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名の由来

 結局その晩は,宿をとって終わることになった。

 襲撃そのものが気づかれていないなら,わざわざヒュームを起こして不機嫌な所を怒らせるまでもない。被害も出ていないのだから,ここは無かった事にしてしまうのが一番いいだろう。シャルルはそのあたり,襲撃を食らった衛兵たちに上手く口裏を合わせるよう言い含めた。

 夜が明けるとシャルルは何食わぬ顔で,苦言を呈するというよりは皮肉を言いにヒュームのもとを訪れた。そのような勝手な行動をするのも一人だけ後方へ下がってしまうのも王としてはいかがなものか。この件は外へ漏れれば大問題で求心力の低下を招けば連合自体の崩壊をも招くと,彼は淡々と言うだけ言ってその場を辞した。

「本当に,今日もやるのか…?」

 うんざりしたように言うシャルル。

 再びアリシア王都クチューラへ向けて出発した一行は,日が沈むまで黙々と歩き,順調に行程を消化した。日没と同時に野営の準備に取り掛かり,夕食を終えたばかりの一同は,焚火を囲んで座っている。

「当然ですとも」

 火を挟んでシャルルの対面に座るエリィの,その隣に座るノーブルが涼しい顔で言う。

「エリィも困っているんだから,いい加減そういう嫌がらせはやめてもらいたいんだが…」

 ちらりとエリィを見るシャルル。半分はその通り,エリィに対する配慮であるが,もう半分はむしろ,エリィに縋って仲裁を頼もうという魂胆だ。

「何を言っているんです。今夜の訊きたいはむしろ,今後に大きな影響を及ぼす可能性が高い事項なのです」

 しかしエリィが口を開くより早く,ノーブルはきっぱり言い切る。

「影響を…?」

 さすがにそれを無視するわけには行くまい。警戒感も露わにシャルルが聞き返す。

「ええ。帰還者の首魁ミリア殿に対する対処…それに,これから再びまみえようという漆黒将軍殿に対しても,もしかすると影響を及ぼすかもしれません」

「何じゃと…それは聞き捨てならぬな」

 シャルルの隣に座るハーディが,むぅ,と唸って言う。

「適当に言ってるんじゃないだろうな…危機感を煽って自分の有利に事を運ぼうとか…」

「おやおや,流星殿。先日までの切れはどこへやらですな」

「…そりゃ,記憶が戻ったからな。今までさんざんけむに巻かれた事を忘れられるわけがない」

 一瞬言葉に詰まったシャルルは,ことさらに呆れた様子を見せながら反論する。

「まぁ言い争いが目的ではないのでさっさと本題に入ってしまいますが…今回お訊ねしたいのは,先日のミリア殿も言っていた,ガイナット=クーラとシャルル=ナズルの関係についてです」

「!」

 ぎくりとするシャルル。

「あ…それ私も聞きたい…」

 エリィが言う。だがその言葉は控えめで,歯切れも悪い。二人の間にある自分の知らない何かを知りたいとは思うものの,それが嫉妬の類ではないかと思ってきまりが悪いのだ。

「…あまり大した話じゃないんだがな…」

「それは聞いてみないと分かりませんよ,流星殿?」

 にっこりと笑うノーブル。

「…」

 シャルルはポケットからゴーグルを取り出して装着する。もちろんそれは,昨夜と違って後ろを向くわけにもいかない彼のささやかな自己防衛だ。

「ガイナット=クーラと言うのは…シャルル=ナズルが一時期使っていた偽名なんだ」

 それきり,しばしの静寂が訪れる。

「流星の,往生際が悪いのぅ…いい加減観念せい!」

 溜息をついたハーディが一喝する。

「前にも言ったと思うが…俺はシャルル=ナズルの名を借りている」

 こちらも溜息をついて,観念したシャルルは語りだす。

「結構有名な英雄譚でな。そっち方面に興味のある者なら知っているのが常識,そうでない者もたまに名前ぐらいは聞くだろう,という程度には普及していた」

「ふむふむ」

「同様にミーネ…ミリア=ネルヴァという名もその英雄譚の登場人物の名でな。ミーネはその愛称だ。だから,その愛称を言ってやることで俺は間違いなく龍戦士のシャルル…お前と同じ世界の住人だと宣言したようなものなんだ」

「なるほど…」

 口に手をやって考え込む仕草を見せるノーブル。

「ね…シャルル」

 おずおずとエリィが口を開く。

「その英雄譚の中では…シャルルとミリアはどんな関係なの?」

「!」

 ぎくりとするシャルル。日頃の行いの悪さなのだろうか,昨夜といい今夜といい,気まずくなりそうな所を正確無比にエリィがつついてくる。

「あー…」

 しかし答えないわけにも行くまい。また溜息をついてシャルルは言葉を繋ぐ。

「まだ断言はできないが…彼女の中では恋人同士という関係ではないかと思う」

「え!?」

「完全に一緒というわけではないんだが…先日の会見の時の彼女の言葉は,微妙に原典オリジナルの言葉をなぞっていた」

「それは…余人に悟られずに流星殿へメッセージを送っていた,と?」

 尋ねるノーブル。

「さぐっていたのは間違いないと思う。もしあの時俺に記憶があったら,少なくとも何かしらの反応はしていただろう」

「か…彼女の中ではって…?」

 気まずそうに,しかし決して退けないという覚悟を持って踏み込んでくるエリィ。

「説明がしにくいんだが…その英雄譚は二〇年ほど前のものなんだ。で,原典は随分とざっくりしていたんだが,その後随分と空白の部分が埋められたりしている」

「ほぅ…?珍しいのぅ,普通は直後のものが一番詳しい筈なのじゃが…」

 そりゃそうだ,虚構フィクションだもの。シャルルは心の中で苦笑する。

「だから,いつその英雄譚に触れたのか,どの程度触れたのかによっても随分と認識が変わるのさ。シャルルとミーネが恋人同士という設定だったのは原典の話で…後に出された新訳リメイクではそうではなくなっている」

「え!?それっておかしくない?二〇年前の話だったら,ちょっと当時を知る人に聞けば判るじゃない」

「それは俺に言われても…ってところだな」

 文句は原作者に言ってくれ。シャルルは心の中でそう付け加える。

 新訳それではミーネが浮かばれない。彼女のファンだった自分は,世の中では比較的好意的に受け止められた新訳をまったくの駄作であると主張して連日口論になったものだ。

 だがそれは口には出さないでおこう。余計な誤解を招きそうだとシャルルは判断する。

「まぁ本題を進めると…そういうわけでひとくちにシャルルと言っても,どの時点どの段階まで知っているかでかなり違うのさ」

「あ,あの…それじゃぁ…」

 そこでまた気まずそうにエリィが言う。

「『それ以上でもそれ以下でもない』ってのはどういう意味なの?」

「ああ,それは…」

 この分だと核心まで止まらなそうだ。そんな予測がついてシャルルは内心でまた溜息をつく。

「原典では,シャルルが記憶を失ってしまうんだ」

「ちょ…それって…」

「まぁ,まんまだな」

 苦笑する。記憶を消すなら名乗る名はそれ(クーラ)しかあるまい,との安直な考えも確かにそこにはあったのだ。

「だが状況は随分違う。原典では…戦いで受けた傷がもとで記憶を失くし行方不明になったシャルルが,放浪の末にたどり着いた先が恋人のミーネのところだったんだ。ミーネは献身的に彼を看病した。で…そのまま彼女と生きようと思ったシャルルが名乗った偽名がクーラだったんだ」

 あまり余計な事は突っ込まないでくれよ,と祈りながらシャルルは説明を続ける。

「『それ以上でもそれ以下でもない』ってのは…その時の言葉だな。もう明日をも知れぬ戦場へ戻って欲しくないというミーネの思いにも応える格好で,もうシャルルに戻るつもりはないという意味だった。結局は戻ってしまうんだがな」

「えぇっと…?それじゃ,ミリアさんとしては,あの言葉はどうとらえたの?」

「良い質問です,姫」

 そこでノーブルが割り込む。

「それこそがまさに,今後の帰還者かれらへの対応を判断する材料となるのです。私の申し上げた意味がお分かり頂けましたでしょうか?」

「どうだか…結果良ければ全て良しじゃないのか?」

 また溜息をつくシャルル。

「まぁいいか…。あくまで推測だが…拒否だろうな」

「え…?」

「『シャルルとして導いて欲しい』に対して『シャルルに戻るつもりはない』と言っているわけだから,『断る』になるんじゃないかな」

「あ…」

「そうとも限りませんがね」

 再び割り込むノーブル。

「もし流星殿の説明した設定がそのままミリア殿の中にあるとすれば,それは『シャルルとして表舞台に立つつもりはないがクーラとして陰で協力することはできる』になるかも知れませんね。で,展開次第では『戻る』こともあり得る…」

「だからこそあの二人を寄越した,と見るべきだと?」

「ええ。始末するのが目的でなかった以上,そちらの可能性はみておくべきかと」

「…」

 その通りだ。だが敢えて言わなかったのだ。気まずい所へ踏み込ませない為に距離を置きたかったのだ。ゴーグルの下で眉根を寄せるシャルル。

「え…じゃぁ…」

 しかしエリィが容赦なくそこへ,また墓穴を掘りに踏み込む。

「『ただなぞっているわけではない』はどういう意味なの?」

「…」

 頭を抱えるシャルル。

「何じゃい流星の,また何か隠そうとしておるのか」

 髭をしごきながらハーディが言う。

「はぁ…分かったよ。言うよ。ガイナット=クーラ,あるいはガイナ=クーラってのは…俺たちの世界の昔の言葉でな」

「ほぅ…」

 目を丸くするノーブル。世の一般的な認識としては,最古の言語が上位古代語である。それが龍戦士の日常語であるという事は判っていたが,まさかそれよりも古い言葉があるとは。

「して…何か曰くが?」

「…ガイナ(守る)クーラ(彼女のすべてを)って意味なんだよ」

「!?」

 目が点になるエリィ。

「ほ?それはつまり…」

 きらり,とハーディの目が輝く。

「…ああそうだよっ!エリィを丸ごと守る,そのための俺って意味でそうしたぶっ!」

 そこで後頭部にハーディの拳が炸裂し,シャルルのゴーグルが飛ぶ。

「何じゃい何じゃい,お主も隅に置けんのぅ…」

 にやにやと笑うハーディ。

「いや,頼むから!端っこの方でそっとしといてくれ…」

 後頭部をさすりつつ落ちたゴーグルを拾い上げたシャルルは,迂闊にも不用意にそのまま視線を上げ,エリィのそれにぶつけてしまう。

「あ…」

「あぅ…」

 焚火に照らされていてもはっきり判るほどに,エリィの顔がみるみる紅に染まっていく。

「!?」

 ふっ,と不意にその表情からすべての力が失われ,そのまま後ろへ倒れるエリィ。

「おっと…」

 すかさず隣のノーブルがそれを抱きとめて苦笑する。

「さすがに刺激が強すぎましたかね…」

「元凶がどの面を下げて…」

 ゴーグルをかけ直しながらぶつぶつ言うシャルル。

「まぁ少し休憩いたしましょうか。続きは姫を起こしてからということで」

「まだやるのか!?」

「当然でしょう?まだ確認しておかねばならぬ事はありますし…それは姫にも考えて頂かねばならぬ事です」

「ほんと,いい性格だな…」

 もう何度目になるだろうか。しかし今までで最も深く大きく,シャルルは溜息をついた。

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