍だと看破したのか,とノーブルは思う。
しかしそれは口には出さない。それはこの場に居合わせた者たちに,アリシアの防衛システムの機密の一端を漏らしてしまう事になるからだ。黒軍が龍戦士で構成された部隊であるという,ほぼ確定に近い推測に最後の確証を得る事と引き換えでは大きな損だ。
「何の為に?」
エリィが素朴な疑問を口にする。
「…防衛策だよ。俺は自分を鍛え上げるために龍戦士の能力を封印した。だから大尉は,魔法戦士ではあっても基本ただの人なんだ。その大尉が,龍戦士とやり合ったら勝てるわけがない」
「あ…」
「まぁもっとも,漆黒将軍クラスとやり合えば封印してなくとも結果は明らかだが…。ともかく,途中でやられるわけには行かないから,それまでは龍戦士には関わらない方が良い。それで,彼我の実力差を正確に判断し無理なく回避する為の魔法が必要になったのさ」
「結局,さんざんやり合う事になりましたがね」
「…」
余計な事を。ゴーグルの為にほとんど意味をなさないがそれでもノーブルを睨むシャルル。それはつまりエリィが突っ走ってしまった事が招いた結果で,見方によってはエリィが自分を危地に追い込んだとも言える。
「しかしのぅ…魔法男ではないが,儂もいささか腑に落ちん」
そこでハーディが言う。
「何がです?ドワーフ殿?」
嫌な予感しかしない。それ以上先へ進めないで欲しい,と願うシャルルには構わず,しれっとそれを進めるノーブル。
「何で今回なんじゃ?」
「え…?」
発言の意図が判らず聞き返すエリィ。
「さんざんやり合うて,危ない橋もいくつも渡ったじゃろ?初めから記憶を取り戻しておけばもっと楽ではなかったのかのぅ…?」
「あ…言われてみれば…」
「制約があったんだよ」
ぼりぼりと頭をかいてシャルルは口を開く。
「おそらく想像はついていたと思うが…俺は二年の約束をしてエリィのもとを離れた。発覚の危険を承知でエリティアを選んだのは,比較的すぐに戻れるからこそギリギリまで鍛えることができる,という利点も重視したからだ」
「ふむ」
「で…何事もなく鍛錬を続けられた場合,エリィの誕生日のちょうどひと月前に自然に封印が解けて,記憶を取り戻す事にはなっていたんだ」
「で?それと儂の質問とどう関係があるんじゃい」
「…問題は,何かが起こった場合の話だ」
やはり避けられないか,とうんざりしながらシャルルは続ける。
「さっきも言った通りDWACがあれば龍戦士との戦闘は避けられるはずだし,龍戦士ではない者との戦闘では生命の危険になる事もないはずだしで,本来それは起こるはずがないんだが。そうそう世の中は思い通りにはならない。そこでいくつかの例外規定を設けていたんだ」
「例外…ですか?」
ノーブルが聞き返す。
「ああ。ひとつは…俺自身の生命の危機がどうしようもなく避けられなくなった場合。こちらは,そうだな…先の漆黒将軍の殺気が一番それに近かった」
「え…でも,あれ以上ってそうそう無いんじゃ…」
凄まじい圧を思い出し,ぶるっと身震いするエリィ。
「ああ。だが今にして思えば,漆黒将軍はそもそも本気でこちらを殺すつもりは無かったんだろう。こちらが限界になる寸前で殺気を飛ばすのをやめた。あれがもう少し続いていたか,行動に出られていたら,間違いなく解けていただろう」
「ふむぅ…」
「ですが今回はそのケースにはあてはまりませんよね?流星殿の相手はあの二人でしたし,明らかに流星殿を足止めしさえすれば良いという姿勢と見えました」
「…もう一つは,エリィの鎧さ」
ふぅ,と溜息をついてシャルルは言う。
「えっ?」
「中の人も知らない三八の秘密の一つ…エリィの鎧が砕けた時に,封印が解けるようにしていたんだ」
「何と…それで今回じゃったと…そういう事か」
ふーむ,と唸るハーディ。
(余計な事には気づくなよ…)
心の中でそう願うシャルル。しかしやはり,そうそう世の中は思い通りにはならない。
「そ,それって!それって…!」
エリィがハッとして抗議の声を上げる。
「まぁ…そういう事だよ」
自分の封印が解けたとしても,その場に居合わせなければ助けに入ることはできない。鎧を砕くような相手にエリィが勝てる訳は無いのだから,鎧が砕けるとはつまりエリィが死ぬという事だ。そういう状況で何のために記憶を戻すのかと考えれば,答えは一つしかない。
「な…あなたは!あれほど…」
「まぁまぁ姫」
激高しかけたエリィをすかさずノーブルが制する。
「それで今回は助かったわけですし…そもそもそんな危ない所へ飛び込んだ姫にも責任はあるでしょう?」
「うぐ…」
(どの口が言うか…)
言葉に詰まってしゅんとなるエリィを見ながら,ノーブルに呆れるシャルル。少なくともノエルが指摘した時点では,そそのかしたというか引くに引けなくしたのはノーブルだ。
責任を感じて凹まれるくらいなら激高されていたほうがまだ良い。
(ん…?)
そこで不意に,シャルルは違和感を感じる。いや,DWACが反応したのだから龍戦士の力を持つ者が範囲内に現れたとみて良い。
(…)
だが敵ではなさそうだ。反応の弱さからみて少なくとも龍戦士そのものではなさそうだし,まずもって敵意らしきものも見当たらない。隠そうともせずまっすぐこちらへ向かってくる。
どのみち今の自分にはまったく脅威にならないとみて間違いないのだから,放っておいても大丈夫だろう,と判断する。
「あ…」
そこでエリィが何事かに気付き,声を上げる。
「…」
再び嫌な予感がするシャルル。
「じゃ,じゃぁあれも魔法か何かなの?ほら…みんながみんな,あなたの顔を思い出せなくなった…」
「…ああ」
こういう時は予想を裏切って欲しい。そんなことを考えながらシャルルは頷く。
「さすがにエリティアだから,俺を知ってる者もそれなりにいるはずだ。それで,ちょっとした防護魔法をかけていたのさ」
「…」
エリィの顔が曇る。
「まったくの想定外だよ…。クリミア大佐には,大尉と俺がよく似た別人という認識をさせていたんだが…まさか大尉に俺のふりをさせる事も辞さないなんて,非人道的な作戦を採用するとは思わなかったんだ」
それだけ追いつめられてしまったのも事実だけどな,とシャルルは付け加える。
「それで…どのような?」
「似ているかも知れないという認識で俺の姿を見た者には似ているが別人という結論を。同一人物だと断定できるほど俺を良く知る者には似ていないという結論と同時に,大尉が素顔を晒している間だけ俺の顔を思い出せなくなるような細工をしていたんだ」
「…」
「悪かったよ。本当は自然に記憶を取り戻すまで”風”の前に姿を現さずに済むはずだったんだが…」
「結局,私が自粛しないから悪いって事でしょ?」
エリィがうつむいたまま言う。結局こうなるか,と溜息をつきながらシャルルは弁解を試みる。
「いや,それは状況次第だから…」
「だって!私が無茶をしなければ,大尉が無理をすることも無かった!」
「う…ぐ…」
そこで胸が激しく痛み,苦痛に顔をしかめるシャルル。
「それで,フレイアも…」
「何を言うか!嬢ちゃんを守れずして何が親じゃっ!」
「無理をしなければ守る必要だって無かったじゃない!」
きっと顔を上げて叫ぶエリィ。
「それで…アラウドまで…」
しかしその時,異変が起こった。




